第18話 金玉強盗
薔薇の庭園の蕾がすっかり開花した頃、俺は週に一度の習い事に通うように、アウラの汚部屋にやって来ていた。
「誕生祭……? 誰の?」
「あんた、私の話聞いてたの!」
「……」
恋愛ファンタジー小説【月影の騎士】に夢中で、アウラの話は全然聞いていなかった。
ドンッ!
「いたっ!?」
床を蹴りつけたアウラにエロ本を投げつけられてしまった。
「あんたちょっと金玉がデカいからって、下級貴族の分際で調子に乗ってんじゃないわよ! そんなだからあの腹黒女に目をつけられるのよ! わかってるわけッ!」
腹黒姫は怖いから嫌だけど、ゴリラ姫は単純にうっとうしい。普通、同盟を組んだ相手に対して下級貴族の分際とか言わないだろ。選民意識の高さとエロ本好きは一生治りそうにないな。
「アア――ッ! エルミアちゃんの顔に折り目ついちゃったじゃない! どうしてくれるのよッ!」
「お前が投げるからだろ」
「あんたが投げさせたんじゃないッ!」
「どういう理屈だよ!」
「同じのは二冊ないんだから」
アウラは四つん這いになってエロ本を投げたことを後悔している。ここまでガーンという描き文字が似合う奴もなかなかいないと思う。
「で、誕生祭ってなに?」
「もう、どうでもいい……死にたい」
「エロ本に折り目付いたくらいで何言ってんだよ! つーかこれまでこの汚部屋で折り目一つ付いていなかったのが奇跡だわ!」
「大事に扱っていたんだから当然よ」
腰に手を当てて偉そうに言うことかよ。
「なら投げるなよ。つーか掃除しろ」
「嫌よ。なんで第一王女のこの私がそんなめんどうなことしなきゃいけないのよ」
「侍女にやらせればいいだろ」
「この部屋は立ち入り禁止なの。つーか、入れてあげてるんだから文句言うんじゃないわよ!」
少しは週イチで汚部屋に来なければならない俺のことも考えてほしいものだ。ゴキブリがいないか不安で、落ち着いて恋愛小説も読めやしない。
「いい加減、誕生祭とやらについて教えろよ」
「教えてあげるわよ! でもね、あんた最近私の扱い雑じゃない? 私、第一王女なのよ!」
「そりゃ悪かったな――――アアッ!!」
俺が適当に相槌を打つように謝罪の言葉を述べると、アウラが小説に挟んでいた栞を投げ捨ててしまった。
「なにすんだよッ!」
「不敬罪が栞を捨てられるだけで済んだんだから、私の寛大さに感謝しなさい。本来ならあんた、すでに100回は絞首台か断頭台に上っているんだから」
「そりゃありがとうございましたッ!」
アウラに捨てられた栞を拾い上げ、それを【月影の騎士】第8巻134ページに戻しているところをアウラが見て、悔しそうに床を蹴っている。
神からゴリラ並みの知能しか与えられなかったお前とは違い、俺は記憶力がいいのだ。
「来週、私の誕生祭があるから、あんたも出席しなさいよ」
「お前、来週誕生日だったのか?」
「違うわよ。今月が誕生日だから、来週まとめて行われるのよ」
あー、そっか。
アウラとグラセラの誕生日は数日違いだったんだっけ。
ん……待てよ。
ということは……。
「腹黒姫も出席するのかっ!?」
「残念だけど、出席するわ。本当に残念だけど」
あれ以来、俺はグラセラには会っていない。あの第一王女に返り咲きたいマンが、もう一月も大人しくしている。それが逆に不気味で恐ろしかった。嵐が起こる前には、空は一度静寂に包まれるという言い伝えを聞いたことがある。
「それと、しばらくの間、外出する際は護衛を付けなさい」
「護衛……?」
まさか、腹黒姫が俺を誘拐しようとしているのか? また蛇夜の森に連れて行くとか言い出すんじゃないだろうな。
「そうじゃなくて、あんた師匠のマキュレイから何も聞いてないの?」
「なにを?」
呆れたと嘆息するアウラ。
「近頃、金玉強盗が流行っているらしいのよ」
「金玉強盗!?」
何だよその前代未聞なくらいにヤバそうな事件は!?
「魔力持ちの男が次々誘拐されているらしいのよ」
ああ、なんだ魔力ね。
アウラは、男を物か何かと勘違いしてるんじゃないだろうな。
要は、魔力持ちの男が狙われているってことらしい。
「犯人は特定できているのか?」
「私がそんなの知るわけないじゃない。気になるならマキュレイに聞けば? この件に対応してるのは彼女が所属する黄昏の騎士団だったはずよ」
最近、マキュレイとの修行が度々休みになるのはそういうことだったのか。
日が暮れる前に王城を出た俺は、キャッスルステアケイスをぐるっと周って北の貴族街に向かって歩いていたところを、衛兵に呼び止められた。
「通れないの?」
「この辺りで男爵家のお坊っちゃんが人攫いに遭っちまったみたいで、誰も通すなとのことなんです。お貴族様には申し訳ねぇが、迂回して別ルートから行ってもらえますか?」
アウラの言っていた金玉狙いの誘拐事件か。
そういうことなら仕方ない。
「馬鹿なんですかっ! あんな太っちょじゃありませんよ!」
「いや、だって金髪碧眼の男爵家のガキだって」
「準男爵ですよ!」
ん……?
薄暗い路地裏から女性の言い争う声が聞こえてきて、俺はそちらに顔を向けた。
「シルビー……?」
「ア、アレン様!?」
路地裏には、お仕着せを身にまとったウチのメイドが一人立っていた。
「あれ、今誰かと話してなかった?」
「え、何のことですか? あっ、ひょっとして野良猫との会話聞かれちゃいました?」
まいったな~とシルビーは恥ずかしそうに頭を掻いていた。
猫……? あきらかに人と話していたような気がしたのだが……ま、いっか。
「もうすぐ夕食の時間です。アレン様、一緒に帰りましょう」
「……うん。そうだね」
夕暮れに染まる街を、俺はシルビーと肩を並べて歩いた。
帰宅後、彼女が作ってくれたシチューをお腹いっぱい食べ、お風呂に入り、22時頃にはベッドで就寝する。
そしてその夜、俺は誘拐された。
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