第24話「海の近くで怪しい剣を見つける(1)」

 ──コーヤ視点──





 レイソンさんを送り出してから、俺は海の調査をはじめた。

 まずは精霊たちを海に派遣はけん

 海上や海岸線、海沿いの岩場などの魔力の調査をお願いした。


 そして、翌日──



「「「変な魔力を見つけましたー!」」」



 さっそく、精霊たちが報告にやってきた。

 ティーナも一緒だ。


「うずうずする魔力でしたー!」

「ざわざわしましたー!!」

「ひりひりで、ざくざくなのですー!!」


「ティーナも、現場を見に行ったの。すごく……不気味な魔力だったの」


 ティーナは、むきだしの腕をさすってる。

 白い肌に鳥肌とりはだが立ってる。それくらい妙な魔力を感じたってことか。


「場所はわかる?」


 俺は灰狼侯爵領はいろうこうしゃくりょうの地図を、テーブルに乗せた。

 レイソンさんが用意してくれたものだ。


 灰狼領があるのは大陸の北の果てだ。

 北西には魔王が根城ねじろにしていたといわれる、『魔の山』がある。

 北側と南側は『魔の山』から続く山岳地帯だ。


 灰狼を出るルートは、黒熊領こくゆうりょうに続く細い街道だけだ。

 東側は開けているけれど、そっちには年がら年中荒れた海がある。


 波が高く寒風が吹いていて船も出せない。

 沿岸えんがんで漁をしてもなにもれない。

 というか、水棲すいせいの魔物が出てくるから、漁をするのはむちゃくちゃ危険だったりする。


 これまで、土地が荒れている場所にはマジックアイテムが関わっていた。

 海が荒れているのも同じ理由かもしれない。

 精霊たちに調査をお願いしたのは、それを確かめるためだ。


 海がおだやかになれば、漁業ができる。

 食料が増えるし、なにより、俺が魚を食べられるようになる。

 それに、釣りもできる。いいよね、釣りって。

 もとの世界では余裕がなくてできなかったけど、やってみたかったんだ。


 船を出せるようになれば、海路で移動もできるようになる。

 王都を経由せずに他の侯爵家と連絡が取れるようになるし……もしかしたら、海の向こうには別天地があるかもしれない。そっちで味方を増やすという手もある。


 海の状態を改善すれば、選択肢せんたくしが増えるんだ。


「妙な魔力を感じた場所はここだね。それじゃ、見に行ってみよう」

「はい。ティーナがご案内するの」

「「「ご案内しますですー!!」」」


 そうして俺は、精霊たちが見つけた場所に向かったのだった。







灰狼はいろう侯爵家こうしゃくけに関わることです。わたくしもご一緒します!」


 というわけで、俺とティーナとアリシアは、東の海の近くまでやってきた。

 見えるのはわずかな砂浜と、はてしなく続く岩場だ。

 波が荒いせいで、砂浜も岩場もあっという間に侵食しんしょくされてしまうらしい。


 俺たちがいるのは、岩場の上に作られた道だ。

 結構寒い。

 風がまともに吹きつけてきて、波飛沫なみしぶきも飛んでくる。


「北の荒れ野とは規模きぼが違う。本当にマジックアイテムの影響なのかな」

「マジックアイテムのせいでもおかしくないと……お、思いますぅ!」


 俺の腕にしがみついて、アリシアは言った。


 俺は『精霊王』に変身してる。

 薄緑色のローブを着て、月桂樹げっけいじゅっぽいかんむりを被った姿だ。手には杖。

 今はティーナと精霊たちの力を借りて、暴風と波しぶきを防いでる。


「古い記録にありました。わたくしのご先祖さまが……この地に来てすぐに、伝説を耳にしたと」

「伝説?」

「初代王アルカインと聖女さまが、この地の海を訪ねたという伝説です」


 それは初代灰狼候の手記に書かれていたそうだ。


 ──魔王を倒した大王アルカインと、彼を助けた聖女キュリア。

 ──ふたりは魔王を倒したあと、何度も灰狼はいろうの地にやってきた。

 ──そのときに一番多く立ち寄ったのが、この海岸だった、と。


「大王と聖女はそのときに、荒れ野や山岳地帯にマジックアイテムを仕掛けていったのかもしれません」


 それが、アリシアの分析だった。


「もしも、大王と聖女がこの海岸にも立ち寄ったのなら……」

「ここにもマジックアイテムがあるかもしれない、ってことだね」

「確かに……この地は魔力の乱れがひどいの!」


 声をあげたのはティーナだ。

 ティーナと精霊たちも俺にしがみついてる。

 精霊たちが生み出す障壁バリアがなければ、吹き飛ばされそうだ。


「荒れ野と比べても、かなりひどいの! 変な魔力がうず巻いてるみたい!!」

「それが海に影響を与えてるのか?」

「たぶん、そうだと思うの……」


 ティーナは目をつぶって、ぎゅ、っと俺にしがみついてる。


 岩場をしばらく進むと、道が途切れた。

 ここから先は断崖絶壁だんがいぜっぺきだ。

 荒れた海の上に、岩場が点々と突き出してる。


「歩いて行くのは無理か。それじゃ、ティーナ」

「は、はい。マスター」


 俺とティーナはひたいを触れ合わせた。

 精霊王の魔法のイメージを伝えるためだ。


 必要なのは飛行魔法だ。

 できれば、しゃぼん玉みたいな防壁ぼうへきを張って、中に入って進めるものがいい。

 防壁は風も、攻撃も防げるほど強くて、自由に開閉できればいいんだけど……。


「……こういう魔法って、実現できるのか?」

「大丈夫なの。えっと『精霊王の名のもとに、精霊姫ティーナが精霊の力を束ねる。空に浮かぶは精霊王の結界。快適なるその球体は風を切り、いかなる場所へも届くよう足場となる』」

「「「足場となるですー!」」」


 俺はティーナや精霊たちとくっついたまま、杖を振る。

 魔法の名前は──



「『プロテクト・レビテーション』!」

「「「『ぷろてくと・れびてーしょんっ』!!」」」



 俺たちのまわりに、魔力の球体が生まれた。


 球体のバリアに包まれながら、俺たちはふわふわと浮き上がる。

 バリアが風と水しぶきを防いでくれるから、寒くない。

 しかも杖を向けた方向に移動できる。便利だ。


「魔力の乱れはどこから感じる?」

「あっちなの!」「「「あっちなのでです!!」」」

「う、浮いてます飛んでます…………」


 俺はティーナと精霊たちが指さす方向に、『プロテクト・レビテーション』で進んで行く。

 アリシアは怖いのか俺にくっついたまま目を閉じてる。

 というか、俺も怖い。

 空を飛ぶなんてはじめてだからな。


 それでも『怖い』って言えないのは、今の俺が精霊王だからだ。

 部下を持つ者としては……あんまり弱音は吐けないんだよな。まわりを心配させるから。

 それと、精霊王に変身すると服装が変わるからか、なんか偉そうな気分になってしまう。


 ……生まれつきの王族はどうなんだろう。

 俺の精霊王モードは自由に解除できるけど、王家の人間は違う。

 まわりにかしづかれているうちに、それが当然だって思うようになるのかな。

 だから灰狼の人たちを差別して、平気でいられるのかもしれない。


 俺がいた世界の人たちはどうだったんだろう。

 ずっと俺を見下してて、父親のことを知ってから態度を変えた人は、どんなことを考えてたんだろう。あの人たちは、どんな仮面をかぶってたんだろうか……。


 そんなことを考えながら、俺たちは浮遊状態ふゆうじょうたいで進んで行く。

 進むたびに風が強くなり、波が荒くなる。


 そして、改めて精霊たちに魔力を探知してもらうと──



「あそこになにかあるです」

「あっちにも、なんかあるです」

「あちこちにあるですー!」



 精霊たちは、海のあちこちを指さした。



「ティーナ。どういうことだと思う?」

「たぶん、海の底にマジックアイテムがあるの」

「海の底に?」

「ティーナが、ちょっと確認してみるの」


 ティーナが腕を掲げた。

 すると、海の水が渦巻うずまきはじめる。


 ティーナは精霊姫だから、もちろん、魔法が使える。

 というよりも彼女が得意なのは地・水・火・風──四大元素を操る力だそうだ。


 それで海に干渉かんしょうしているみらしい。


「精霊たちも力を貸して! 海の底にあるものをマスターにお見せするの!」

「「「了解なのです! とりゃー!!」」」


 数十体の精霊たちが、ティーナと一緒に腕をかかげげる。

 彼女たちの動きに反応して、海の水の動きが速くなる。

 海中の渦巻きが巨大化していき、渦の中央に空間が生まれていって──


 そして、海に大きな穴が空いた。


 直径数十メートルの大穴だ。

 そこだけ海の水が干上ひあがって、海底が見えてる。


 岩と土で構成された海底に、変なものがある。

 たぶん、人工物だ。水中にあったのにびていないし、汚れてもいない。


 あれは──


「マジックアイテムの『くい』か?」


 俺は『プロテクト・レビテーション』を動かして、海底へと下りていく。

『杭』に近づいて触れてみると……正体がわかった。

 北の荒れ地や、南の山岳地帯に埋め込まれていたのと同じ、『混沌こんとんと調和の杭』だ。


 ただ、南の山岳地帯にあったものとは動力源が違う。

 山岳地帯にあった『杭』は、土地の魔力を利用して動いていたけど、こいつは海岸の岩場から魔力供給を受けてる。


 杭は十数本。岩場を囲むように半円形を描いている。

 あの岩場に……なにかあるんだろうか?


「とりあえず無効化しておくか」


『杭』はしっかり海底に食い込んでる。俺の力じゃ引き抜けない。

 だから俺は『杭』に触れて、魔力を乱す能力を無効化した。


 それから『プロテクト・レビテーション』で上昇して、海を元に戻してもらう。

 マジックアイテムの『杭』は無効化したけど……海の状態はあまり変わらない。

 風と波が、少し弱まった程度だ。


「海底にあったのは魔力を乱す『杭』だったよ。海が荒れている原因は、他にもあると思う」

「ティーナもわかるの。なにか別の魔力が、岩場の方にあるの」

「記録には初代大王さまと聖女さまは、何度も海岸を訪れたと書かれていました。そちらに重要なものがあるのかもしれません」


 俺は『プロテクト・レビテーション』で、海岸線に沿って移動する。

 ティーナと精霊たちには魔力の反応を探ってもらう。

 魔力を乱す『杭』がなくなったからか、魔力を探知しやすくなったはずだ。


 そうして、しばらく進んで行くと、



「あの場所から、真っ黒な魔力を感じるの!」

「「「あの場所なのですー!!」」」



 ティーナと精霊たちが指さしたのは、岩場にある、小さなくぼみだった。

 岩の一部が突き出ていて、ひさしのようになっている。

 俺は『プロテクト・レビテーション』で移動して、ひさしの上に着地する。


「この岩壁は……変なかたちをしていますね」


 ふと、アリシアがつぶやいた。


「人が立つのにちょうどいいです。まるで誰かが、意図して作ったようです」

「誰かが足場にするために岩を削ったのか?」

「でも……普通の人がここまで来るのは無理ですね」

「だよな」


 まわりは海。しかも、年がら年中大波が押し寄せてる。

 濡れた岩場は滑りやすい。その上、暴風ぼうふうが吹き寄せてる。


 俺たちがいるのは断崖だんがいの絶壁。壁は頭上数十メートルまで続いている。

 ロープをかける場所なんかない。

 仮にロープをかけたとしても、暴風の中を降りるのは無理だ。


「ここに来ることができるのは精霊たちか、空を飛べる人間か、魔物だけってことだよな」

「……はい」

「そこでアリシアに質問だけど、初代大王アルカインや聖女は空を飛べた?」

「アルカインさまは……空から地上の敵にマジックアイテムを撃ち込んだという記録があります。聖女さまは……わかりません」

「なるほど」


 初代大王アルカインは空を飛べた。

 聖女がアルカインと一緒にここを訪れたのなら、彼に運んでもらうことはできただろう。


 精霊たちならここに来られるけど……でも、彼女たちはずっと封印されていた。

 封印をほどこしたのは、初代大王アルカインだ。


 ということは、まさか──


「ティーナや精霊たちが封印されたのは、誰もこの場所に来られないようにするためだったのか?」

「……王家なら、やるかもしれません」

「あり得ると思うの」


 アリシアとティーナがうなずく。


「最低のやり口だな」


 精霊たちは空を飛べる。魔力にも敏感びんかんだ。

 アルカインや聖女がこの場所に妙なアイテムを仕掛けたのなら、すぐに気づいただろう。

 だけど、精霊たちは封印されていた。

 つまりアルカインや聖女は、精霊たちを封印することで、アイテムの存在を隠そうとしていた可能性がある。


 だけど……そうまでして隠さなきゃいけないものがあるのか?

 わからない。ただ、調べる価値はあると思う。


 岩壁に触れてみる。探ってみても、他の場所と違いはない。

 だけど──


「精霊たち。岩壁を分解する魔法を。一般魔法でいい」

「「「了解なのです! 『ディスインテグレイト』!!」」」



 ざしゅっ。



 岩壁がくずれて、砂になった。

『ディスインテグレイト』は、物体を分解する魔法だ。

 生命体には使えないけど、無機物なら粉砕ふんさいできる。


「ティーナだって、岩を動かすことくらいできたの」


 ティーナはくちびるをとがらせてる。


「マスターは、もっとティーナを使うべきだと思うの」

「さっき海を動かしてくれただろ」


 ティーナは疲れてる。息も荒い。

 それに……なんだか顔色も悪いみたいだ。


「もしかしてティーナは、この先にあるものが怖いのか?」

「……マスターは、ティーナのことをよく見てるの」


 岩壁の向こうは洞窟どうくつになっていた。

 穴の高さは2メートル弱。

 たぶん、人が通ることを想定して作られてる。


 奥までの距離は、20メートル前後。

 精霊王の杖の先に灯りをともせば、奥にあるものが見える。



 岩で作られた台座と──その上に鎮座している、漆黒の剣が。



 あれは──


「『──人族ひとぞく仇敵きゅうてきたるその者は、漆黒しっこくの剣をたずさえている。長さは、人の腕より長い程度。さやには血のようなラインが走り、柄には所有者の角を模した、ねじくれた突起あり』」


 不意に、アリシアが語り始めた。

 まるで歌うような口調だった。


 アリシアは震えながら、洞窟の奥にある剣を見つめている。


「『その者の角は魔力を宿し、闇の力は城を崩す。されど初代王アルカインは恐れず。無数のマジックアイテムをもちて、その者を討ち果たす。人の世界を崩壊に導かんとした、その名は──』」

「魔王……か?」

「……は、はい」


 アリシアがうなずく。


「これは、初代王アルカインの伝説にある、魔王討伐まおうとうばつについての一節です」

「あの剣は、魔王討伐の一節に登場するものってことか?」

「……はい。間違いありません」


 俺の腕にしがみついたまま、アリシアはおびえるような声で、



「あれは魔王が手にしていたといわれる、魔王剣ベリオールです……」



 ──はっきりと、その剣の名前を口にしたのだった。




──────────────────────


 次回、第25話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る