第4話「新たな軍団を出陣させる」

 ──そのころ、灰狼侯爵領はいろうこうしゃくりょうの兵士たちは──




「ここで食い止めろ!! 魔物を農地に入れるな──っ!!」


 灰狼領はいろうりょう防衛隊長ぼうえいたいちょう、ダルシャは叫んだ。


 北の山からは、ときおり、魔物が下りてくる。

 だから灰狼侯爵家はいろうこうしゃくけは山の近くにとりでを作り、兵士を常駐じょうちゅうさせているのだった。


「敵はオーガが3体! ゴブリンが50体です!!」

「狙いはこの先にある家畜小屋かちくごやか?」

「間違いないかと」

「よし! むかつ! 奴らをここで食い止めろ!!」


 ダルシャは剣を手に取った。


「オーガはオレがる。皆はゴブリンを頼む!」


 砦のまわりには木製の柵がある。そこで魔物を足止めし、矢で攻撃する。

 数を減らしたあとは接近戦だ。


「恐れるな! 間もなくアリシアさまがいらっしゃる!! 怪我はアリシアさまが治してくださる! 恐れずに戦え!!」

「「「うおおおおおおおっ!!」」」


 ダルシャの言葉に、兵士たちが声をあげた。


 やがて彼らの視界に魔物の群れが映る。

 山から下りてきたのは、人の2倍の身長を持つ巨人──オーガ。それが数体。

 オーガたちの後ろには、数十体のゴブリンがいる。


 オーガは角の生えた巨人だ。

 堅い皮膚ひふを持ち、巨大な棍棒を振り回して攻撃してくる。

 奴の攻撃にさくが耐えられるのは一度だけ。

 その前に、致命傷ちめいしょうを与えなければいけない。


 ゴブリンは人の胸までの背丈しかないが、動きが速い。

 小柄な身体を活かして、死角から攻撃してくる。

 一体一体は弱いが、オーガの指揮下しきかでは軍勢ぐんぜいとなって向かって来る。やっかいな相手だった。


 魔物たちの目的は、家畜かちく穀物こくもつだ。

 それらを喰らえば満足して山に帰るだろう。


 だが、食料を失えば、人が飢える。飢えれば、体力のない者から死んでいく。

 人が弱り、体力を失えば、魔物を撃退できなくなる。

 そうなれば人は、魔物のエサとなる。


 そんなことはさせない。

 魔物はここで食い止めなければいけないのだ。


「矢を放て! ゴブリンの数を減らすのだ!!」


 ダルシャの指示で、とりでから一斉に矢が放たれる。

 砦の中にいるのは身体の小さな者や若い者たちだ。接近戦を苦手とする彼らは、飛び道具で兵士を支援する。彼らが放つ矢は雨となり、ゴブリンたちを射貫いていく。

 矢の雨を通り抜けたゴブリンは20数体。兵士たちで処理できる数だ。


「ゴブリンが来る! 槍を構えよ!!」

「「「おおおおおおっ!!」」」


 そして、柵越さくごしの戦闘が始まった。


 柵を乗り越えようとしたゴブリンを、兵士の槍が貫く。

 絶命した仲間を足場にして、別のゴブリンが飛び上がる。

 敷地内に入ってきたその敵を、ダルシャの剣が切り伏せる。

 ゴブリンは次々に数を減らしていく。


 やがて、倒れたゴブリンの後ろから、巨体を揺らしたオーガが近づいてくる。


「オーガは私と熟練兵じゅくれんへいが相手をする。若い兵士は矢を射続けろ!!」

「「「おおおおおおおおっ!!」」」


 ダルシャは剣を手に走り出す。数名の兵士たちがそれに続く。

 オーガは、柵を破壊しようと腕を振り上げている。

 その隙にダルシャはふところへ飛び込み、剣でりつける。


『グガアアアアアアアッ!!』


 脚を切られたオーガが悲鳴を上げる。

 動きの止まったオーガに、兵士たちが槍を突き立てる。


 暴れるオーガの腕が、数名の兵士を吹き飛ばす。兵士は地面を転がるが軽傷だ。

 残りの兵士たちはオーガに槍を突き刺し続ける。

 オーガは全身のいたるところから血を流しながら、倒れる。


 すぐにダルシャは次のオーガに向かう。

 地面を転がり、脚に向かって切りつける。

 だが、警戒されていた。オーガの棍棒こんぼうが剣をはじき、奴はダルシャに向かって脚を振り上げる。

 ダルシャがそれを避けているうちに、3体目のオーガが近づいてくる。


「……1体目のオーガを処理するのに、時間をかけすぎたか」


 生き残りのゴブリンたちが、オーガの元に集まりはじめている。

 ゴブリンが守るのはオーガの足元だ。


 頭上には棍棒。足元にはゴブリンの槍。

 2種族の連携攻撃に、兵士たちが押され始める。

 ひとり、ふたりと傷を負い、その分だけ戦力が減り、ダルシャの負担が増えていく。


「ダルシャどの! 山の方からまた……オーガが……」

「まだ来るのか!? 数は!?」

「5体……いえ、8体です!! 大型のものが……あんなに」


 灰狼領はいろうりょうでは年々、魔物が増えている。

 もちろん灰狼の兵は強い。数がそろえば、オーガなど倒せる。


 だが、灰狼侯爵領は人口が少ない。

 その上、魔物が出る場所が多いため、兵士を分散して配置しなければいけない。

 他の砦にいる兵士を呼び寄せることもできるが、それには時間がかかる。

 兵数さえいれば、問題は解決するというのに……。


援軍えんぐんが来るまで時間を稼ぐ!」


 防衛隊長ダルシャは心を決めた。


「怪我をした者は後退しろ! 間もなくアリシアさまがいらっしゃる。あの方の治療ちりょうを受けた後で、戦闘に参加せよ!!」

「「「承知しました!!」」」

「援軍はすぐに来る。それまでオーガの足止めを──」


 ダルシャが声をあげた瞬間──馬のひづめの音がした。

 同時に、鎧を揺らしながら、兵士が走る音も。



『『『ルゥ! ラララララララララ──ッ!!』』』



 そして、まるで歌のような声が聞こえた。

 ダルシャが反射的に振り返ると──真っ白な人影が走ってくるのが見えた。


 手には剣と盾を持っている。

 体格はがっしりしていて、かなりの長身だ。顔は……フードを目深に被っているせいで、よくわからない。

 着ているのは純白のローブ。さらにマントを身につけている。

 ローブの隙間からは金属製のよろいがのぞいている。


「あんな兵士は灰狼にはいないはず……あれは、なんなのだ!?」


 ダルシャの疑問をよそに、白い兵士たちは魔物の群れへと突撃とつげきする。


『『『ル、ウルララララララァ!!』』』

『グ、グルゥアアアア!?』


 突然現れた兵士たちに、オーガが威嚇いかくの声をあげる。

 だが、白い兵士たちは動じない。

 足を止めることなく、まっすぐ魔物たちに向かっていく。

 オーガは人の背丈ほどもある棍棒を、白い兵士に向かって振り下ろし──


 白い兵士はそれを、あっさりと受け流した。


 まるで、舞踏ぶとうのようだった。

 白い兵士が棍棒こんぼうの勢いをらし、体勢をくずしたオーガが膝をつく。

 その間に他の白い兵士がオーガの側面に回り込み、胴体に剣を突き刺す。

 9人同時の、一糸乱いっしみだれぬ動きで。


『『『『ルゥ、ララララララ!!』』』』

『────ガハッ』


 胴体を破壊されたオーガは血を吐き、絶命した。


「な、なんだ? なんなのだ、あれは……」


 味方なのはわかる。

 だが、あんな兵士は見たことがない。


「まさか、異世界人のコーヤ=アヤガキさまが? いや、そんなはずは……」


 ありえない。

 王家が、灰狼領に優秀な人材を送り込むはずがない。

 ならばあの兵士たちはなんなのか。


不死兵イモータル』のようにも見えるが……違うだろう。

『不死兵』が灰狼領の味方をするはずがない。だからあれは『不死兵』ではない。

 簡単な理屈だ。


「あれはなんなのですか。アリシアさま……!?」



「あれこそが異世界人のコーヤ=アヤガキさまのお力です!!」



 ダルシャの側で馬が停まった。

 乗っているのはアリシア=グレイウルフだ。


 アリシアのその後ろにはコーヤ=アヤガキがいる。

 馬に乗り慣れていないのだろう。気持ち悪そうに口を押さえている。



「あの白い兵士はコーヤさまが呼び出した『幻影兵士ファントム・ソルジャー』です!!」



 コーヤ=アヤガキの背中をさすりながら、アリシアが声をあげる。



「コーヤさまのジョブは『門番』です! 門を守るのは兵士です! ですからコーヤさまは、スキルで謎の兵士を呼びだすことができるのです! そうなのですっ!!」



 兵士たちの前で、侯爵令嬢アリシア=グレイウルフは宣言した。

 ダルシャにはわからないことだが──もちろん・・・・嘘だ・・


 オーガを一瞬のうちに倒した兵士の正体は、侯爵家の屋敷にいた『不死兵イモータル』たち。

 コーヤはそれを『王位継承権』スキルで支配した。

 そして彼らにローブとフードを着せ、『幻影兵士ファントム・ソルジャー』として、戦場に送り出したのだった。



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 次回、第5話は、明日の夕方くらいに更新します。

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