トリつくしまもない
如月姫蝶
トリつくしまもない
「とりつくしまもない」なんて言葉がございます。何かしら話を持ち掛けられても、取り合おうともしないってな意味でございますね。
これは、「とりつくしまもない」と言われるようになった由来の物語でございます。
昔々、ある村に、おツルという名の、たいそう器量の良い娘がおりました。若く美しいうえに、村一番の長者の娘だったのです。長者夫婦は、一人娘のおツルを溺愛するあまり、婿選びに、あれやこれやと条件をつける。おかげで、おツルは、未だ独り身なのでありました。
そんなおツルが、突然、村人たちに姿を見せなくなり、そのまま一月ばかり経ちました。
村人たちが心配して、長者夫婦に事情を尋ねたところ、実はおツルは、病を得て床に伏しているという。病がうつるといけないから、見舞いにも来ないでほしいと長者たちに頭を下げられては、村人たちも引き下がるよりほかになかったのでございます。
それからしばらく経ちまして、ある朝ついに、長者の屋敷からおツルが姿を現しましたのを、村の若者であるゴンベエが見逃さなかったのであります。
「ああ、おツルよ。ようやく病が癒えたか、良かった良かった。トリあえずオラと結婚してくれ!」
ゴンベエは、おツルに駆け寄って、野の花を束ねたものを差し出しつつ、一気に捲し立てたのであります。
「とりあえず?」
おツルは、ジトリとした目で見返し、聞き返したのであります。
「そうとも。オラは『鳥』には『逢えず』じまいだったから、おめえと結婚してやってもいいぞ!」
ゴンベエは、「うまいこと言ったろ?」とばかりに、人差し指で鼻の下を擦りました。
しかし、おツルは、何も応えず、花束を受け取ることもしません。
「そうか、おめえは、寝込んでいたから、知らねえんだな?——隣村に『鶴女房』が出たって話を!」
ゴンベエは、おツルに語り聞かせました。
隣村の若い男が、猟師の罠に掛かっていた、一羽の鶴を助けてやりました。すると、その夜、若く美しい娘が男の家を訪ねて来て、そのまま押し掛け女房となったのです。
新妻は、機織りが得意で、見たこともないような美しい布を織り上げました。けれど、機織り部屋の中は「決して見てはなりませぬ」という。
けれど、妻が働き詰めであることを気にした男が、ついに機織り部屋を覗くと、そこにあったのは、自分の羽を毟って布に織り込む鶴の姿ではありませんか!
「助けてもらった鶴」という正体を知られた女は、男の元から飛び去ってしまいましたとさ——
「ふうん、私の知る話とは、少しばかり違うのね」
「なんだって?」
「なんでもないわよ!」
おツルは、唇を咬みました。
今から一月余り前、一羽の鶴が、長者の屋敷から羽ばたきました。ほんの散歩のつもりでした。
ところがうっかり、猟師の罠に掛かってしまったのです。
それは、鶴にとって、二度目のしくじりでした。
一度目の時は、親切な老夫婦が通り掛かり、助けてくれました。
鶴は、恩義を感じて、人の姿となり、子がいなかったその老夫婦の娘として、彼らに富をもたらし続けたのです。
二度目のしくじりを救ってくれたのは、若い男で、鶴は、恋を知りました。
鶴は、押し掛け女房になろうとしました。
けれど、男と抱き合った途端に、彼は、ひどく咳き込んだではありませんか!
ああ、なんということでしょう!
この世には時折、鳥を全く受けつけぬ体質の者がおりますが、男はまさにそれだったのです!
鶴は、ならばせめて、得意の機織りによって報いようとしましたが、男の両親が機織り部屋へと踏み込み、鶴をふん捕まえて高く売り捌こうとしたのです!
男ももはや、それを止めようとはしませんでした。
鶴は、命からがら逃げ出して、長者の屋敷へと舞い戻りました。
長者夫婦は、鶴のことを待っていてくれました。
初恋に目が眩んでしまい、一言も告げずに男の元へと向かった彼女のことを、娘は病に伏せっていると偽りつつ、待ち続けてくれていたのです。
鶴は、これまで、老夫婦が、彼女の機織りによって富を得ていることを決して口外せず、娘として大切にしてくれたことに、改めて感謝しましたとさ……
「なんにせよ、隣村から飛び去ったということは、鶴女房は、まだこの辺にいてやがるかもしれねえだろ? オラだって、鶴女房に養ってもらいてえ。だから、猟師のオッサンから、ありったけの罠を借りて、ばら撒いてみたんだが、ダメだった!」
ゴンベエは、ケラケラと笑ったのです。
「ちょっとあんた、鶴を娶りたいからって、罠に掛けるところから始めようとしたの!?」
「んだんだ。オラ以外にも何人かが挑戦したが、猟師のオッサンに、罠の賃料をふっかけられちまってよ、みんな揃ってスッカラカンだぜ。だから、こうなりゃもう、おツルでいいやって……て、どこ行くんだよ、おツル!」
彼女はただ、踵を返して、スタスタと屋敷に戻っただけでございます。
はてさて、猟師が利に聡いのか、若者たちが浅慮なのか……
そもそも、ゴンベエは、人柄に難があるからと、長者夫婦が、早々におツルの婿候補から外した人物にございました。
長者夫婦が、娘は病に伏せっているのだと、その不在を誤魔化していた間、彼女は実際、恋の病に冒されておりました。しかし、それもすっかり癒えました。
「鳥」は男に「尽くし」ましたが、「間も無い」うちに熱は冷めたのです。
おツルは、その後も、老夫婦のためだけに機織りを続けました。
数年が経ち、老夫婦が天寿を全うした時、一羽の鶴が、高らかに鳴きながら空へと飛び立ちました。
村人たちは真実を悟りましたが、まさにトリつくしまもないままトリ逃がしてしまいましたとさ。おしまい。
トリつくしまもない 如月姫蝶 @k-kiss
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます