母からの電報~ニトリあえず~名探偵・わたしの推理
奇蹟あい
母から届いた謎のメッセージ
お昼の12時05分、スマホのLINEアプリにメッセージが届く。
送信相手は母だ。
【ニトリあえず】
なんだこれ……。
ニトリ? ニトリで会えなかったってこと?
ちなみにわたしは今日、母と会う約束などはしていない。
もちろんニトリに買い物に行く予定もない。
せっかくの休日だ。今日はめいっぱい家でダラダラする予定。昼間からお酒でも飲みながら、撮り貯めたドラマでも見ようかな、と思っていたところだった。
あれ? でももしかしたら母は、わたしと会う約束をしたつもりでいるのかもしれないな。今ニトリで1人、待ちぼうけを食らっていたらまずい……。
とりあえず通話して確認してみよう。
ダメだ、出ない。
これは困ったことになった……。
さすがに母からのメッセージをこのままにしてお酒を飲むわけにはいかない。もしかしたら車を出して迎えに行かないといけないかもしれないし。
しかし、油断は禁物なのだ。
母はとにかく携帯電話で文字を打つのが苦手な人。たぶん普通の人の苦手とは種類が違う。それはそれはもう、苦手具合がぶっ飛んでいる。家族全員が名探偵にならざるを得ないほどのぶっ飛び振りなのだから……。
母の腕前は、ガラケー時代かららくらくフォンに変わった今でも、まったく上達する気配がない。
本人なりに責任は感じていて、とてもよく努力していると思う。その証拠に、携帯ショップの『シルバー向けスマホ教室』に、毎日のように通っている。それなのにもかかわらず、なのだ。
まだわたしが実家にいた時代、母から送られてきたメッセージで印象深いものがいくつかある。
【チチキタクスクカエル】
わたしはそのメッセージを目にし、新卒1年目、初めて任された重要な案件の会議中だったにもかかわらず、上司に「父が危篤で死に目に会えないかもしれない」と、泣きながら訴えてすぐに帰宅したことがあった。
タクシーを急がせて帰ったところ、父は危篤どころかまったくもって元気そのもの。夕方からリビングでウィスキーを片手にくつろいでいて、わたしに笑いかけてきたのだ。「どうしたんだい? 今日はずいぶん早いお帰りだね」と。
母に「どういうことか」と問い詰めると、「父が駅前にオープンしたばかりのケーキ屋でケーキを買ってきてくれたから、家族みんなで食べようと思ったの。だから何時くらいに帰れるのか聞きたくて。今日は残業の予定はあるかしら? それとも定時ですぐ帰れる?」ということを尋ねたかったらしい。
そんなん、わかるかっ!
その後、父が無事だった、という上司に対する謝りの電話を入れた時のことを思い出すと、今でもちょっと死にたくなる……。
次なるエピソード。
【すしちゃんこくる】
これに至っては、何を言っているのか説明を聞いた今でもまったく理解ができていない。
まずどこで区切られているのかすらわからない。
寿司? ちゃんこ?
スシちゃん、告る?
結果、何一つかすりもしていなかった。
母から聞いた正解は「水曜日にひさしぶりに親戚の集まりがあるけれど、集合場所と時間覚えている? ちゃんとこれる?」ということらしい。
そんなん、わかるかっ!
大事な部分を略すんじゃない!
業界人だってそんな略語使わないでしょ!
と、まあ、この2例を見ただけでもわかる通り、母から送られてきたメッセージをそのまま読んではいけない。何かの打ち間違いや略語の可能性が十分にあるわけだ……。
それらの可能性を踏まえて、もう一度メッセージを見てみよう。
【ニトリあえず】
お値段以上のニトリではない可能性。
誰かに会えなかったわけではない可能性。
もしかして、「とりあえず」の後ろに何かが続いている文章かもしれない。
わ、わからない……。
この謎、迷宮入りか……。
と、思ったその時だった。
わたしのスマホの画面が切り替わり、妹からの着信を知らせてきたのだ。
名探偵よろしく、険しい表情でスマホの画面とにらめっこしていたわたしは、すぐに通話開始ボタンを押した。
「どうした?」
「おお、お姉ちゃん、通話出るの早いね」
「いや、ちょっと……謎解きしてたから……」
「謎解き? そんなことよりさ、お母さんと電話がつながらなくて困ってるんだよね」
あー、はいはい。なるほどね。
わたしは妹からのこの一言で、今回迷宮入りかと思われた謎が一瞬にして解けてしまったのだった。
ふっ、わたしはやはり名探偵だったか。
「あのさ、もしかして、お母さんとの待ち合わせ時刻は12時だった?」
「うん、そうだけど? 待ち合わせの時間を過ぎてもぜんぜん来なくて。電車が遅れてるのかなと思って、しばらくずっと駅の改札口で待ってたんだけど……。まったく電話もつながらないし」
はいはい。そういうことですよね。
「待ち合わせた後って、何か買い物の予定だったりするよね?」
「うん、お母さんが、うちの新居のために食器棚を買ってくれるって」
やはり。そういうことですか。
「たぶんだけどさ、お母さんはもうニトリで待ってると思うから、すぐにお店に向かいなよ。お母さんせっかちだからすれ違ったんだと思う」
「え~、ホントに~? まったく勝手に移動しないでよね~。移動するならメッセージくらいくれればいいのに」
「まあまあ、お母さんだってうれしくて気持ちがはやったんだよ。そうかそうかー、しかしまあ、あんなに小さかったミドリもとうとう結婚かあ。うんと良い食器棚買ってもらうんだよ」
「またそんなババくさいこと言ってさ~。2歳しか違わないくせに。バカ言ってないでお姉ちゃんも早く良い人見つけなよね」
「はいはい、そのうちねー。じゃ、またー」
と、妹との通話を終了する。
まあ、これで大丈夫でしょう。
わたしは冷蔵庫からキンキンに冷えたビールの500ml缶を取り出し、テレビの電源を入れる。
さて、休日を楽しむぞ!
おひとり様バンザイ!
【ミドリと駅で待ち合わせをしたけれど会えなかった。先にニトリに向かうからそう伝えてちょうだい】
いや、母! わたしに暗号メッセージ送ってくるなよ! ミドリに直接送れよ!
終わり。
母からの電報~ニトリあえず~名探偵・わたしの推理 奇蹟あい @kobo027
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