第3話「侯爵令嬢アリシアを勧誘する」
──数時間前 (コーヤが
異世界に召喚されたあと、俺は自分に『
そのときに、いくつか決めたことがある。
ひとつめは、俺にどんなスキルがあるのかを隠すこと。
次に、できるだけ早く王都から遠ざかること。
最後に、信頼できる人間を見つけて、協力者にすることだ。
街道を歩いていると、迎えの人と出くわした。
白髪の男性だった。
「連絡を受けてお待ちしておりました。異世界からいらした方ですな」
「はい。コーヤ=アヤガキと言います」
「遠路はるばる、お疲れさまでした。自分は
ダルシャさんの後ろには、馬車がいた。
古い馬車だ。側面には狼のような
馬車には、あちこち補修した跡もある。
馬車を引いているのは、なんだか、年老いたような馬だ。
「本来ならば当主さまか、当主代行のお嬢さまがお迎えに来られるべきですが……当主さまは体調が悪く、当主代行のアリシア=グレイウルフさまは別のお仕事をされております。そのため、自分がまいりました。どうかご
「ごていねいに、ありがとうございます」
俺はダルシャさんに頭を下げた。
「すみません。ひとつ聞いてもいいですか?」
「はい。どうぞ」
「実は……俺は、自分がこれからなにをすればいいのか、わからないんです」
「それならば、やはりアリシアさまにお会いになられるべきです」
ダルシャさんは真面目な表情で、俺の質問に答えてくれた。
「アリシアさまならば、コーヤ=アヤガキさまにふさわしい仕事をくださるでしょう。今後の生活のことも含めて、話をされるのがよろしいかと」
「わかりました」
そうして俺は、馬車に乗り込んだ。
ダルシャさんも一緒だった。
この人は異世界人を
やがて、馬車が移動をはじめる。
移動中は、ダルシャさんが灰狼侯爵領のことを教えてくれた。
──灰狼侯爵領は農地が少ないこと。
──山からよく魔物が降りてくること。
──それでも住民が協力して、なんとか暮らしていること。
それから──
「コーヤ=アヤガキさまは、我々の
頭を下げたダルシャさんは、そんなことを言った。
「よろしければ、アリシアさまに異世界のことを話してさしあげてください。アリシアさまは灰狼領から出たことがありません。外の世界からいらしたアヤガキさまは、よい話し相手になってくださると思います」
「話し相手でいいんですか? お仕事とかは……」
「それは、この地に慣れてからでよいでしょう」
「でも、俺のジョブは『門番』です。できそうな仕事ってありますか?」
「アヤガキさまがお望みなら、お屋敷の守りを担当されるのはどうでしょうか」
ダルシャさんは、優しい笑みを浮かべた。
「そうすれば領内の者は、アヤガキさまのお姿を見ることができましょう。民と顔を合わせて話をすれば、アヤガキどのも灰狼領のことがわかるのではないでしょうか」
「ありがとうございます。考えてみます」
いい人だった。
ダルシャさんは俺と同じ馬車に乗り、正面から俺の質問に答えてくれる。
話をしているうちに、
高い
灰狼領は魔王が復活したら一番最初に襲われる場所だと聞いている。
館の守りが固いのは、そのせいだろう。
いざというときは立てこもって、魔王と戦うのかもしれない。
今は、屋敷の門が開いていて、そこに灰狼領の人たちが並んでいる。
なにかの順番待ちをしているみたいだ。
「あれは
俺の視線に気づいたのか、ダルシャさんが教えてくれた。
「アリシアさまは、
「治癒魔法というと……傷を治したりするものですか?」
「はい。それでアリシアさまは、兵士の治療を行っておられるのですよ」
……アリシア=グレイウルフって、
ということは、王宮にいた4人の侯爵たちと同じくらいの地位にいることになる。
その人が屋敷の門を開いて、兵士たちの治療をしてるのか?
この土地の貴族って、王宮にいた貴族たちとは違うんだろうか……。
しばらくして、馬車が
俺たちは列の横を通って、屋敷の敷地に入る。
入り口に並んでいるのは、兵士の格好をした人たちだった。
足に包帯を巻いていたり、腕に布を当てていたりする。
戦いで傷を受けたのかもしれない。
屋敷の庭には椅子が置かれていて、そこには、銀色の髪の少女が座っていた。
着ているのは白い──神官服のようなものだ。
彼女は椅子に腰掛けたまま、兵士の傷口に手をかざしている。
「──灰狼を守るために戦ってくれた方のために……『ヒール』」
少女がつぶやくと、手の平から光の粒がこぼれ落ちる。
それが兵士の傷に触れると──流れていた血が止まる。傷がふさがり、兵士さんの表情がやわらぐ。
あれが、この世界の魔法みたいだ。
兵士は少女に深々と頭を下げて、後ろに並んでいた人に席を
そうして、また、次の兵士が、少女の前に座るのだった。
すごいな。
やっぱり王宮にいた貴族たちとは違う。
灰狼候爵家の人となら、ちゃんと話ができるかもしれない。
「アリシアさま。お客人をお連れしました」
「は、はい。ごくろうさまです」
ダルシャさんが声をかけると、少女──侯爵家のアリシアが、こっちを見た。
それから彼女は
「も、もういらしたのですね! ですが……すみません。今は兵士さんの
「客間でお待ちいただきましょうか?」
「王都からのお客さまに、そのようなことは……」
「いえ、構いません」
俺はこの世界に来たばかりだ。
魔法は使えないし、手伝えることはない。せめて邪魔をしないようにしよう。
「コーヤ=アヤガキと申します」
俺は侯爵令嬢アリシアに向かって、一礼した。
「お仕事のお邪魔をする気はありません。俺はこの土地に着いたばかりですから、アリシア=グレイウルフさまのご用がお済みになるまで、休ませていただきたいと思います」
「承知しました。では、案内を」
少女アリシアが手を叩くと、屋敷からメイドがやってくる。
俺を部屋まで案内してくれるみたいだ。
ダルシャさんとはここでお別れになるらしい。
「ここまでありがとうございました。ダルシャさま」
「またお目にかかりましょう。コーヤ=アヤガキさま」
そうして俺は、灰狼侯爵家の屋敷に足を踏み入れたのだった。
──十数分後──
「あらためてごあいさついたします。アリシア=グレイウルフです」
ここは、灰狼侯爵家の応接間。
俺は侯爵令嬢のアリシアと対面していた。
アリシアはドレスに着替えている。
さっきは気づかなかったけれど、彼女の首には『首輪』がある。
俺がつけているのと同じものだ。
「
「ごていねいなあいさつ、ありがとうございます」
俺は一礼して、
「あらためて自己紹介します。異世界人のコーヤ=アヤガキです。国王陛下より、灰狼領に
「存じ上げております。異世界の
おだやかな口調で、侯爵令嬢アリシアは言った。
「異世界の方は
「ひとつ、うかがってもいいですか?」
「はい。どうぞ」
「このお屋敷の庭に兵士の像があったんですけど……あれは、もしかして『
屋敷に案内されたとき、気がついた。
庭には10体の、
灰狼侯爵領の入り口にあったのと、同じものが。
「アヤガキさまのおっしゃる通りです」
侯爵令嬢アリシアは目を伏せて、うなずいた。
俺は首をかしげて、
「やっぱりそうですか。でも、あれが屋敷を守るためのものなら、外を向きますよね? なのにあの『不死兵』は屋敷の方を向いていましたけど……」
「大丈夫ですよ。あの『不死兵』があなたを襲うことはありませんから」
侯爵令嬢アリシアは苦笑いした。
なにかをあきらめたような、表情だった。
「あの『不死兵』は、
「侯爵さまとアリシアさまを逃がさないため?」
「そうです。わたくしたちが王家に
そう言って侯爵令嬢アリシアは、窓に視線を向けた。
この部屋から『不死兵』は見えない。
あんなものが視界に入っていたら、落ち着いて暮らせないからだろう。
自分たちを殺すための『不死兵』なんて、そこにあるだけでストレスなんだから。
「『不死兵』は、わたくしたちが領地から逃げ出すと追ってきます。その後は、領地の境界にいる『不死兵』と共に、わたしたちをはさみうちにするのです。そうやって灰狼侯爵家の者をこの地に封じ込めるのが、あの『不死兵』の役目となっております」
「アリシアさま。失礼かもしれませんが……ひとつ、うかがってもいいですか?」
「どうぞ」
「アリシアさまが、俺と同じような『首輪』を着けているのは……」
「灰狼候の者を、逃がさないためですね」
侯爵令嬢アリシアは、細い首を飾る『首輪』に触れた。
「この『首輪』はわたくしが灰狼領を離れた瞬間に炎を発するようになっています」
「それも、王家の命令によるものですか?」
「……はい」
「王家は、どうしてそこまで?」
「かつての灰狼候が反乱を企てたことへの罰とされています。だから私たちはこの地に封じ込められ、いつか現れる魔王を、命がけで食い止めるように強制されているのです」
侯爵令嬢アリシアはため息をついて、
「アヤガキさまがここにいらしたのは、わたくしたちの都合に巻き込まれたようなものですね。灰狼が普通の侯爵家であったら、もっと、よい
優しい表情だった。
マジックアイテムで、厳重に管理されているとは思えないくらいの。
「今はあなたに住居と、数名の家来をさしあげるのが精一杯です。そこでごゆるりとお過ごしくださいませ」
頭を下げるアリシアを見ながら、俺は、自分の方針を思い出していた。
──ひとつめは、俺にどんなスキルがあるのかを隠すこと。
──できるだけ早く王都から遠ざかること。
──信頼できる人間を見つけて、協力者にすることだ。
一番大切なのは、協力者を見つけることだ。
その人には俺のスキルのことを教えるつもりでいる。
俺がこの世界で、安心できる居場所を作るには、協力者が必要になるからだ。
俺はこの世界のことを、ほとんど知らない。どこになにがあるのかもわからない。
この世界のことを教えてくれて、スキルのことも秘密にしてくれる協力者が必要なんだ。そうじゃないと、いくらスキルがあっても使いこなせない。
序列第5位の灰狼侯爵領のことを聞いたとき、思った。
王都から一番遠くて、人の来ない場所なら、隠れてスキルを使えるかもしれない、って。だから、俺は自分から、この地に送られるように仕向けた。
そして今、侯爵令嬢のアリシア=グレイウルフの前にいる。
問題は彼女が信頼できるかどうかだけど……考えても仕方ないか。
100パーセント信頼できる人間なんか、どこにもいないんだ。
元の世界で信じていた連中も、ちょっとしたトラブルで俺を切り捨てた。
絶対なんか、どこにもない。
どこかで
少しでも信頼できる人なら、それでいい。
侯爵令嬢アリシアは灰狼領の領主代行だ。この地で俺がしたことは、彼女にも伝わる。彼女に俺のスキルを隠すのは不可能だ。
だったら正直に伝えて、味方にした方がいい。
もしも駄目だったら、そのとき考えればいい。
俺には使える兵力が、もうあるから。
「侯爵令嬢アリシア=グレイウルフさまに、申し上げることがあります」
「は、はい。なんでしょうか?」
「実は……俺には『
俺は言った。
侯爵令嬢アリシアが、目を見開いた。
それに構わず、俺は続ける。
「『王位継承権』スキルとは、魔力や血、
「……え」
「取り引きしませんか? この灰狼領で、俺が自由に動くことを許してください。代わりに俺は、あなたの首にはまっている『首輪』を外します」
俺は自分の首にはまっている『首輪』をなでた。
かちゃん、と、音がして、『首輪』が外れる。
俺はそれを、アリシアの前に置いた。
「これが、俺に『王位継承権』スキルがある
『王位継承権』スキルを発動すると、魔力や血、遺伝子などが『王位を継承する権利があるもの』としてあつかわれるようになる。
だから俺は、初代大王のマジックアイテムをコントロールできるんだ。
『能力測定クリスタル』の前で、王女が言ってたからな。
『このクリスタルを操作できるのは王と、
俺はスキル測定のとき『王位継承権』スキルを使って、クリスタルに
自分のスキルを
できるだけ早く、王都を離れるために。
そうして俺は自分の意思で、灰狼領にやって来たんだ。
「疑うなら街道にある『不死兵』を確認してください。そのうち2つが、
俺は説明を続ける。
「灰狼領に入る前に、10体のうち2体を味方にしておきました。王家が設定した命令を書き換えて、俺の指示に従うようになっています。今は、黒熊領の方を向いているはずです」
「『首輪』を……『不死兵』までも
侯爵令嬢アリシアの声は、
「ということは、コーヤさまは王家の血を引いてらっしゃるのですか!?」
「違います。『王位継承権』というスキルがあるだけです」
「で、でも、どうして異世界の方にそんなスキルが?」
「王女殿下が言っていました。召喚された者は、もとの世界で開花しなかった才能が、こっちの世界でスキルとして目覚める、と」
うん。確か、こんなセリフだったと思う。
「俺はもとの世界で、とある人の隠し子だったんです。それでその人の遺産を継承する権利をもらったらしいんですけど……その直後に、こっちの世界に
「高貴な方? 王族ですか?」
「うーん。なんか古い家系で、
正直、それについては思い出したくない。
幼いころに死んだと思っていた父親が実は生きていて、俺と顔を合わせる前に死んだとか。
そいつは結局、母さんの
そいつが死ぬ前に俺を認知していたとか。そのせいで俺に遺産の継承権が生まれたとか。
父親の正妻が俺の職場に乗り込んできて、トラブルを起こしていったとか。
俺自身はなにも変わってないのに、まわりが変わってしまったとか。
そのせいで、ブラック労働に耐えて……やっとなじんだ職場を辞めることになったとか。
そんなことはもう、どうでもいい。大切なのは今だ。
この世界の王家はやばい。
ブラック企業──なんて言葉がかすむくらいにたちが悪い。
異世界から人間を召喚して、マジックアイテムで能力を測って、使えないと思ったら『見えないところに』追放するんだから。
この世界で生きのびるには協力者が必要だ。
俺の立場をわかった上で、力を貸してくれる、そんな人物が。
「俺はこの世界のことをほとんど知りません。できるのは『初代大王アルカインのアイテムをあやつる』ことだけです。この世界で生きていくためには、俺のスキルの秘密を知っていて、それでも協力してくれる人が必要なんです」
「ありがとうございます。コーヤさま」
侯爵令嬢アリシアはうなずいた。
「あなたはわたくしを信じてくださったのですね?」
「アリシアさまは、俺と
「もしかして、あなたは自分が灰狼領に来るように仕向けたのですか? 王都や他の侯爵領にいると、身の危険があるから」
「はい。王位継承権を持つ異世界人なんて、問答無用で殺すべき存在ですから」
王都には魔法使いや神官がいる。
あの場所に長く滞在すればするほど、スキルの存在に気づかれる可能性が上がる。
異世界人の俺に『王位継承権』があることを知ったら、王家や貴族は、間違いなく俺を殺すだろう。
『王位継承権』スキルがあれば、俺は王の子孫に化けることができる。
誰かが俺をかつぎあげて、王位を求めることだってできてしまう。
王家にとって、俺はお家騒動の火種なんだ。
だから俺は、なにがなんでも、王都を離れなきゃいけなかった。
正直、スキル測定のあとで王女が俺と話したいと言ったとき、終わったと思った。
止めてくれた魔法使いのダルサールに感謝してるくらいだ。
「アリシアさまのおっしゃるとおり、俺は追放されるために『測定のクリスタル』に干渉して、適性ジョブを『門番』に
俺は説明を続ける。
「俺は望んで、この灰狼領にやってきたんです。王都から最も遠く、大王のマジックアイテムで封印されているこの土地なら、協力してくれる人が見つかると思ったからです」
「気づいていらっしゃいますか? コーヤさま」
アリシアは目を細めて、笑った。
「あなたが求めていらっしゃるのは協力者ではなく、
「そうかもしれません」
侯爵令嬢アリシアは頭がいい。
俺の言葉をちゃんと理解してくれている。
俺が持ちかけている取り引きのことも。そのリスクも。
「『王位継承権』スキルのことが明るみに出た場合、協力者は、俺と一緒に大王のマジックアイテムを利用していた共犯者になるわけですから」
「あなたは、わたくしの覚悟を試していらっしゃるように思えます」
「そうかもしれません。でも、俺の共犯者になれるのはアリシアさまだけなんです」
ここでアリシアが『王位継承権のことを王家に報告する』と言ったらアウトだ。
俺は逃げるしかない。
屋敷のまわりにいる『
本当は、むちゃくちゃ怖い。
アリシアにスキルのことを話したのが正解だったのか、わからない。
だけど俺にとって、協力者──いや、共犯者は必要だった。
俺と一緒に召喚された人たちを協力者にするのは無理だった。
5人で話をしていた広間は、間違いなく異世界人に見張られていた。
あの場所で『王位継承権』スキルを使うのは危険すぎたんだ。
それに『一般魔法使い』の男性と『文官長』の女性は俺を見下していた。
話をしたって聞いてもらえなかっただろう。
『大戦士』はまわりを
『聖女』はいい人だったけど……あの人だけを味方にするのは難しい。
あの人は『文官長』の女性の親友だ。
『文官長』の女性は抑えが効かない。秘密を守らせるのは無理だろう。
だから、俺は同じ世界の人たちから、離れるしかなかった。
あとで資料を読んだら、異世界人が大事にされるってわかって安心したけど。
そうして、俺はこの灰狼侯爵領にやってきた。
アリシア=グレイウルフと出会って、彼女を協力者にしたいと思ったんだ。
「俺はこの灰狼領で暮らすことになります。たぶん、アリシアさまとはしょっちゅう顔を合わせることになるでしょう」
「は、はい。そうなりますね」
「なのに……『首輪』をつけられている人が近くにいるのに、自分だけ『首輪』を外して自由になるのは落ち着かないですからね」
正確には『外す』じゃなくて『無効化』だけど。
首輪を外して生活してたら怪しまれるからね。
アリシア=グレイウルフはいい人だ。
俺を対等の相手としてあつかってくれてるし、灰狼の事情も詳しく教えてくれた。
それに、傷ついた兵士たちをみずから治療するような人だ。
王宮の貴族たちとはまったく違う。
そんな人が『首輪』に
「それに、いずれアリシアさまは、俺の『首輪』が作動しないことに気づくかもしれません。そしたら、アリシアさまは怒るんじゃないですか? 『異世界人が私をだました』と」
「あら。『王位継承権』を持つ方が、
「しますよ。俺の目的は、安全な居場所を作ることなんですから」
もとの世界にあった俺の居場所はこわれてしまった。
2年間、残業をしまくって、やっと職場になじんだのに。
会ったこともない父親が死んで、その正妻が怒鳴り込んできたせいで、全部、こわれた。
それは……ある意味、仕方のないことだったかもしれない。
『君をこれからどうあつかっていいのか、わからない』
『君がこの職場にいたら、みんなが迷惑するんだ』
『どうか察してくれ。みんなのことも考えてくれ。なにも言わなくてもわかってくれ』
それが、上司や役員の結論だった。
俺は、コツコツと積み上げてきたものが、一瞬でこわれることを知った。
組織の一員になったつもりだったのに、あっさりとはじき出されたんだ。
だから今度は、自分の手で居場所を作る。
『王位継承権』スキルを利用して、
上の人間の目が届かないところで。こっそりと。
「俺はアリシアさまや灰狼侯爵領の人たちのために、この力を使うつもりです」
俺はアリシアをまっすぐに見て、告げた。
「『王位継承権』スキルがある以上、俺は王家とは関われません。王家に味方している他の侯爵にも近づけません。だから俺は、灰狼侯爵家に頼るしかないんです。その侯爵代行であるあなたの機嫌をそこねるのは、俺にとって
「灰狼を対等の相手としてみてくださるのですね」
「そうです」
「うれしいことをおっしゃいます」
「どうされますか。アリシア=グレイウルフさま」
俺は意を決して、たずねた。
「伝えるべきことは伝えました。俺の共犯者になっていただけますか?」
「……アヤガキさま」
「はい」
「あなたは、ずるい方ですね」
「そうでしょうか?」
「あなたが提示している選択肢は『共犯者になるか』『王家に首輪をつけられたまま、言いなりに生きるか』ですよね」
「そうなりますか?」
「そうなりますよ」
「そんなつもりはないんですけど……すみません」
「では、アヤガキさまにお願いします。わたくしの『首輪』を、外してください」
アリシアは、細い首を飾る『首輪』に触れた。
「この『首輪』は生まれてすぐに、黒熊侯爵の人によって着けられたものです。わたくしはこれがずっと……大嫌いでした」
「わかります」
「この『首輪』には『アリシア=グレイウルフが領地を出たら焼き殺す』『アリシア=グレイウルフが王家に武器を向けたら焼き殺す』という命令が組み込まれています。その命令を、あなたのお力で解除してください。それから、ふたたび、わたくしの首につけていただければ」
「承知しました」
俺もアリシアも、首輪を外しっぱなしにするわけにはいかない。
外したあとで、一度命令を解除して、ふたたび身に着ける必要があるんだ。
「では……アヤガキさま。お願いします」
アリシアが席を立ち、俺の前までやってくる。
床に膝をつき、
俺は黒い首輪に触れて、『王位継承権』スキルを発動。
アリシアから、『管理されるべき者の首輪』を外した。
──からん。
銀色の『首輪』が、床に落ちた。
アリシアはそれを拾い上げ、俺に差し出す。
彼女は目を閉じて、恥ずかしそうな顔で──
「そ、それでは、また、わたくしに『首輪』を付けて下さい」
「はい」
「それと……『首輪』には、あまり変な命令を付け加えないで欲しいです」
「変な命令?」
「殿方はそういうものが好きだと……ご先祖さまの
アリシアは、なぜか視線を逸らして、
「灰狼侯爵家の者は、外の世界に出たことがありません。だから、知識を得るためにご先祖さまは、たくさんの書物を買い集めていました。その中に、さまざまな欲求を持つ殿方の物語がありました」
「……欲求」
「女性に首輪をつけて……指示に応じなければ、ピリピリと身体をしびれさせる殿方のお話でした。殿方はそういうものがお好きなのでは……」
「それは特殊な欲求の人だと思いますけど」
「そ、そうなのですか?」
「俺が欲しいのは共犯者です。指示通りに動く人形じゃありません」
「そうですよね」
「『首輪』には、なんの命令も付け加えません。ご自分で外したり、着けたりできるようにしておきますね」
かちん。
俺は侯爵令嬢アリシアに『首輪』をはめた。
ぴくんっ。ふるふる。
侯爵令嬢アリシアの身体が、かすかに震えたようだった。
「……コーヤさまに『首輪』を着けていただくと、なんだか不思議な感じがします。今までこんなことはなかったのですが……なんでしょう。この感覚は……」
彼女は、ほぅ、と息を吐いて、俺を見た。
自分で首輪を外して……つけなおして……また、外した。
そうして、なぜかまた、俺に首輪を差し出す。
なんだか着けて欲しそうだったから、俺は改めて、アリシアに首輪をはめた。
するとアリシアは、満足そうな顔をして、
「ありがとうございました。コーヤさま」
「人前では『首輪』を外さないようにしてくださいね」
「はい。アリシア=グレイウルフは、共犯者のコーヤさまに従います」
共犯関係は成立した。
俺はスキル『王位継承権』を使って、初代大王のマジックアイテムを私物化する。
アリシア=グレイウルフは俺のスキルのことを秘密にしてくれる。
代わりに俺は『首輪』を無効化して、『不死兵』を味方につける。
このことが明るみに出たら、俺とアリシアは
首輪を無力化した時点で、俺たちは共犯者になったんだ。
「アリシアさまにお願いがあります。まずは、灰狼領のことを詳しく教えてください。かつてここには多くの王がいたと聞いています。それが封印されたというのはどういう意味なのか──」
「──申し上げます! 偵察兵が魔物を発見しました!!」
不意に、館の外で声がした。
「
──────────────────────
次回、第4話は、明日の夕方くらいに更新します。
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