トリあえず

桃山台学

トリあえず、笑おう

食卓に突っ伏して寝てしまっていたようだった。百貨店のタイムセールになった八宝菜とサトウのご飯をレンチンしてかろうじて食べ、化粧を落としてから、あのどよんとした憂鬱な気持ちが襲い掛かってきた。しかたがない、飲んでごまかすか、ととびらをあけてボトルとウイスキーグラスを取り出したことは覚えている。


目の前に、ウイスキーグラスと、ボトルがある。グレン・モール。ハイランドのシングルモルトウイスキー。まったく、最低だ。カレシと信じていた男が二股をかけていた。しかも、こちらが二番手だった。


ウイスキーと一緒に睡眠薬でも飲んだら、死んでしまえるかな、とうっすらと考える。もう何もかもどうでもいい。


そう思ったときだった。


最初はひよこかと思った。ピョンピョン飛び跳ねている鳥。小さい。卵ぐらいの大きさで、まるっこくて黄色い。くちばしがあって、しゃべった。


―おい、目を覚ませ。


ああ。幻覚を見るようになったんだ。飲み過ぎだ。睡眠薬、まだ飲んでいないのに。


―幻想じゃない。実在する、来てやったんだ。話を聴け。

ーだれれすか?

口がもつれる。

ー相当重症だな、これは。とりあえず、水を飲め。

言われたとおり、チェイサーにしていた湧き水のペットボトルから水を注いで飲む。続けて2杯。


―うーん。まあ、つらいことはわかるが、死んだらいかん。

―そんなことをいはれましへも。


なぜか敬語になる。ちび鳥なのに、こんな小さなやつなのに。


―そうだな、お前な、とりあえず、あれだ、笑え。

―笑うんれすか?

―そう。とりあえず笑う。

―わらへばいいんれすね、とりあへず。

―そうだ。じゃあ、明日からな。水飲んで、今日は寝ちまえ。


ああ、夢を見ているんだ。二度寝しよ。そう思って、トレーニングウエアのまま、ベッドになだれこんだ。


翌日。夢だと思いながら、でも、あのへんてこなトリが言ってくれたことをやってみようと思った。物は試しだ。


―とにかく笑おう。


その方針で、一日を過ごした。無理に、笑った。お、明るくなったね。元気、取り戻したかい、と声をかけられる。から元気なのに。


でも、嫌味を言わなかったことに気づく。まわりのひとの目が、笑うことで変わったような気がする。


あれから、トリは出てこない。幻覚だったかもしれないけれど、感謝している。だから、まあ、あなたもつらいことがあったら、トリの教えをやってみる手はある。


そう、トリあえず、笑おう。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トリあえず 桃山台学 @momoyamadai-manabu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ