第23話「アリシア、父の決意を知る」

 ──アリシア視点──




「アリシアにはこれを渡しておこう」


 コーヤと話したあと、レイソンは自室にアリシアを呼んだ。

 レイソンが使者に立ったあとのことを話し合うためだ。


「お父さま。これは……」


 アリシアの前に置かれたのは、代々、灰狼侯爵家はくろうこうしゃくけの当主に伝えられてきた、狼のレリーフがついた短剣。

 それと、一通の書簡しょかんだった。


「私が戻らなかったときは、お前が灰狼候はいろうこうになるのだ」

「……父上」

「このことは部隊長のダルシャにも伝えてある。彼なら、部下をまとめあげてくれるはずだ。お前はアヤガキどのと手を取り合い、しっかりと灰狼侯爵領はいろうこうしゃくりょうおさめていきなさい」

「やはり父上は……王家から危害きがいを加えられるとお考えなのですか?」

「いや、王家が私に手を出すことはないだろう。侯爵こうしゃく引き継ぎの手続きをしていくのは……念のための処置だよ」


 王家と侯爵家こうしゃくけは信頼関係で結ばれているわけではない。

 王家が力で、彼らを従わせているだけだ。

 その力の源となっているのが、初代王のマジックアイテムだ。


 王家はマジックアイテムの力で、侯爵家こうしゃくけしたがえてきた。

 だが、コーヤの力は、そのバランスをくずしてしまう。

 王家は彼を警戒するだろうが、侯爵家の中には、彼の力を欲する者もいるはずだ。


 コーヤがいれば王家の支配力は弱まる。

 侯爵家は王家に対して、要求を通しやすくなる。

 そんな彼を、他の4侯爵は味方にしたいはずだ。


(いや、黒熊候こくゆうこうは別か。彼はアヤガキどのを恐れている)


 黒熊候のことだ。使者を立てて、王家にあることないこと伝えるだろう。

 仮に黒熊候が言わなかったとしても、うわさは伝わるものだ。


 黒熊候こくゆうこうの護衛、同行していた者、その家族。

 彼らの口から情報が流れ、やがて王都に伝わることは十分にあり得る。

 そうなった場合、情報がどんなふうに変化するかわからない。

 だったら、その前に正しい情報を伝えた方がいい。


 レイソンが王都に向かうのは、そのためだ。


「私たちの主張はこうだ。『灰狼侯爵家に、王家への敵対の意思はない。私たちはこれまで通り、魔王復活への対策を続ける。王家のマジックアイテムは、そのために使う』とね」

「はい。父上」

「王都には4侯爵の領事館がある。そちらにも書状を送ることになるだろう」

「父上は、他の侯爵家を味方につけるおつもりなのですね」

「味方になってくれなくてもいいのだよ。中立か……我らに敵対するのをためらってくれれば、十分だ」

「それはコーヤさまを守るためにですか?」

「そうだ。私たちは、あの方に恩がある」


 コーヤはアリシアとレイソンを信じて、『王位継承権』スキルのことを明かしてくれた。

 その信頼に応える。命をかけてコーヤを守る。

 それがレイソンの覚悟だった。


「コーヤどのは黒熊候の前で『不死兵イモータル』を動かした。それは私たちと、灰狼領の民を守るためだ。あの方の力が黒熊候に知られてしまったのは、私たちのせいなのだよ。わかるね?」

「はい。お父さま」


 コーヤが能力を隠したいなら、黒熊候の指示通りに防壁をこわせばよかった。

 その上でアリシアを黒熊候に差し出せば、彼は満足して領地に帰っただろう。


 なのに、コーヤはそれを望まなかった。

 彼は『不死兵』を動かし、槍を黒熊候に突きつけた。

 コーヤは共犯者きょうはんしゃであるアリシアを守ることを選んでくれたのだ。


「王の資格を持つお方が、部下や民のためにリスクをおかしてくださったのだ。部下として、その心意気に応えなければならぬだろう?」

「お父さま、活き活きとしていらっしゃいます」

「うむ。私も、命の使いどころがわかったような気がするのだよ」


 レイソンは、ふと、気づいたように、


「アヤガキどのの世界にも、私たちのような部下がいたのだろうか?」

「いえ、それは……ないと思います。コーヤさまはもとの世界で、自分を隠して生きてきたとおっしゃっていましたから」


 アリシアは言った。


「自分を殺して、本心を隠して……居場所を作るために、必死でまわりに合わせてこられたそうです。でも、ご自分の出生の秘密がわかったら、居場所は全部こわれてしまったとか。だから、この世界ではこわれない居場所を作りたいと……そんなことをおっしゃっていました」

「きっとアヤガキさまの世界は、王を必要としない場所だったのだろう」


 レイソンはため息をついた。


「きっとあの人にとって、らしにくい場所だっただろうね」

「はい。アヤガキさまには、王の風格ふうかくがありますから」

「あの方ご自身は、気づいていらっしゃらないようだがね」


 コーヤに『王位継承権おういけいしょうけん』スキルが宿ったのは生まれのせいではないと、レイソンは考えている。

 彼には王にふさわしい才覚がある。

 だから召喚しょうかんされたとき、それにふさわしいスキルが宿ったのだろう。


 コーヤが王にふさわしい行いを続けているのが、その証拠だ。


 召喚後『王位継承権』スキルに気づいて、即座に王都を離れると判断した、決断力。

 能力測定クリスタルに、迷わず『王位継承権』スキルで干渉した、行動力。


 どれも、王には必要なものだ。

 決断して行動して、責任を取ることが、王の役目なのだから。


 なによりコーヤには、人を信じる心がある。

 そうでなければ灰狼領はいろうりょうに来てすぐに、アリシアに秘密を明かしたりはしないだろう。


「私はアヤガキどのが、どんな王になるか見てみたいのだよ」


 レイソンはそう言って、笑った。


「あの方がどんな国を作るのか、楽しみで仕方ないのだ」

「コーヤさまはわたくしたちに、思い通りに生きることを望んでいらっしゃいます」

「そうだね。だから、私もそうすることにしたのだ」

「王都に行って、言いたいことを伝えられるのですね」

「それが侯爵こうしゃくとしての役目だと思うのだよ」


 レイソンはうなずいた。


「私が命を落としたら、アリシアが灰狼候になるのだ。決して復讐ふくしゅうなどは考えてはいけないよ? アヤガキどのと共に、灰狼候を守るのだ。そして王家の非道ひどうを大陸中に伝えなさい」

「はい。お父さま」

「それと──ああ、そうだ。アヤガキどのは海が荒れている理由を知りたがっていたね。資料を探しておいた。これを渡して差し上げなさい」


 そう言ってレイソンは、地図と本を取り出した。

 地図は灰狼領の地形が描かれたもの。

 本の表紙には『灰狼候アクルト=グレイウルフ』という名前がある。


 初代灰狼候しょだいはいろうこうの手記だ。


「初代の灰狼候も、海の状態に興味を持ったようだ。記録が残っていた。参考になるかもしれない」

「ありがとうございます。父上」

「最後に……これは疑問なのだが。アヤガキどののスキル『王位継承権』は、あの方の子どもにも継承けいしょうされるものなのかな?」

「はい?」

「アヤガキどのは精霊王の地位を受け継いでいらっしゃる。仮に『王位継承権』が子にも引き継がれるものならば、アヤガキどのの子も精霊王となるだろう。だとすると……次代の灰狼侯爵は誰がぐことになるのだろうね? アリシアはどう思う?」

「ち、父上? なにを……」

「侯爵ではなく、親として心配をしているだけだよ」

「……あ、あの」

「アリシアは考えすぎのところがあるからね。思考よりも、自分の感覚を信じることをおぼえなさい。アヤガキどのに『首輪』をつけられるのが心地よかったのなら、そのことを伝えるのだ。そうすればアヤガキどのも……いや、悪かった! 娘のプライバシーに関わるべきではなかった! こら、ぽかぽかたたくのをやめなさい!! 悪かった。謝るからやめるのだ。アリシアよ……」


 こうして、灰狼候レイソン=グレイウルフは、王都への使者に立つことになった。

 兵士たちにそのことを告げると、多くの者が護衛につきたがった。

 レイソンはそこから20人を選び、護衛とした。


 それから彼は、王家や4侯爵にてた書簡しょかんを用意し、衣服を整え、馬車を手配した。

 そして、当日。

 すべての準備を整えたレイソンが、侯爵家の馬車に乗ると──



「「「お待ちしておりました!! 護衛をつとめさせてもらいますー!!」」」



 数十体の精霊たちが、馬車の中で待ち構えていた。


「アヤガキどののご命令ですな?」


「──そうです!」

「──なにがなんでも、レイソンどのをお守りしろと!」

「──姿を隠してついていけと、命令されております!」


「「「よろしくお願いしますー!」」」

「うむ。よろしくお願いしますぞ」

「「「はーい!!」」」


 こうして灰狼候レイソンは、十数名の兵と、その数倍の精霊たちを連れて、王都へと旅立ったのだった。


──────────────────────



 次回、第24話は、明日の夕方くらいに更新します。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る