Dパート
帝都銀行満冨支店には本部から抜き打ちの監査が入っていた。不正な金の流れを解明しようというのだ。私が支店を訪ねた時、それはもう最終段階に入っていた。
しばらく待っていると本部の役員が出てきた。
「どうでした?」
「いや、だめでした。そんな金の動きはなかった」
「隠ぺいされていたとは考えられませんか?」
「その可能性はある。だが発覚を恐れて改ざんされていたらもうわからない。だから登里に密かに調査させていたのですが・・・」
その役員はため息をついた。
「そうですか・・・」
金の不正な動きがつかめれば犯人がわかるのだが、ここまでに時間がかかりすぎた。その間に犯人は不正をもみ消したようだ。何か出るかと思って、こちらから本部の調査を依頼したのだが無駄だった。期待はしていなかったがその結果を聞いて、私もため息をついた。
すると松本支店長が出てきた。先ほどまでの監査の緊張でピリピリしている。私を見て尋ねてきた。
「おや、刑事さん。今日はどうしました?」
「支店長さん。今日は大変だったようですね」
「ええ。抜き打ちの監査でしたから。では・・・」
松本支店長が行こうとしたが、私はその前に立った。
「すいません。少しお話が・・・」
「忙しいのですから手短にお願いします」
松本支店長はまだピリピリしていた。
「本部の方のお話では金の動きに不正があったとか」
「それは監査でないと証明されました。そんなことはなかったのです」
「亡くなった登里さんが内部調査をしていたのを知っていましたか?」
すると松本支店長は明らかに動揺していた。
「し、知りませんでした。でもそんなことはなかったことですし・・・」
「ええ、そうですね。でも登里さんが集めた資料が消えているんです。パソコンごと。何かご存じありませんか?」
「私が知るもんですか!」
松本支店長は額に汗を浮かべていた。
「そうですか。それはそうと片倉次郎さんのお葬式に見えられていましたね」
「ええ。彼は1カ月前までこの支店で守衛をしてくれていましたから。お亡くなりになられて誠に残念です」
「その片倉さんと登里さんが連絡をとっていたのを知っていましたか?」
「えっ・・・いいえ。知りませんでした」
松本支店長は額の汗を拭いていた。
「不思議なことに片倉さんの家も空き巣に入られ、物色されているのです。何かを探すかのように。もしかしたら重大な証拠を片倉さんに託したと思ったようですね。」
「そうですか・・・」
「でも片倉さんはMOビルにアトリエを持っていたのです。明日にでも令状を取って家探ししてみます。徹底的に」
すると松本支店長の目がきらりと光った。
「いや、言い過ぎてしまいました。大事な捜査上の秘密を・・・。誰にも言わずに内密にしてください。班長に知れれば怒られますから」
「それはご苦労様です。では・・・」
松本支店長はそう言って向こうに行ってしまった。私は彼の後ろ姿をじっと見ていた。
◇
街は夜の闇に包まれた。MOビルも不気味なほど静まり返っていた。だがそこ近づくに人影があった。それはビルの裏口をこじ開け、中に入って行った。そして階段を静かに上がり、あるドアの前に来た。そこは片倉さんのアトリエだった。その人影は古いドアをこじ開けて中に入った。懐中電灯の弱い光が室内を照らす。そこには絵が数点置かれている。壁にかかっていたり、床に置かれていたり・・・。
その人影はその絵をキャンバスごと破壊し始めた。まるで何かを探すかのように・・・。そしてある1枚の絵からUSBメモリを発見した。
「これさえ処分してしまえば・・・」
その人影はそのUSBメモリを懐にしまって戻ろうとした。その時だった。
「住居不法侵入、器物損壊および窃盗の現行犯で逮捕します」
ドアが開いて声が聞こえた。その人影はとっさに懐のナイフを出した。するとドアの向こうから強烈な光を浴びせかけられた。
「うっ!」
その人影はあまりのまぶしさに腕を顔の前にやってガードした。するとドアの外から人が入って来て、手にあるナイフを叩き落としてその人影を拘束した。そして被っている目出し帽を取った。
「やはりあなただったのですね」
それは松本支店長だった。私は彼に手錠をかけた。
「くそ! はめやがったか!」
松本支店長は暴れていた。私は床に転がっているナイフを拾った。
「このナイフは2人を刺した凶器でしょう。もう逃れられません!」
私がそう声を上げると松本支店長はおとなしくなり、そのまま連行されていった。
室内には破壊された絵の残骸が残されていた。そこに倉田班長が部屋に入ってきた。
「ご苦労だった」
「大変でしたよ。これだけの絵を描いて置いておくのが」
「そうか。その割には下手だな。何を描いているのか、さっぱりわからない」
「抽象画ってそんなものでしょう」
私は部屋の写真を撮って、絵の残骸を片付けていった。
松本支店長はその立場を利用して暴力団と組んで金の不正流用をしていた。だが登里が内部調査をしているのを何かのきっかけで知ってしまったのだ。暴力団も絡んでおり、このことがばれると消されると思って、登里の家に空き巣に入って探した。だが発見できず、その次は思い切って寝ている登里を殺害し、物取りの犯行と見せかけ、調査情報の入っているパソコンを盗んだのだ。だがそこからコピーが片倉さんに渡っているのを知った。
登里は空き巣に入られたことから情報が盗まれることを見越して、そのコピーを元警察官で顔見知りの片倉さんに託したのだろう。だがそのために片倉さんも狙われて殺されることになった。それに自宅も荒らされて・・・。
片倉さんは登里が殺害されたことを知って、私にそのことを相談しようとしたのだろう。だが片倉さんがこのMOビルに私を呼び出したことが大きな疑問だった。
だがその謎は解けた。片倉さんの「とり・・・あえず」で。
「よくわかったな」
倉田班長は感心していた。私もこの部屋に入るまでわからなかった。
「『とり・・・あえず』は『とりびあえず』でした。片倉さんはもうしゃべるのが難しくなっていたので『び』が発音できなかったのです」
つまり片倉さんは「トリビア絵図」と私に伝えたかったのだ。私はすぐにその絵画を壁から外して調べた。すると小さなSDカードがうまく隠されて貼ってあった。これを見て松本支店長が容疑者として浮かび上がってきたのだ。
だが金の不正流用はしていても殺人犯とは断定できない。凶器のナイフさえ出ていないのだ。だからこんな形で罠をかけた。それに松本支店長はまんまとひっかかったのだ。
だが片倉さんは気の毒だった。彼がもう少し機械に強くてSDカードの中を見たのなら・・・。その足で署に来て、私に相談してくれたのかもしれない。それなら今頃は・・・そう思うと残念で仕方がなかった。
捜査は終わった。このことを片倉さんに報告しようとお供えの品をもってお墓参りに行った。お墓の掃除をしてお花を供える。そして・・・
「片倉さん。あなたが『とり・・・あえず』と伝えてくれたおかげで事件は解決しました。犯人は私が逮捕しました」
私はその墓前にコップを置いて、持ってきた缶からなみなみに注いだ。
「さあ、どうぞ。とりあえずビールですね」
私はお墓に手を合わせた。その向こうで片倉さんは笑っているような気がしていた。
とりあえず 広之新 @hironosin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます