第2話「北の果て『灰狼侯爵家』に向かう」
その間、俺は渡された資料を読んでいた。
兵士たちは俺を
理由は『異世界人は、
俺の場合は『北の地に捨てられるまでは』になるらしいけど。
そういう情報についても、借りた資料には書かれていた。
ランドフィアの歴史や、
数百年前までこの大陸には、たくさんの国があったらしい。
数は二十以上。王も同じくらいいたそうだ。
さまざまな国々が争い、
そんなとき、魔王が現れた。
魔王は北にある『魔の山』を
それを倒したのが初代大王、アルカイン=ランドフィアだ。
アルカインは強力な戦士であり、優秀な魔法使いでもあった。
彼はさまざまなマジックアイテムを作成して、軍隊を強化した。
俺の首につけられた『首輪』も、『能力測定クリスタル』も、アルカインが作ったものだ。
他にも、邪悪な敵を封印する杭や、不死身の兵隊──ゴーレムのようなものもあるらしい。
それらマジックアイテムの力を借りて、アルカインは魔王を討ち果たした。
人々はアルカインの
アルカインはそれを受けて、ランドフィア王国の初代大王になったそうだ。
魔王は倒されたとはいえ、その恐怖は、人々の中に残っていた。
それに加えて、初代王アルカインの予言もあった。
『いつか再び、魔王を名乗る者が現れる。人々はそれに備えなければならない。
どれほど強力であっても、魔王はひとりだ。
王と貴族が団結すれば、必ず、討ち果たせるだろう』
──と。
だから魔王への対策として、大王は5人の部下に
序列第1位、
序列第2位、
序列第3位、
序列第4位、
そして、北の果てに領地を持つ、序列最下位の
灰狼が北の地に追いやられたのは大王の死後、反乱を起こしたのが理由だ。
正確には『反乱の疑いあり』ということで、
当時の王は慈悲深かった。
そして灰狼侯爵領を、魔王の拠点だった『魔の山』に近い場所に設定した。
灰狼の一族と領民は、領地から出ることを禁じられた。
断りなく領地を出れば
王宮で儀式があるときは、
灰狼の領地にもっとも近いのが黒熊の領地だからだ。
それで黒熊候は、灰狼候の代官のようなことをしているらしい。
……灰狼は北の地に追いやられ、領地を出ることを禁じられている、か。
だから王宮には、侯爵が4人しかいなかったんだな。
黒熊候の部下が、俺を
俺たちが異世界に
初代大王アルカインは大陸を統一するために、異世界人を召喚していた。
それでアルカインの死後、彼の偉業を忘れないように、100年後ごとに異世界召喚が行われるようになったそうだ。
召喚された異世界人は
俺と一緒に召喚されたひとたちも、それなりに
異世界召喚が今も続いているのは、伝統行事になったから。
王家に伝わる伝統行事だから、やり方を変えるわけにはいかない。だから北の果てに追いやられた灰狼侯爵領にも、異世界人は与えられる。
ただ、使えない異世界人が選ばれてるみたいだけど。
それは彼らを
「間もなく
──そこまで資料を読んだところで、兵士が俺を呼んだ。
しばらくして馬車が
馬車の外で、兵士が俺を手招きしていた。
「この街道の先が貴公が行く場所──二度と出られぬ
兵士は俺を見ながら、笑っていた。
馬車が停まっているのは海と山の間にある、細い道だ。
西側は切り立った岩山。東側には
海からは冷たい風が吹いている。
波が荒い。砕けた水しぶきが、道の上まで飛んでくる。
「
「二度と出られぬ灰狼の地とおっしゃいましたね」
「ああ」
「それって……通り道が、この街道しかないからですか?」
気づくと、俺はそんな言葉を口にしていた。
ふたつの領地を
西は岩山で、東は荒れた海。
街道をふさいでしまえば、灰狼領から出る手段はなくなってしまう。
「つまり、
「『門番』のくせに、よく学んでいるようだ」
兵士の男性は吐き捨てた。
まわりの兵士たちも俺を見て笑っている。
「だが、なにもわかっていないな。どうして黒熊侯爵家の者が、わざわざ兵士を配置しなければいけないのだ?」
「……どういうことですか?」
「灰狼領は、初代大王アルカインさまの
兵士たちが歩き出す。
後をついていくと、街道の横に、兵士たちが立っているのが見えた。
こんな風の強い場所なのに身動きひとつしていない。
……いや、違う。あれは人間じゃない。
遠目には、普通の兵士に見える。
武器は持っていて、
だけど、
まるで、金属で作られた人形のようだ。
「これは初代大王アルカインさまが作られたゴーレムだ」
兵士たちが教えてくれる。
「名を『
「これが……マジックアイテムなんですか?」
「そうだ。与えられた命令に応じて動く、最強のな」
兵士の隊長が笑った。
「灰狼領の者が外に出ようとすれば、この『不死兵』の攻撃を受けることになる。『不死兵』には剣も、魔法も効かぬ。休みなく働く無敵の兵士だ。貴殿が灰狼領から出ようとした瞬間、
「誰かが止めることは……」
「不可能だな。『不死兵』は王の血族と、
「王の血族と、王位継承権を持つ者の?」
「だから貴殿は二度と、灰狼領から二度と出ることはできぬ……おい! なにをする!!」
「はい?」
「『不死兵』に近づくな! 危険だというのがわからぬのか!?」
「灰狼領から出ようとするものを攻撃するんですよね? 黒熊領の側から近づけば大丈夫だと思ったんですけど」
「だからといって触れようとする者があるか!? ええい! 異世界人はものを知らぬな!!」
兵士たちが俺の腕をつかみ、街道へと引きずって行く。
それから彼らは、街道に設置された
「この柵の向こうが灰狼領だ。貴公が行くことはすでに伝えてある。逃げれば『不死兵』が貴公を殺すだろう。振り返らずに進め」
「わかりました。ここまで送ってくださって、ありがとうございました」
俺は兵士たちに頭を下げた。
それを見た隊長と兵士たちは、笑った。
「──本当に無知だな。これが無能な者への
「──見えないところにいろ。さもなければ、死ね」
「──異世界人へのみせしめだ。使えない人間がどうあつかわれるか、身をもって示すがいい」
海からの強風に負けないように、そんなことをさけんでいる。
結局、資料も取り上げられた。
残ったのは服と靴と、少しの食料と水だけだ。
兵士たちは俺に向かって
早く行け、ってことらしい。
まぁいいや。
予定通りにここまで来られた。
これからどうするかは、灰狼侯爵家の人と会って決めよう。
「それでは、失礼します」
俺は兵士たちに背中を向けて歩き出す。
そうして俺は、灰狼侯爵家の領地に足を踏み入れたのだった。
──その後、兵士たちは──
「それでは
兵士たちの隊長は宣言した。
苦々しい表情だった。
主君の命令とはいえ、灰狼領の側は気分が悪い。
ここは捨てられるべき者の住む場所だ。まともな人間が近づくべきではない。
北西に視線を向ければ、黒々とした山が見える。
数百年前に魔王が拠点にしていた、魔の山だ。
その魔の山に一番近い場所にあるのが、
つまり灰狼領は、魔王が復活したときに最初に襲われる場所でもあるのだ。
いつか、魔王は復活する。
そのときに最初に滅ぼされるか──あるいは、死に物狂いで抵抗するか。
灰狼侯爵領は、そういう役目を背負わされている。
今も灰狼侯爵家が存続しているのは、そのためだ。
だから、領地の境目に『不死兵』が配置されているのだ。
魔王が復活したときに灰狼領の者が逃げようとしたら、殺すために。
灰狼領の者は必死で戦って、魔王とその配下を食い止めなければいけない。
王家と、他の侯爵領が魔王への準備を整えるまでの間、時間を稼がなければいけない。
さもなければ、殺す。
それが、ここに『不死兵』が配置されている理由だ。
「しかし……あの異世界人は、ずいぶんと落ち着いていたな」
100年前に灰狼に送られた者の記録を読んだことがある。
その者は、二度と出られない場所に送られると知ったとき、海に身を投げた。
灰狼領に入ったあとのことだ。
その後、王家の許可なく異世界人を死なせた
なのにコーヤ=アヤガキは、不思議なくらい落ち着いていた。
運命を受け入れていたのか、それとも、なにか考えがあるのか──
「いや……捨てられるべき者に、考えなどあるわけがないか」
しかも彼のジョブは『門番』だ。
ジョブとしては最下層に位置している。そんな人間に知恵などあるわけがない。
おそらくは自分の境遇を理解できなかっただけだろう。
なにも考えていないから、落ち着いているように見えただけだ。
隊長はそう考えて、兵士たちに移動の指示を出したのだが──
「……ん?」
隊長は『不死兵』を見て、首をかしげた。
「あの『不死兵』は……少しおかしくないか?」
「どうされましたか。隊長」
「『不死兵』の中に、こっちを向いている者がいるのだ。以前からそうだったか?」
隊長の言葉を聞いて、兵士たちが一斉に灰狼領の方を見る。
ふたつの侯爵領の境目に並ぶ、10体の『不死兵』。
そのうち1体が、
「どうして『不死兵』が我々の方を向いているのだ? 10体とも灰狼領の方を向いていたような気がするのだが? 違ったか?」
「どうでしょうか? よく覚えていません」
兵士のひとりは首をかしげる。
「風の影響かもしれません。こんな風の強い場所に数百年も置いてあったら、多少は向きが変わってもおかしくないのではありませんか?」
「…………そうかもしれぬな」
「…………そうですよ」
「だが、奇妙なのは確かだ。侯爵さまに報告すべきだろうか?」
「それは我々にはなんとも……」
「……むむぅ」
初代大王アルカインが作ったマジックアイテムは絶対だ。
建国から200年もの間、国を守る力として働いている。
その能力を疑うのは、王家を疑うのに等しい。
現に、王宮で『測定用クリスタル』の能力を疑った異世界人が殺されかけている。
黒熊侯は、それを笑いながら話していた。
その黒熊候に『「
「『不死兵』の管理は我々の仕事ではない。役目は果たした。領都へと帰還するぞ」
隊長は結論を出した。
彼の指示に従い、馬車と兵団は黒熊侯爵領の領都へと向かったのだった。
その後──
ぎぎぎ。
彼らが立ち去ったあと、『不死兵』の足元で、音がした。
長年、こびりついた土と砂を払って、『不死兵』が動き出す。
そうして、ゆっくりと向きを変えていく。
やがて2体目の『不死兵』が、黒熊領の方角へと向き直る。
それはまるで、灰狼侯爵領を守るような姿だった。
──数時間後。コーヤ視点──
「俺のスキルは『
数時間後。
「『王位継承権』スキルとは、魔力や血、遺伝子などが『王位を
「……え」
「取り引きしませんか?」
「灰狼領での居場所と、自由な行動を保証してください。代わりに俺は、あなたが着けている『首輪』を外します。悪い話じゃないと思いますが、どうでしょうか?」
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次回、第3話は、明日の夕方6時ころに更新します。
しばらくの間、同じ時間に毎日更新する予定です。
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