第15話「魔物討伐をはじめる(2)」

「やることはそんなに複雑じゃない。『幻影兵士ファントム・ソルジャー』が山で魔物を討伐とうばつするだけだ。精霊たちには、そのサポートをしてほしい」


 目の前には10体の『幻影兵士』が並んでる。

 剣を手にした戦闘モードだ。


 そのまわりには、100人くらいの精霊たち。

 みんなやる気十分で、『幻影兵士』のまわりを飛び回ってる。


 俺の隣にはアリシアとティーナ。

 ふたりは真剣な表情で、俺の話に聞き入ってる。


「精霊たちは10人ずつのグループに分かれて、山に入って欲しい」


 俺は説明を続ける。


「敵を探す索敵部隊さくてきぶたいと、遠距離から魔物を攻撃する攻撃部隊こうげきぶたいだ。索敵部隊は山にいる敵を見つけて、攻撃部隊は上空から魔物を攻撃してほしい」


 精霊はその属性に応じた、シンプルな攻撃魔法が使える。

 集団魔法ほどの威力はないけど、小型の魔物を倒すくらいはできるそうだ。


 南の山岳地帯には、まだ魔物が残っている。

『ギガンティック・ストーンウォール』の防壁は作ったけど、安心はできない。

 できれば山にいる魔物をたちを残らず掃討そうとうしたい。


 そうすれば砦にいる兵士たちは家に帰れる。

 家族とゆっくり過ごすことができるようになると思うんだ。


 俺の目的は、釣りでもしながらだらだらと暮らすことだからな。

 でも、まわりの人が死ぬ気で仕事をしてるのに、ひとりだけ休んでるのも落ち着かない。

 まあ……この性格のせいで、元の世界では大量の仕事を押しつけられてたんだけど。

 とにかく、こっちの世界ではのんびりするって決めてる。

 だから俺が休めるように、灰狼侯爵領はいろうこうしゃくりょうの人たちにも、落ち着いた生活をして欲しいんだ。


「火属性の精霊と風属性の精霊は、温度や空気の動きに敏感びんかんなんだよね?」

「「「そうですー!」」」

「魔物の体温や気配もわかる?」

「「「むちゃくちゃわかりますー!!」」」


 赤い髪の火属性の精霊と、緑の髪の風属性の精霊が手をあげる。


「うん。じゃあ、火と風の属性の精霊たちは、山に魔物をみつけだして」


 俺は精霊たちに指示を出す。


「見つけた魔物は、地属性と水属性の精霊たちが攻撃して。ただし、遠距離からだ。できるだけ魔物には近づかないように。できるかな?」


「「「「できますーっ!!」」」」


 精霊たちから素直な答えが返ってくる。


 もちろん、精霊たちにとって手強てごわい相手もいるだろう。

 そういう連中は──


「強力な敵は、『幻影兵士ファントム・ソルジャー』が処理する」

『『『ウルァ! ウルゥアラララララララィィィアアアー!!』』』


 俺の言葉に応えるように『幻影兵士ファントム・ソルジャー』が剣を振り上げる。


「もちろん、精霊たちにだけ危ないことはさせない。俺も『幻影兵士』を連れて山に入る。そうすれば臨機応変りんきおうへんに『幻影兵士』を動かせるし、強敵を見つけたときもすぐに『幻影兵士』を派遣はけんできる。効率よく山の魔物を討伐できるはずで……って、あれ?」

「「「「むー」」」」


 精霊たちが両腕りょううででバツ印を作ってる。

 涙目で、必死に首を横に振ってるのは、なんで?


「コーヤさまが前線に出るのは危険です」

「マスターは指示を出すだけでいいと思うの」


 そう言ったのはアリシアとティーナだった。


「山にはどんな魔物がいるかわかりません。コーヤさまが踏み込むのは、あぶないと思います」


 アリシアは俺の前にひざをついた。


「どうかこのアリシア=グレイウルフにご命令ください。『主君の代わりに山に入れ』と。そ、わたくしは、身命に替えても役目を果たしてみせます」

「いやいや、この侯爵令嬢こうしゃくれいじょを山で戦わせるわけにはいかないだろ!?」

「コーヤさまの方が大切です!」


 アリシアは涙目で訴えてる。困る。


『幻影兵士』がいれば、大抵の魔物は倒せる。

 彼らと一緒に山に入れば危険はないと思うんだけど。


 でも……俺がこの世界に慣れていないのも確かだ。

 なにかいい方法はないかな。

 たとえば、遠くから『幻影兵士』を動かす方法とか。


『幻影兵士』は俺の命令に従って動くようになっている。

 他にも、例えば『精霊たちの指示に従え』と言えば、その通りに動いてくれる。これは北の草原で農作業をしたときに確認済みだ。

 たぶん、初代王アルカインは『幻影兵士』を部下に使わせてたりもしたんだろう。

 アルカインがすべての戦場に出向いて、直接『幻影兵士』を指揮するのは大変だからだ。将軍とか、部下の貴族にも使えるように『誰々の指示に従え』という命令を実行できるようにしてあるんだろうな。


 だとすると──


「あのさ、ティーナ」

「はい。マスター」

「ティーナって、離れたところから精霊に指示を出せるんだよね?」

「うん。ティーナはすべての精霊と繋がってるから。遠くの精霊と話ができるし、精霊たちがどこにいるかもわかるの」

「わかった。じゃあ、ちょっと力を貸して」


 俺は『幻影兵士ファントム・ソルジャー』の方を見た。


「『幻影兵士』に命じる。しばらくそのまま、動かないでいろ」

『『『ルゥオオオ……?』』』

「精霊たちは、『幻影兵士』に乗ってみて」


 北の草原を開拓かいたくしたときと同じだ。

『幻影兵士』と精霊を合体させてみよう。


 北の草原を開拓していたとき、『幻影兵士』は農業の精霊と一体化していた。

 おかげでサクサクと草むしりをして、農地をたがやすことができた。


 そして、精霊たちは精霊姫のティーナと繋がってる。

 精霊たちが『幻影兵士ファントム・ソルジャー』と合体すれば、『幻影兵士』はティーナともつながることになる。


 そのティーナに、俺が指示を出す。

 そうすれば指示はティーナから精霊へ、精霊から『幻影兵士』に伝わる。

 俺はティーナを通じて、遠くから『幻影兵士』を動かすことができるはずだ。


「すべての『幻影兵士』に告げる。俺が命令を解除するまでの間、お前たちは精霊の指示に従って行動せよ」


 俺は『幻影兵士』に指示を出した。


「これから俺は、ティーナを通して精霊たちに指示を出す。精霊たちはそれを『幻影兵士』に伝えて欲しい」

「あ、そういうことなの。わかったの!」


 ティーナが目を輝かせる。

 俺の言いたいことがわかったみたいだ。


「それなら安全なの。ティーナはこの場所で、マスターと繋がるの!」

「うん。そうすることで、俺はここから『幻影兵士』を操ることができるんだ」


 とりあえずやってみよう。

 できるだけ安全に。俺の部下──精霊たちが納得するやり方で。


「『幻影兵士ファントム・ソルジャー』が一緒なら精霊たちも安全だし、魔物を討伐しやすくなると思う。どうかな?」

「「「「やってみたいですー! それ──っ!!」」」」


 結局『幻影兵士』には、精霊がひとりずつ乗ることになった。


 それを確認してから、俺はティーナの耳に指示をささやく。

 ティーナがそれを無言で、精霊たちに伝える。

 すると──


「「「「『幻影兵士』全体、ぜんしーんっ!!」」」」

『『『『ウゥルルルルルルラララアアァァァァァ!!』』』』


『幻影兵士』は、俺の指示通りに歩き出す。

 よし。これならうまくいきそうだ。


 俺はシャトレさんにもらった地図を見る。

 ざっくりだけど、魔物の目撃情報が多い場所が記されてる。

 これを参考に魔物の討伐とうばつを進めよう。


「それじゃ、作戦開始だ」


 俺はあらためて、精霊たちに指示を出す。


「火属性と風属性の精霊は魔物を捜索そうさく! 地属性と水属性の精霊は、見つけた魔物を遠くから攻撃。『幻影兵士』は攻撃部隊と一緒に前進。強敵を見つけたら、取り囲んで攻撃しろ!」

「「「「了解しましたー!!」」」」

『『『『ルゥオオオォォォルララァァァァイイイイイィ!!』』』』


 精霊たちが、山に向かって飛んでいく。

 それを追いかけるのは、精霊を乗せた『幻影兵士』たちだ。空を飛ぶ精霊に負けないように、全速力で走ってる。

 というか……俺が操ってるときよりも動きが速いのは、なんでだ?


「たぶん、風属性の精霊を乗せているからなの」


 答えをくれたのはティーナだった。


「精霊が風を操ることで、『幻影兵士』が走りやすいようにしてるの。スピードが速いのはそのせいなの」


『農業の精霊』と『幻影兵士』を一緒にしたら、農作業の効率が上がってたけど、それと同じようなものか。

 精霊とマジックアイテムには、意外な相乗効果そうじょうこうかがあるみたいだ。


「ティーナにはすべての精霊の居場所がわかるんだよね?」

「うん。でも……言葉で説明するのは難しいの。だから──」


 ティーナが前髪をかきあげて、白い額をあらわにする。


「ティーナの中にあるイメージを伝えるの。マスターが魔法のイメージを、ティーナにくれたのと同じやり方で」

「額をくっつければいいのかな?」

「んっ」

「うん。わかった」


 俺は目を閉じて、ティーナの額に自分の額を押しつけた。

 無数の、光の点が見えた。

 それが暗闇の中を、前後左右に動いている。


 光の点は精霊の位置を表してる。

 意識を集中すると……精霊の見ているものが、見えてくる。


 地図アプリをタップすると対象の地点の写真が表示されるけど、あんな感じだ。

 こっちは写真じゃなくて、精霊たちが見ている光景──つまり、リアルタイムの動画だけど。


 精霊たちはさっそく魔物を発見したようだ。

 ゴブリンを遠距離魔法で仕留めてる。指示したとおり、遠くから。

 これなら危険はなさそうだ。


「ただ……この状態だと、精霊の位置しかわからないな」


 これだと、精霊たちが山のどのあたりにいるのかわからない。

 ティーナと密着してるから、目を開けても彼女の顔しか見えないし。

 それと……おたがいの呼吸が肌に触れて、ちょっとくすぐったい。


「額をくっつける以外に、情報を共有する方法ってある?」

「マスターとのティーナが、もっとたくさんくっつけばいいと思うの」

「こんな感じかな?」


 俺はティーナと手をつないだ。

 ……変化なし。


「もっとたくさんくっついた方がいいの」

「こうかな?」


 腕を組んでみた。変化なし。

 肩を抱いてみても変化なし。


「……あ、あの。コーヤさま。ティーナさま」


 気づくと、アリシアがびっくりした顔で俺たちを見ていた。


「人前でそのようなことをされるのはうらやま──いえ、どうかと思うのですが」

「仕方ないよ。作戦のためなんだから」

「マスターにティーナの力をお貸しするためなの」


 俺とティーナは答える。


「アリシアさまにもお知恵を貸して欲しいの。どうすればマスターとティーナの接触面を増やせるか」

「……え?」

「アリシアさまがティーナと同じ状況だったら、どうするの?」

「あぐらをかいて座ったコーヤさまのおひざの上に、わたくしが座らせていただきます。そのままコーヤさまの胸に背中を預けた状態で、お好きな場所に腕を回してもらいますが……い、いえ、そうではなくて!」

「さすがアリシアさまなの!」


 感動したようにティーナが手を叩く。

 俺もびっくりしてる。さすがアリシアだ。一瞬で解決方法をみちびき出してくれた。


 確かに、アリシアが提案する体勢なら、俺とティーナの接触面は増える。

 おたがいの視界をふさぐこともない。

 ちょっと恥ずかしいけど、仕方ないよな。


「それじゃ、試してみよう」


 俺は地面にあぐらをかいて座った。

 ティーナは迷わず、その上に腰を下ろす。

 小柄なティーナはすっぽりと、俺のひざの上におさまる。

 身体の感触と体温が気になるけれど……今は戦闘中だ。気にしないようにしよう。


「ティーナの身体を自由にしてください。マスター」


 ティーナが俺の胸に背中を押し当てる。

 俺はティーナの身体に腕を回して……とりあえず、お腹のあたりに触れた。



 すると──



「──伝わってる? マスター」

「ああ。見える」


 俺は今、砦の見張り台に座っている。

 目の前には、南の山地が広がっている。


 そこに数十個の光の点が現れた。重なり合いながら、山の中を移動している。

 精霊部隊の位置を示す光の点だ。


 赤・青・緑・黄の色が示すのは、精霊たちの属性。

 大きく光っているのは交戦中。

 ひときわ大きい光点は、『幻影兵士』の位置を示している。


「ティーナ、交戦中の精霊の視界を共有」

「ティーナより命令なの。マスターの指示を実現して!」


 ぽん、と、視界が変化した。

 ポップアップウィンドウのように、精霊たちの視界が表示される。


 戦闘中の精霊がいる。相手は3体のオークだ。

 精霊が10人で相手をしているけれど、時間がかかっている。

 オークは身体の肉が厚い分だけ防御力が高いのか。


「南東方面にいる精霊を戦闘支援にまわして」


 ──言葉にする必要もない。


 頭で考えただけで、精霊たちを表す光点が動き出す。

 俺の腕の中にいるティーナが、指示を伝えてくれているんだ。


 まるで、身体が一体化したようだった。

 おたがいの考えていることがすぐに伝わる。これが、精霊王の力なのか。


(すごいのはマスターなの)


 声に出さずに、ティーナが言った。


(ティーナは精霊たちからたくさんの情報をもらってるけど、よくわからないの。情報が多すぎて、処理しきれないの)

「そうなのか?」

(なのにマスターは、10の部隊に分けた精霊たちすべてに、ちゃんと指示を出してるの。どうしてそんなことができるの?)


 それはたぶん……俺が元の世界で顧客こきゃくサポートをしてたからだ。


 俺はプログラマとエンジニアをやってた。

 具体的な仕事は、リモートでの顧客こきゃくサポートだった。


 トラブルが起きた会社のパソコンにリモートでログインして、おかしくなったところを修正してた。物理的な異常があれば顧客のところに出向いてたけど、ほとんどはリモートで片付けてた。


 ただ、仕事の数が多かった。

 同時に2件か3件を処理するのは当たり前、

 多いときには10件近くを同時対応してた。


 トラブルは重なるもので、修正対応したのに顧客のミスで別のトラブルが出て、それを修正しているうちに別の顧客から依頼が来て……という感じだった。絶望的なマルチタスクだった。


 それに比べれば、精霊たちに指示を出すのは難しくない。

 精霊たちは素直に俺の指示に従ってくれるからね。

 顧客みたいに思いつきで変なことをしない分だけ、はるかに楽なんだ。


(……マスターは、元の世界ですごいことをしてたのね)


 再び、ティーナの声。


(ティーナはもっと、マスターのこと、知りたい)

「この仕事が終わったらね」

(……んっ)


 安心したように、ティーナが身体から力を抜いた。

 密着した身体から、さらに多くの情報が伝わってくる。



 ──犬型の魔物を発見。

「氷魔法で足止め。逃げ場を封じてから地属性の魔法で包囲攻撃ほういこうげき


 魔物『ダークブラッドドッグ』の群れを、大量の石の槍が串刺くしざしした。



 ──魔物の巣穴らしきものを発見、

「魔法で水を生み出して、巣穴に注いで。その後、出口を岩でふさいでみよう」


 巣穴から『ガボゴボガボゴボ……』という声が聞こえたあと、静かになった。



 ──鳥形の魔物、ダークコンドルを発見。

「風属性の精霊が支援して。暴風で地上に叩きつけてから、魔法でとどめを」


 全長2メートルの怪鳥が、地上でバラバラになった。



 俺は次々に指示を出していく。

 それにしても……魔物が多いな。

 やっぱり、大魔法を撃ち込むだけじゃ駄目だったか。


(大丈夫なの)


 ティーナから返事がかえってくる。


(次々にやっつけていれば、魔物もこの山が危険だってわかるの。近づかなくなるの)

「だといいけどな」


 ──大型の魔物をみつけましたー!

 ──巨大なトカゲ。『グリーンドラゴン』なのです!

 ──うろこが固いので、魔法が通じにくいですー!


「手の空いている精霊は全員集合。魔法でドラゴンの動きを止めて。『幻影兵士ファントム・ソルジャー』は現場に急行」


 俺は『幻影兵士ファントム・ソルジャー』を現場に派遣はけんする。


 同時に、魔物を探していた精霊たちから連絡が来る。

『グリーンドラゴン』の他に、魔物の気配を感じなくなった、と。


 魔物の駆逐はほとんど完了したらしい。

 あとは小型の魔物が、灰狼侯爵領はいろうこうしゃくりょうの外へと逃走中とうそうちゅう

 追撃するかどうかの質問が来てる。


 俺は『倒さなくていいから、魔法で追い立てて』と答える。


 目的は山から魔物を駆逐くちくすることだ。

 灰狼侯爵領を出た魔物まで攻撃する必要はない。

 手の空いた精霊たちは『グリーンドラゴン』を攻撃に向かうように指示を出す。


「たぶん、『グリードラゴン』が山のボスだ。さっさとやっつけよう」

「はい。マスター!!」


 そして俺たちは『グリーンドラゴン』討伐とうばつを開始したのだった。



──────────────────────


 次回、第16話は、明日の夕方くらいに更新します。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る