とりあえず

広之新

プロローグ

 夜の街はネオンがきらめき、人々はせわしなく歩いていた。今日は週末で人通りも多い。私はその人込みをかき分けて走っていた。今夜は昔、世話になった人と待ち合わせをしていた。だが捜査が長引き、約束の時間にもう20分も遅れている。それに携帯に電話したが通じない。


「片倉さんのことだからきっと携帯をどこかに忘れたか、電源を切ったままにしているんでしょう」


片倉さんは私が交通課にいたころの上司だ。今は退職している。昔気質の人で持っているのもスマホでなく、ガラケーだろう。メールなんて使えないから電話をかけて連絡を取るしかない。


「多分、待っていてくれていると思うけど・・・」


私に大事な話があるということだった。だから直接会って話したいということでMOビルの前で待ち合わせすることになっていた。だがその方向へ向かうほど、人通りは少なくなり辺りは寂しくなる。


「こんな人目につかないところで待ち合わせ?」


私は不思議に思った。だが片倉さんが待っている。私は急いで行かねばならない。


 やがてMOビルの前に着いた。そこは街はずれで、やはり人通りはなかった。それに周囲を見渡しても片倉さんの姿はない。時計を見ると約束の時間からもう30分過ぎていた。


「片倉さん。怒って帰ってしまったのかな・・・」


私はあきらめて帰ろうとした。すると、


「ううう・・・」


と苦しそうな呻き声が聞こえてきた。


「誰かいるの?」


私は声を上げた。だが返事はない。その声はビルの路地の方から聞こえていた。私はその声を頼りに路地に入っていった。するとそこで私は見た。


「片倉さん!」


片倉さんが倒れていた。私はすぐに抱き起した。片倉さんは胸を刺されて大量に出血していた。もう虫の息だった。


「しっかりしてください! 片倉さん!」

「日比野か・・・とり・・・あえず・・・」


片倉さんは私に何か言おうとしていた。


「とりあえず何ですか? 片倉さん!」


だが片倉さんはそこでこと切れてしまった。

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