Cパート

 新たな事実が浮かび上がった。倉田班長が帝都銀行の本部に出向いて調べてきたのだ。


「登里竜一は銀行本部から極秘の調査任務を受けていた」

「それはどんなことなのですか?」

「満冨支店の内部調査だ。どうも怪しい金が動いているらしい」

「その内偵を登里が行っていたのですね」


 やはり登里竜一は極秘調査の重要な情報を持っていたのだ。


「松本支店長はそれを知らないのですね」

「そうだ。あくまでも極秘だからな。その資金は暴力団に流れているらしい。調査は不正な金の流れとそれを行った人物を特定するということだ。ただその人物に知られると隠ぺいされてしまうから、誰にも知られないことが重要だった」


 その調査は支店長を飛び越えて本部から依頼されていた。もしその情報が本部に渡ればその人物は身の破滅だ・・・


「この殺人事件の犯人は登里が調べていた人物ということになりますね」

「多分、そうだろう」


 だがその情報はどこからも見つかっていない。犯人がパソコンを持ち去ったからだ。その情報さえあれば犯人を特定できるのに・・・私は唇をかんだ。捜査の行き詰まりが見えている。突破口を見つけねばならない。

 私は2つの殺人事件が同一犯による犯行だという考えを倉田班長にぶつけてみることにした。


「班長。MOビルの殺人事件のことですが」

「ああ、日比野が第一発見者になった事件だな。なんでも昔の上司とか」

「はい。私に大事な用件があるから直接会って話がしたいと。でも待ち合わせ場所で殺されていました。崎山署で捜査していますが、聞いたところではまだ容疑者は浮かんでいないようです」


 片倉さんの事件では崎山署の捜査課では通り魔の犯行と見ているようだ。それははっきりした殺される動機が見いだせなかったからだ。だがこちらの事件が絡んでいるとしたら・・・。


「被害者の片倉さんは帝都銀行崎山支店の守衛です。しかし1月前までは満冨支店の守衛でした。被害者の登里竜一と面識があるはずです」

「それではその片倉という守衛が情報を持っていたということか」

「十分に考えられます。犯人は登里を殺害し、その情報が入っているパソコンを盗み出した。しかしその情報はコピーされて片倉さんに渡されていることが分かった。それで片倉さんを殺害し、家にも侵入して情報がないかを探した・・・ということが考えられます」


 それなら辻褄があうはずだ。


「だが2人の結びつきを・・・それを調べねばならない。ただ2人とも亡くなっているからな」


 確かに難しいかもしれない。


「片倉さんは何か言っていなかったのか? 電話の時に」

「いえ、特には・・・。最期の言葉も『とりあえず』だけでしたから」

「とりあえず? 死ぬ間際にしては変な言葉だな。とりあえず〇〇して、それから〇〇するということだから。そんな余裕はないはずだ。確かにそう言ったのか?」

「はい。『とり・・・あえず』と私に必死に何かを伝えようとしていました」

「『とり・・・あえず』か・・・」


 倉田班長はじっと事件の詳細が書かれてあるホワイトボードを見ていた。そしてひらめいたようだ。


「日比野! それは『とりあえず』ではない。『登里会えず』、『登里に会えず』だ。片倉さんは登里とそこで接触しようとしていた。だがそれが果たせなかった。でも登里が重要な情報を持っていることを伝えたかったのだろう」

「やはりこの2つの事件はつながっているのですね」

「そう考えて間違いない。しかし登里が調べた情報が出てこない限り、なかなか犯人までたどり着くのは難しい。関係者のアリバイを徹底的に洗うしかない」


 地道に犯人を追い詰める・・・それに異存はなかった。だが私は倉田班長の「とりあえず」の推理に違和感を持っていた。


 ◇


 私は片倉さんがMOビルの前を待ち合わせ場所にしたことが気になっていた。片倉さんは私に密かに大事な話をしたかったかもしれない。会っていることを誰にも知られずに・・・。だが・・・


(それなら別の場所もある。人目につかないからと言って、よりによって外で待ち合わせをするだろうか。少ないとはいえ、通行人には見られてしまう。だとするとこのMOビルに何かあるのか・・・)


 私はMOビルを調べてみた。古い雑居ビルであり、会社の事務所が3つだけ。その事務所を調べてみたが片倉さんとの接点は見つからなかった。あとの部屋は個人に貸し出されていた。その1室を片倉さんが借りていたことが分かった。


(そこに秘密があるのかもしれない)


 私はビルの管理人からカギを借りて、片倉さんの部屋を開けてみた。するとそこはアトリエだった。片倉さんはそこで絵を描いていたのだ。壁には片山さんが描いたと思われる絵がかかっている。しかしあの堅気で無骨な片倉さんが絵を描いていたとは・・・私は少し頬が緩んだ。


 ただしそれは抽象画というものだろうか、私にはよくわからない絵ばかり・・・。壁にかかっている絵には題もつけられていた。


「これは『とりあえずビール!』か。黄色と泡が一面に広がっているだけ。『トリビア絵図』? 細かい豆知識が大小の文字で一面に書かれている。これは絵なの? 『鳥の和え物』か。これならわかる。でもおいしそうにないなあ・・・」


 芸術センスのない私にはよくわからない。でもなぜか楽しめた。


 ここはすでに崎山署の捜査課が調べているはずだ。特に何も出なかったのだろう・・・。


(ここに何かあると思ったけど空振りか・・・)


 倉田班長は片倉さんが残した最期の言葉「とりあえず」が気になっていた。班長は「登里に会えず」と考えたが、私は納得できなかった。登里が亡くなったことはニュースになっていたから片倉さんが知らないはずはない。だからそこで登里と待ち合わせをすることもない。それに待ち合わせをしたのは私なのだ。


「『とり・・・あえず』はいったい何なのか? 片倉さんは私に何を伝えようとしていたのか?」


 私は腕を組んで考えた。あの壁の絵を見ながら・・・


「あっ! そうだったのか!」


 私は思いついた。これで犯人を特定できるはずだ。私は確信した。

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