第19話 賢者モード入ってんじゃねぇよ!

「んンンンん――――ッッ!!」


 揺れる荷馬車の中で、猿轡をくわえさせられた俺は、必死にもがいて叫んでいた。


 ――誰か、誰か気づいてくれッ!


 遠ざかる街を眺めながら、なぜこんなことになっているのかを考えていた。


 風呂上がりに、身長を伸ばすために踵を床に20回ほどぶつけた後、22時にはベッドに入った。


 すぐに眠りについた俺だったが、ふいに人の気配を感じて目を覚ますと、見知らぬ女が俺の顔を覗き込んでいた。


「――――――ッ!?」


 俺が驚いて叫びそうになると、女は乱暴に俺に猿轡を噛ませた。そして、女は俊敏な動きで窓から外に飛び降りて、俺を肩に担いで走り出した。


 貴族街では常に衛兵が巡回しているが、その女は巡回ルートを把握しているのか、一度も衛兵と出くわさずに貴族街を抜けてしまった。


 ――そんな馬鹿なッ!?


 しかし、貴族街を抜けたとしても、俺を担いだ状態で関所を通過することは不可能だ。21時以降には関所が完全に閉じられ、そのときに街門も閉鎖される。夜中に関所を通るためには、特別通行許可証の提示が求められるはずだ。


 ――え……なんでッ!?

 わずかに街門が開いている。

 こんなことはあり得ない。あってはならない。


「ンンン――――ッ!!」


 誰かッ、誰かいないのかよ!


「ククッ、当てが外れちまったかい?」


 そばかす顔の女か愉快そうに微笑んだ。


「大っぴらにデカい金玉を自慢するとね、あちしらみたいな悪い大人を引き寄せちまうのさ。だから金玉ってのはパンツの中に隠しておくのが賢明なのさ」


 言われんでも隠しとるわッ!

 金玉を放り出して生活する狂人なんているわけないだろ。


「ンンンんん――――ッ!」


 くそっ、なんで誰もいないんだよ。

 女は俺を肩に担ぎ、難なく街の門を通過してしまった。


 街の外をしばらく移動すると、岩陰に停まった怪しい荷馬車から仲間らしい女が現れた。


「これが例の金玉っすか? ずいぶん可愛らしい顔をしている金玉っすね」

「つまみ食いするんじゃないよ。一応この金玉は商品なんだから」

「っんなことより姐御、あの太っちょ君はどうするんすか? 捨てるんすか?」

「あれも一応そこそこの金玉さ。一緒に連れて行くよ」


 荷馬車の中には、膝を抱えて座る小太りの少年がいた。その少年は、まるで俺がふくよかに太ったような外見をしていた。恐らくは、誘拐されたと騒がれていた男爵家の息子だろう。


 女たちの会話から推測するに、俺と勘違いされた可能性が高い。


 そのとき、少年と目が合った。


 ――あっ!


 俺は少年の顔に見覚えがあった。

 主人公のアレン・マイヤーと同じ金髪碧眼に、極度の肥満体型、さらに印象的な泣きぼくろ。間違いない。こいつハメ撮りジミーだ!


【終ノ空】には、物語の序盤でアレンに絡んでくる噛ませ犬的な立ち位置のキャラがいる。その一人が、ジミー・ヘンドリクスである。

 彼も魔力を秘めた金玉を持っており、そのレベル上限は意外と高く『25』もある。


 ジミーはそのことを口実に、学園の女の子たちに次々と限界突破の話を持ちかけ、性行為の様子を映像記録魔具で撮っていた。


 後に、その映像が学園中に出回り、大騒動に発展する。さらに、ジミーと性行為に及んだ女子は誰も限界突破に成功していなかったのだ。それもそのはず、その時のジミーのレベルがたったの5だったのだから。


 そのことが公になった彼は学園を去り、ヘンドリクス家は爵位を剥奪され、最終的には国外追放を言い渡された。ジミーがハメ撮りした令嬢の中には、ヘンドリクス家よりも上位の階級にあたる子爵家も含まれていたのだ。


 ジミー・ヘンドリクスは誰もがうんざりする存在だったが、レベルを確認せずに行動に出る女の子も問題だと思う。アウラ・ヘーゲルナッツやミランダ・ダーウィンなら、まず相手のレベルを鑑定具で確かめてから行動するだろう。



 ――ああ、くそっ。


 荷馬車は蛇夜の森に入ってしまった。


「君、ひょっとして真の聖石ベチルの持ち主かい?」

「んん?」

「あ、喋れないんだったね。……外そうか?」


 俺は頼むとうなずいた。

 ちなみに、ジミーがいう聖石ベチルとは俺の金玉のことだ。【終ノ空】では、男キャラだけが、なぜか金玉をそのように呼ぶことがあった。


 これについては諸説あり、某ネット掲示板の考察厨たちの間では、ユダヤの聖石〝Baetyl〟のことではないかと言われていた。


 ベチルには運命を司るという伝承があり、一部では人々の運命や運気を変える力を持つとされる。そのため、女性陣のレベル上限を引き上げるなど、作中では運命を変える金玉として描かれているのではないかとされていた。


 閑話休題。


「僕はジミー・ヘンドリクス。男爵家の人間だ。君の噂はいろいろと聞いているよ。真の聖石ベチルの持ち主であり、あの天才女聖騎士マキュレイ・ドミアの一番弟子。さらに、あの蝸牛姫の部屋に唯一入れる人物で、歴代最弱のグラセラ・ヘーゲルナッツの未来のお婿さんでもある」

「俺ってそんなに有名人なの?」

「君のことを知らない人間なんて、たぶんこの国にはいないだろうね」

「……」


 マジか……。

 まだゲーム本編すら始まっていないというのに、何かいろいろと凄いことになっているな。


「実は僕も、君に憧れていたりするんだ。一応僕も偽物レプリカとはいえ、聖石ベチル持ちだからね。ほら、髪だって君と同じように金髪にしたし、碧眼になるようカラコンだって付けているんだ。おかげで君に瓜二つだろ?」

「それ染めてたのか!? つーかカラコンだったの!?」


 衝撃の事実だ。

 藤虎に話を合わせるために設定資料集を読んでいたけど、男キャラに関する情報はほとんど記載されていなかった。(エロゲなので、その処置は当然なのだが……)


 ジミー・ヘンドリクスがアレン・マイヤーに憧れていたというのは驚きだ。

 しかし、そうなると、彼がいつアレンに敵意を抱くようになったのか気になる。愛が憎しみに変わるように、彼の中で憧れが憎しみに変わる出来事があったのだろうか。


「街からずいぶん離れちゃったね。僕たちどうなっちゃうんだろ? やっぱり他国に売り飛ばされて、綺麗なお姉さんたちの性奴隷にされちゃうのかな? ぐふふ」


 なんで嬉しそうなんだよ。


「ああ、やめてよ、打たないでッ! あっ、ああんっ! ぼ、ぼくの金玉にお姉様のヒールが、ブヒッ!?」


 どんな妄想してんだよ。

 暑苦しいから荷馬車の中でハァハァしないでもらいたい。つーか床に股間を擦りつけるなよ。その歳で床オナはレベル高すぎるだろ。誰がこんな子豚ちゃんのマスターベーションなんて見たいんだよ。

 こりゃ地獄だな。


「あ……あぁ……うぅっ!」


 逝ってんじゃねぇよ! ピクピクしてんじゃねぇーよ! 気色悪いんだよ!


「ふぅー……よいしょっ」


 ジミーは何事もなかったかのように、俺の隣に座ってきた。

 若干、いや、かなりイカ臭い。


「二人で協力して連中から逃げ出さないと、国外に連れ出されたらアウトだよ」



 賢者モード入ってんじゃねぇよ!

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