第16話「魔物討伐をはじめる(3)」

 ──そして、灰狼侯爵領はいろうこうしゃくりょうの山の中では──




『グリーンドラゴン』は、全長十数メートルの大トカゲだ。


 口には巨大な牙。頭には角。尻尾には無数のトゲがある。

 つばさはない。

 巨体による攻撃力とうろこによる防御力で山の頂点に立つ魔物だ。



『グルゥアアアアアアアアア!!』



『グリーンドラゴン』が巨体をくねらせる。

 長大な尻尾が樹木をたたきき、みきをへし折る。

 樹木が倒れ、折れた枝が飛び散る。



『危ないから、あまり近づかないように』


 精霊王コーヤの声が、精霊たちの耳に届く。


『倒さなくていい。魔法で足止めしてくれればいいからね』

「「「はーい!!」」」


 精霊たちは木々の隙間をって飛んでいる。

 コーヤの指示通り、『グリーンドラゴン』からは距離を取っている。


「──新しい精霊王さまのためにがんばるです!」


 ジーグレットがそうだったように、新しい精霊王も優しい。


 新精霊王のコーヤは封印を解き、精霊たちを解放してくれた。

 人間だけど、精霊たちを大切にしてくれる。

 この土地の領主さまの友だちで、精霊たちが人間と仲良くできるようにしてくれた。

 さすがジーグレットが選んだ人だと思う。



(──なにより、コーヤさまは地位に執着していないです)



 精霊のひとりが、声に出さずにささやいた。


 近くにいる精霊同士は意思を通じ合わせることができる。

 その能力を使えば、精霊王や精霊姫に隠れて、内緒話ないしょばなしをすることができるのだ。

 もちろん、ティーナがその気になれば、精霊たちの思考を読むことができる。

 けれど、彼女はそれをしない。

 精霊たちはふわふわ気ままに過ごすものだと思っているからだ。


 そんなティーナと精霊王を尊敬する精霊たちは──


(──コーヤさまは、ふさわしい者がいたら、精霊王の地位をゆずると言っていたです)

(──精霊の子孫で、ジーグレットさまやティーナさまが納得する者なのです)

(──そして、コーヤさまの次の世代の者なのですー!)


 空中を飛び回りながら、精霊たちはわくわくした表情で思考を通わせる。

 彼女たちが語っているのは、精霊王継承せいれいおうけいしょうの儀式のときのことだ。

 あのときコーヤは、ふさわしい者がいたら、その者を次の世代の精霊王にすると言っていた。


 それが誰なのか、精霊たちはひそひそと語り合う。

 そして、彼女たちが出した結論は──



(((次の精霊王は、コーヤさまとティーナさまのお子さまに違いないのですー!!))




 ──だった。

 精霊たちはすごくいい笑顔でうなずきあう。


 精霊王や精霊姫が人間と子どもを作ることは、普通にできる。

 歴代の精霊王にも、人間の血を引く者もいた。

 精霊は人間が大好きだから、そういうこともあるのだ。


(──楽しみなのですー)

(──コーヤさまとティーナさまの赤ちゃんは、きっとかわいいのです!)

(──わたしたちが面倒を見てさしあげるのですー!!)

(──でもでも、そのことは私たちが口にしてはいけないのですー!)


 精霊たちがコーヤとティーナをけしかけたり、後押ししたりはしない。

 できるのは、ほんのちょっとの『お手伝い』。

 あとは見守るだけ。


 精霊たちが大好きなコーヤとティーナがくっつくのを、わくわくしながら見守る。

 それが精霊たちにとっては、一番の楽しみなのだった。

 



「「「そのために……がんばるです!」」」



 精霊たちは決意とともに宣言した。


 この戦いは、コーヤとティーナの未来に関わるものだ。

 だから、全力でがんばる。

 そんな決意を抱きしめながら、精霊たちは魔法の準備をする。


 そして──



「──ストーンレインですー!」

「──アイシクルランスなのですー!!」



 ズドドドドドドドドドドドドッ!!



 大量の攻撃魔法が『グリーンドラゴン』の周囲で炸裂さくれつした。



「「「足止めするです────っ!!」」」



『グリーンドラゴン』の周囲に石が積み上がり、それを氷の槍が固めていく。

 40人の精霊たちの集中砲火しゅうちゅうほうかに、『グリーンドラゴン』が動きを止める。



『グギャラァァァアアアアア!!』



『グリーンドラゴン』は必死に石と氷をくだく。

 だが、精霊たちの魔法は止まらない。

 石と氷の防壁は、こわはしから追加されていく。


 40人を超える精霊たちが次々に魔法を放っているのだ。

『グリーンドラゴン』が石と氷の障害物こわすよりも、精霊たちが作り直す方が早い。



 そして『グリーンドラゴン』が動けずにいる間に、『幻影兵士ファントム・ソルジャー』が現場に到着とうちゃくした。



『精霊たちは魔物から離れて。「幻影兵士ファントム・ソルジャー」は「グリーンドラゴン」を取り囲んで、一斉攻撃!!』


 精霊たちのもとにコーヤの声が届く。

 それに応えるように『幻影兵士』たちは一斉に剣を振り上げた。



『『『ウルアララララィィィアアアア!!』』』

「「「行くですー! 「幻影兵士ファントム・ソルジャー」さんたち──っ!!」」」



 頭に精霊を乗せた『幻影兵士』が防壁を飛び越える。

 身軽なのは風属性の精霊が一緒だからだ。

 そのまま『幻影兵士ファントム・ソルジャー』は宙をい、『グリーンドラゴン』に剣を突き立てる。



『ギィアアアアアアアアア!!』

『『『ルゥゥゥアアアアアアア!!』』』



『グリーンドラゴン』の身体から、青黒い血がき出す。



『精霊たちは『グリーンドラゴン』の傷口をねらって攻撃魔法を!!』

「「「はいっ! 精霊王さま────っ!!」」」



 ズドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!



 豪雨ごううのような攻撃魔法が、『グリーンドラゴン』に降り注ぐ。

 精霊が使えるのは弱い攻撃魔法だ。

 けれど、数が多い。

 大量の石の槍と氷の槍が魔物の傷口に突き刺し、さらに出血を強いていく。

 回避しようともがく『グリーンドラゴン』のまわりには、氷と石の防壁ぼうへき。さらにその外側では『幻影兵士』がいて、防壁を乗り越えようとする『グリーンドラゴン』を、容赦ようしゃなく切り刻んでいく。



『ギィアアアアアアアアアア…………ァガッ!?』



 やがて、『グリーンドラゴン』の首筋に、十本の剣が突き刺さった。

 大量の血を噴き出した『グリーンドラゴン』の巨体が、地面へと倒れる。

 それが、魔物の最期だった。


『『『ウルゥアアアアァァァララララィィィィ!!』』』

「「「やっつけましたー!!」」」



『攻撃部隊はおつかれさま。索敵部隊さくていぶたいはどうかな? 他に魔物はいた?』



魔物捜索部隊まものそうさくぶたいより報告なのです。山の中腹に魔物は見つけられずですー」

「山頂方面にもいないですー」

「みんな逃げてしまったみたいですー」


『了解。それじゃ、作戦はおしまいだよ。みんなお疲れさま』

「「「はーい!!」」」

『お礼をしたいけど、なにか欲しいものはある?』


「精霊王さまから、ご飯を食べさせてもらいたいですー」

「精霊たちは精霊王さまの手から食事をいただくことで、幸せな魔力をもらえるのです!」

「果物や木の実がすきなのですー! あ、精霊王さまはもっとすきですー!! すきすきですー!!」



『ごはんだね。うん、わかった。アリシアにお願いして、用意してもらうね』



「「「やった──っ!!」」」


 精霊たちの歓声が、山の中に響いた。

 こうして灰狼侯爵領はいろうこうしゃくりょうでの魔物討伐まものとうばつ作戦は、無事に終了したのだった。


 






 ──コーヤ視点──





「……精霊たちってすごいなー」


 精霊たちは、完璧に指示通りに動いてくれた。

 山の魔物を見つけ出して、攻撃して、倒せない者は『幻影兵士』が来るまで足止めして。

 そうして山の魔物のすべて駆逐くちくしてしまった。

 本当にすごい。

 まあ、精霊王ジーグレットなら、もっと上手く精霊たちを指揮できたんだろうけど。

 俺はこれくらいが限界だ。


「そういえば、ティーナ」

「うん。マスター」

「時々、精霊たちの声が聞こえなくなることがあったんだけど」

「あ、それは精霊たちが内緒話ないしょばなしをしているときなの」

「内緒話を?」

「そうなの。お父さまは精霊たちを自由にさせる人だったから、お仕事に関係ない話は、お父さまやティーナに聞かせなくてもいいよ、って言ってたの」

「そういうことか……」

「マスターが望むなら、すべて聞こえるようにできるけど、どうするの?」

「別にいいよ。精霊たちのプライバシーだからね」


 精霊だって、上司に聞かれたくないことはあるよな。

 俺は精霊王の地位を継いでるけど、精霊たちを完全支配するつもりはないし。

 内緒話くらい、自由にしてくれていいと思うんだ。


「とりあえず、これで作戦終了だ。お疲れさま。ティーナ」

「お疲れさまなの。マスター」


 俺の腕の中で、ティーナがうなずく。


 あとは、魔物の死体を回収するだけだ。

 放置しておくと、血のにおいに惹かれて別の魔物が来るらしいから。

 回収方法は──


「アリシアにお願いがあるんだけど」

「……は、はいっ!? はいっ!!」


 声をかけると、アリシアがびくっとなる。

 いきなりだったから、おどろいたみたいだ。


「ごめん。アリシアを放置してた」

「い、いえ。それはそれでドキドキするので気になさらなくても……じゃなくて!」


 なぜか『首輪』をいじっていたアリシアは、あわてた様子で、


「ご命令をお待ちしていました。なんなりとおっしゃってください!」

「魔物の死体を回収しておきたいんだ。シャトレさんたちに頼んでもらえないか?」


 俺は言った。


「山の魔物は掃討そうとうしたよ。山の中は、もう安全だ。道案内は精霊たちにしてもらうから、魔物の死体だけ回収してもらって」

「承知いたしました! それで、戦果はいかほどでしたか?」

「……ちょっと待って」

「精霊たちに確認してもらうの」


 俺とティーナは精霊たちを通じて、倒した魔物の数をカウントした。

 その結果。


「ゴブリンが24体。オークが16体。オーガ10体。イビルブラックドッグが16体。ジャイアントリザードが5体。グリーンドラゴンが1体。あと、水責めにした巣穴が3箇所かしょ……かな?」

「…………え」

「魔物からは素材も採れるんだよな。大変かと思うけど、回収した方がいいと思う」

「しょ、少々お待ちください!」


 アリシアは地面に数字を書いて、計算を始める。


「小型の魔物が24体。中型が32体。大型が15体。超大型が1体。うち16体は確実に解体が必要。獣型とトカゲ型の皮を素材にすることを考えて職人を手配。そうなると、必要な人数は──」


 地面に書かれる数字の数が増えていく。

 しばらくして、結論を出したアリシアは──


「アリシア=グレイウルフの名において命じます! とりでの第1、第2、第3部隊は、山に入って魔物の素材回収をお願いいたします!! 伝令兵は町に行って、職人を連れてきてください。必要な人数は24名です!!」


 堂々とした姿で、砦の兵士に向かって指示を出した。


「コーヤさまとティーナさま、それと精霊さまたちと『幻影兵士』さまが、72体の魔物を掃討そうとうされました!! 巣穴も潰してくださいました!! 南の山岳地帯は安全になりました!! 繰り返します!! 南の山岳地帯の魔物は掃討されました!!」



「「「…………え?」」」


 砦の兵士たちが、ぽかーんとした顔になる。


「──山の魔物が、掃討そうとうされた?」

「──巣穴も潰した……?」

「──魔物72体? 嘘だろ……」


「しょ、承知いたしました。アリシアさま!!」


 答えたのは、部隊長のシャトレさんだった。


「ご命令通りにいたします! 力自慢ちからじまんの第1、第2、第3部隊は、魔物解体の用意を整えて山に向かいます!! 伝令は町に向かい、魔物解体の技術者を連れて来い!! 第4、第5部隊は砦を片付けろ!! 魔物72体分の素材が来るぞ!!」


「「「りょ、了解いたしました──っ!!」」」


 そうして、精霊たちの案内で、兵士さんたちは山に入っていき──



「『グリーンドラゴン』だ。こいつの皮は防具に最適と聞いているが……」

「巣穴の魔物……全員、溺死できししてたな」

「死体回収に行っている間、一匹の魔物にも出会わなかった」

「本当に、南の山地は安全になったのか……だとしたら……」



 ──魔物の素材を手に戻ってきた兵士さんたちは、アリシアを見た。

 アリシアは優しい表情で、うなずいて、



「お祝いをいたしましょう。山から魔物が駆逐くちくされたことと、コーヤさまの精霊王就任を祝って。それと、ティーナさまと精霊さまたちの歓迎の意味をこめて、アリシア=グレイウルフの名のもとに、盛大せいだい酒宴しゅえん開催かいさいいたします!!」



「「「うぉおおおおおおおっ!!」」」



 そして、人間の兵士と精霊たちによる、大宴会だいえんかいがはじまったのだった。



──────────────────────



 次回、第17話は、明日の夕方くらいに更新します。






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