Aパート
この殺人事件の捜査は崎山署が受け持つことになり、捜査員が現場に到着した。もちろん私は第一発見者であり、そこで事情を聞かれることになった。
血痕から、片倉さんはMOビルの前で刺され、路地の奥に運ばれたようだ。凶器のナイフはまだ発見されておらず、犯人の遺留品もなかった。
崎山署の刑事が私に尋ねた。私は警察バッジを出した。
「捜査1課の日比野です」
「ここで被害者と待ち合わせをしていたのですね?」
「はい。今日の昼、片倉さんから電話がかかってきました。午後9時に崎山町のMOビルの前に来てほしいと」
「どんな様子でした?」
「何か、深刻そうな様子でした。電話では話せないから会って直接話したいと」
私は電話の片倉さんの様子を思い出していた。何か重大なことを私に言いたかったのではないか・・・。
「そしてあなたはここに来た。時刻は?」
「抱えている事件の捜査が長引いたのでここに到着したのは9時30分でした。それまでにスマホから電話をかけましたが、片倉さんの携帯につながりませんでした。かけたのは9時から3回ほど」
電話に出なかったということは、その頃には片倉さんは殺されていたのだろう・・・私は思っていた。
「近くで不審な者を見かけませんでしたか?」
「いえ、見かけませんでした」
それらしい者は見なかった。事件を起こしてから30分は経っている。その間に身を隠すことはできる。
「発見したときの被害者の様子はどうでした?」
「もう虫の息でした。でも最期に言ったのです。『日比野か。とりあえず』と」
「とりあえず? その後は?」
「そこまででした」
「そうでしたか・・・」
その刑事は顎をしゃくりながら考えていた。
「被害者はとりあえず何かをしたかったのか? それとも君に何かをしてほしかったのか? 思い当たることはありますか?」
「いえ・・・」
私もずっとそれを考えていたが思い至らない。
「とにかく被害者の最近の行動を調べるしかないな。ご協力ありがとうございました」
刑事はそう言って向こうに行ってしまった。
できれば私の手で片倉さんを殺した
◇
片倉さんは面倒見のいい上司だった。まだ駆け出しだった私を時には厳しく、そして時にはやさしく指導してくださった。彼を慕う部下は数知れないだろう。その片倉さんが誰かに強い恨みを買うことはないように思えた。警察官という職業であるにもかかわらず・・・。
その片倉さんは去年、定年退職となった。それで片倉さんを慕う者が多く集まり、送別会を開いた。その時のことはよく覚えている。
――――――――――――――――
私は捜査で遅くなってその会に遅れて参加した。すると片倉さんが私を見て声をかけてくれた。
「よう! 日比野! よく来てくれた! こっちに来い! とりあえずビールだよな!」
私はコップにビールを注いでもらった。
「さあ、乾杯だ!」
片倉さんは自分のコップを私のコップにチンと当ててビールを飲みほした。私もビールに口をつけてから言った。
「片倉さん。長い間お疲れさまでした」
「いやいや、俺はまだまだ元気だ。第2の人生をがんばるぞ! それよりも日比野。捜査1課らしいな。すごいな。がんばったんだな!」
「いえ、そんな・・・。片倉さんのおかげです」
「そういえばそうか! ははは。お前がしっかりやってくれていて俺も鼻が高いよ。ははは」
―――――――――――――――
片倉さんのうれしそうな笑顔は今でも忘れない。
片倉さんは退職後、帝都銀行に再就職した。そこで守衛の仕事をしていたようだ。そのことはもらった年賀状で知った。退職後、片倉さんと直接会うことはなかったのだ。だがその彼から昨日、急に電話が入り、会うことになった。
(片倉さんは一体何を私に伝えようとしたのか・・・)
私は思いを巡らせてみた。だがいくら考えてもその見当すらつかなかった。
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