第26話「海の近くで怪しい剣を見つける(3)」

 少し考えてから、俺は方針を決めた。

 精霊王の力と手持ちのマジックアイテムで、ゴーストを処理してみよう。


『魔王の資格を持つ者よ……どこに行った!? どこにいるのだ……!?』


 ゴーストは俺のまわりを飛び回ってる。

 まずは、こいつから距離を取って、と。

 それから『王位継承権』をオンにすると──


『おお、そこにいたか! 魔王の資格を持つ者よ…………ギャーッ!?』

「えい」


 俺は近づいてきたゴーストにマジックアイテム──『混沌こんとんと調和のくい』を突き刺した。


「『くい』よ。ゴーストっぽい魔力を固定化しろ。できるだけガチガチに」

『あ、ががががががぁっ!?』


 ゴーストが動きを止める。


 こいつは言ってた。自分は『魔力で作られた意識体』だと。

 つまり、こいつは魔王剣からあふれた魔力でできてる。


 だけど魔力なら、初代王アルカインの『くい』が通じる。

『混沌と調和の杭』は、魔力をかき乱したり、ガチガチに固めたりできるからな。


くい』は、精霊たちにお願いして、運んでもらっていた。

 海の魔力の乱れもマジックアイテムのせいだと思っていたからだ。同じアイテムが使われてるか、見比べる必要があったんだ。

 それが役に立ったようだ。


『な……なにを……ががっ!? か、身体が……動かぬ!!」


 ごとん、と音をたてて、ゴーストが地面に落ちる。

 奴の身体はセメントみたいに固くなってる。

 もう、手足も動かせない状態だ。


「ばかな……魔王の後継者こうけいしゃがなぜ……アルカインのマジックアイテムを……』

「俺は魔王を継ぐ権利も、ランドフィア王国を継ぐ権利も持ってるからだ」

『ばかな! 魔王を継ぐ者と、王をぐ者が同一であるはずがない!』

「どっちもただの仕事だろ?」

『し、仕事だと!?』


『杭』を打たれたゴーストは地面で痙攣けいれんしてる。


『情けない! なんと情けない!!』

「なにがだ」

『先代魔王ヴァルサスは魔王の地位にほこりを持っていた! 魔王としてすべてを支配する気概きがいがあった! それをただの仕事とは……』

「俺にとってはただの仕事で、役割だ」


『王位継承権』とはそういうスキルだ。

『魔力や血、遺伝子などが「王位を継承する権利があるものとしてあつかわれる」』だけ。

 俺が王の子どもや、魔王の子孫になるわけじゃない。


 俺の力は借り物だ。

 マジックアイテムも精霊たちも、俺自身の力じゃない。

 俺は一時的にその力を使えるだけで、別に偉いわけじゃないんだ。


 俺は借りものの力を、身近な人のためと、居場所を作るために使うだけだ。

 そんな人間に魔王の立場とか、ほこりとか言われても困る。


 それに、俺は立場とか誇りとか、あんまり信じてない。

 もとの会社の上司に、さんざん幻滅げんめつさせられたからな……。


 俺の父親の配偶者はいぐうしゃが会社に怒鳴り込んできた後で、上司は俺を会議室に呼び出した。

 そこには会社の役員が勢揃せいぞろいしてた。


 あの人たちは言ってた。


『君がこの会社にいる必要はない』

配慮はいりょしてくれ』『やりにくいという社員のみんなのことも考えてくれ』


 ──って。


 あの人たちがはっきりと『辞めて欲しい』って言ったのなら納得できた。

 こんなに幻滅もしなかったと思う。


 だけど、あの人たちが言ったのは『配慮はいりょして欲しい』『みんなのことを考えて欲しい』だった。

 俺の目を見て話すこともなかった。

『命令はしない』『自分の意思で辞めて欲しい』と──そんなふうに受け取れる言葉を繰り返すだけだった。応じない場合は『無期限の自宅待機もありうる』とか言い出した。


 あの連中が望んでいたのは、俺が自主的にいなくなることだった。

 それを俺は『上司なんだから自分の責任で命令しろよな』……って思いながら聞いてた。

 延々と続く『配慮してくれ』という言葉の繰り返しに、心底しんそこうんざりした。


 この世界の王族も似たようなものだ。


 あいつらは灰狼領の人たちを『うち捨てるべきもの』『見る価値のないもの』と言った。

 関わりたくないからって、黒熊候こくゆうこうに管理を押しつけてた。

 その黒熊候も、状況が少し変わっただけでパニックになってたもんな。


 権威も権力も、王族も貴族も、そんなにたいしたものじゃないのかもしれない。

 俺から見ればただの仕事だ。


「俺は自分のペースでやらせてもらう。魔王の地位は、自分のまわりにいる人たちのために使わせてもらう。あんたはここで眠っててくれ」


 俺はゴーストにもう一本、『杭』を打ち込んだ。

 ゴーストが完全に固まり、ぴくりとも動かなくなる。よし。


 俺は魔王剣を手に取った。


王位継承権おういけいしょうけん』スキルは起動してる。

 この状態なら、俺には魔王を継承する権利があるはずだけど……。


「……コーヤさま」

「ん?」

「お姿が、変わっています」

「これにお姿を映して欲しいの!」


 びっくりした顔のアリシア。

 その隣で、ティーナが水をあやつり、鏡のような水面を作り出す。


 見ると、俺の頭に角が生えていた。

 目の色も黒から赤に変わってる。

 髪はジグザクに伸びて、触手しょくしゅのように動いてる。


 服も変化してる。

 さっきまで普段着だったのに、今は黒いローブにマントだ。

 上半身には銀色の胸当てがついてる。

 そして、手には魔王剣ベリオール。


 なるほど。これが魔王スタイルか。


「魔王剣は……うん。普通に手放せるな」


 魔王剣を地面に置いて、今度は精霊王の杖を手に取る。


「チェンジ。精霊王」

「精霊のお姿になられました!」

素敵すてきなの!」

「今度は右手に魔王剣を、左手に精霊王の杖を持って……と」


 連続して切り替えてみる。

『チェンジ、魔王』。『チェンジ精霊王』。

『王位継承権』を解除して、一般人に。


「問題なく切り替えられるな。正気もたもってる。魔王の力におぼれたりしてない」


 俺の『王位継承権』は、ただのスキルだ。

 オンとオフの切り替えもできるし、精霊王と魔王のうち、好きな方を選べる。

 いつでも魔王をめることができる。問題ないな。


「それで、ふたりに聞きたいんだけど。魔王になるとどんなことができる……って、あれ?」

「……コーヤさま」

「……マスター」


 気づくと、ふたりがじーっと俺を見ていた。

 それだけじゃない。洞窟の外では精霊たちが集まって、俺に視線を向けてる。


「ふたりとも、どうした?」

「コーヤさまは……ご自分がどれほどすごいことをしたか、おわかりになっているのですか?」

「魔王剣を私物化しぶつかした」

「そうじゃないです! コーヤさまは、魔王の存在そのものを変えてしまったのです!!」

「そうなのか?」

「魔王は恐るべき存在でした。初代大王アルカインがやっと倒したものです。その再来を、みんなが恐れていました。王家も、灰狼領はいろうりょうに住むわたくしたちも……」


 アリシアは興奮こうふんした口調で、


「その魔王を、コーヤさまは切り替え可能な存在にしてしまったのですよ!? ただのジョブにしてしまったのです! これがどれほどすごいことか、おわかりになりませんか!?」

「説明されるとわかるけどさ。アリシア」

「は、はい」

「その理屈だと精霊王も、ただのジョブってことにならない?」

「……はっ!」


 アリシアはあわてて、ティーナの方を見た。


「違うのです! 精霊王の地位をおとしめるつもりはありません! ご、ごめんなさい。ティーナさま……」

「気にしてないの」


 ティーナはそう言って、笑った。


「精霊王の地位を継承したとき、マスターは言ってたの。『精霊王の力は灰狼領の人々と、精霊たちのために使わせてもらいます』って。マスターにとって精霊王とは、人々のために『使うもの』だってことは、わかるの。お父さまも納得してたの」

「ティーナさま……」

「むしろ、お父さまとティーナには、人を見る目があるってことなの!」


 むん、と、ティーナは大きな胸を張る。


「マスターは魔王と精霊王の上に立つお人なの。そのマスターが継承したことで、精霊王の地位は歴史に残ることになるの!」

「確かに。そうかもしれません」

「いずれ精霊王や魔王の名よりも、マスターの名前の方が、世に知られるようになるの。ティーナと精霊たちが語り継ぐの。精霊王や魔王が『ただのジョブ』じゃなくて、『マスターにとっての、ただのジョブ』ってことなの。マスターがはるかに上だってことだから、まったく問題ないの」

「納得しました!」

「しなくていいから。あと、話を広めたりしないでね?」


 アリシアもティーナも興奮しすぎだ。

 いや……これは俺が精霊王の地位と魔王の地位をざつにあつかったからか。反省しよう。

 この世界の人たちにとって、魔王と精霊王は規格外の地位なんだから。


「俺が生きている限り、次の魔王は現れないと思う」


 俺は魔王剣を手に、ふたりに告げた。


「初代王アルカインは『魔王はひとりしか現れない』と言い残してる。で、俺は魔王を継承けいしょうしてる。つまり、俺が生きている間は、他の魔王は現れないということになる。それで理屈は通るよな?」

「は、はい。そうなります」

「マスターこそが、この時代唯一の魔王なの」

「だからもう、魔王対策は必要ない」


 灰狼領の人たちは魔王対策から解放される。

 魔王の力を使えば、魔物を倒すのも楽になると思うけど……まぁ、それは実験してからか。

 魔王剣でなにができるのか、広いところで実験してみよう。


 俺たちがそんなことを話し合っていると、不意に、ティーナが目を見開いた──



「レイソンさまを護衛ごえいしている精霊から、連絡が来たの!」



 ティーナは俺の手をつかみ、そんなことを言った。


「アリシアのお父さんのところから?」

「はい。黒熊領に、魔物の大軍が出現したみたいなんだけど……」


 ティーナは俺の胸にしがみついて、震えながら、


「魔法が効かない敵がいるらしいのの。レイソンさまと精霊たちは必死に民を守ってるけど……危ないの!! すぐに助けに行かないとなの。マスター!!」





──────────────────────


 次回、第27話は、明日の夕方くらいに更新します。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る