Bパート
私たち捜査1課第3班はある殺人事件を捜査していた。一昨日の深夜、男性の独身宅に強盗が入り、その男性を殺害して金品を持ち去ったのだ。
犯行時刻は一昨日の午前2時ごろと思われる。近所の人の話では被害者宅から少し大きな音がしていたそうだ。3日前にもその家に空き巣が入ったこともあり、朝になって隣の奥さんが心配になり見に行った。すると玄関の鍵は開き、床におびただしい血痕があった。それを見て驚いた隣の奥さんは警察に通報した。
私たちが現場に駆け付けたところ、胸から血を流した被害者が寝室のベッドにあおむけに倒れていた。寝室はひどく荒らされ、辺りに物が散乱していた。遺体のそばにはお札を抜き取った財布が落ちていた。リビングの窓が一部割れていたから、犯人はそこから侵入したようだ。
被害者は登里竜一、35歳。ナイフで左胸を一突きで殺されていた。彼は帝都銀行満冨支店に勤めていた。近所の評判も良く、特に近所でトラブルがあるわけでもなかった。
「物取りの流しの犯行か・・・」
藤田刑事は現場を見てつぶやいた。だが私はそれに違和感を覚えていた。確かに最近、この付近で強盗事件が起きていた。それはたまたま盗みに入った家に人がおり、格闘となって何も盗らずに逃げた。その犯人は捕まっていないが・・・。
だが今回はまるで違う。現場の様子から犯人はまず寝室で寝ている被害者を殺害、そのあとで室内を荒らして財布からお札を抜き取ったように思える。だが夜中に窃盗に入る者がわざわざ寝ている人を殺しに行くだろうか。たかが数万円のために・・・。それにこの家でもっと金品がありそうなリビングなどには手を付けていない。
倉田班長は机の上に置かれていたパソコンバッグを開いた。だが中には何も入っていなかった。
「これは変だな。おい! 誰か、ノートパソコンを見たか?」
「いいえ。見ていません」
倉田班長の問いに皆は首を横に振って答えた。
「となると犯人は被害者のノートパソコンを持ち出したな」
そうなると犯人は物取りではない。何らかの情報が欲しかったのだ。それはノートパソコンの中にあるかもしれない。
「これは物取りに見せかけた殺人だ!」」
倉田班長はそう断言した。捜査は被害者の周囲を洗うことから始まった。
◇
私は帝都銀行満冨支店の支店長・松本宗介から話を聞いた。彼は大柄でがっしりとした体格をしているが、細い眼鏡をかけた、いかにもエリート銀行員という雰囲気だった。
「登里竜一さんについてお聞きします。どんな方でしたか?」
「登里君は仕事のできる男でした。周りからの評判のよかったと思います。惜しい男を亡くしました」
松本支店長はいかにも残念だという風にため息をついた。
「特別な仕事を任されていませんでしたか? 例えば極秘の重要な仕事とか」
「いや、通常の業務だけでした」
「機密情報を扱うとか。部外へ持ち出したことなどは?」
「銀行のことですので顧客のデータは機密扱いです。でも顧客のデータは持ち出せないようになっています」
被害者のパソコンが盗まれた可能性がある。この情報を狙って・・・とも考えたが、松本支店長の話ではそうでもないようだ。
「何かトラブルを抱えていませんでしたか? 誰かから恨みを買うような」
「いえ、なかったと思います。私が知る限りでは・・・」
怨恨の線も出てこなかった。結局、特に仕事上は殺される動機につながるものは何もなかった。同僚の行員からも話を聞いたが特にこれというものはない。今のところ、被害者が殺される理由は見つかっていない。捜査は早々に行き詰まりを見せていた。
◇
私は捜査の合間を縫って片倉さんの葬儀に参列した。葬儀はしめやかに行われ、参列者は多く、生前の故人の人徳の深さが偲ばれた。私は喪主の片倉さんの奥様にあいさつした。
「この度はお悔やみ申し上げます」
「まあ、日比野さんね」
「ご無沙汰いたしております。奥様にもよくしていただき、感謝しています」
私が片倉さんの部下だったとき、よく家にも招待していただいてごちそうになった。奥様は私に会ってうれしそうだった。
「あなたが来てくれて主人も喜んでいますわ。よく言っていましたもの。『俺の部下が捜査1課の刑事になった』って。まるで娘が出世したようでしたわ。でも立派になられてよかったわ」
「これもご主人のおかげです」
そう話していると、見覚えのある男が奥様に頭を下げて行った。それは松本支店長だった。
「奥様、あの方は?」
「帝都銀行の満冨支店の支店長よ。主人は前は満冨支店にいたのよ。つい1月前まで」
私はそれを聞いて直感した。
(この2つの殺人事件はつながっている)
ただそれがどうつながっているのかはわからない。それを解明しなければならない。
「そういえば嫌なことがあったのよ」
「嫌なことですか?」
「そう。主人の遺体を引き取りに行ったの? そしたら空き巣に入られて。家の中をさんざんかき回されたわ」
「盗まれたものは?」
「特に金目のものがなかったからかしら。何も盗っていかなかったわ。でも怖いわね・・・」
片倉さんの家に忍び込んだ者は殺人事件の犯人と同一人物なのか・・・だとすると犯人は何かを探しているというのか。重大な情報が登里竜一と片倉さんが握っていたことが考えられるが・・・。
「奥様。ご主人は何か大事な資料を預かったということはなかったですか?」
「資料ねえ・・・」
「これは大事なことです。よく思い出してください」
「さあ、守衛の仕事だったから。特にそんなことはないと思うわねえ」
奥様は何も知らされていなかったようだ。
「それにしても日比野さん。今のは本当に刑事みたいだったわ。いえ、本物の刑事だったわね。びっくりしたわ」
「すいません。こんなところで・・・」
「いいのよ。頼もしくなったわ。主人も喜んでいることでしょう・・・」
片倉さんのためにも犯人を挙げねばならない。きっと犯人を捕まえて見せると心の中で誓った。
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