第14話 脱ぎ捨てられたドレス
「いいかしら?」
「え、あ……はい」
突然のイデアの登場に驚き、俺は身動きが取れなくなってしまった。
幼少時、グラセラが他国の奴隷商人から買った少女がイデアである。彼女はとある部族の生き残りであり、ゲーム内では圧倒的な戦闘力を誇っていた。イデアはメイドとしても暗殺者としても一流で、アレン・マイヤーを殺す暗殺者の一人が彼女であったことを鮮明に記憶している。
イデアを仲間にするためには、グラセラと協力するルートを選択するしかない。もしグラセラとの敵対ルートを選んだ場合は、彼女を仲間にすることはできない。
こんな場所で早々とイデアが登場してくるとは思ってもいなかった。ゲームでは中盤以降になってやっと姿を見せるキャラクターなのだ。
「こちらは拙者オリジナルのクッキーでござる。隠し味にオルパスの葉を少し入れているので、薫りもとてもよいでござるよ」
「オルパスの葉?」
初めて聞く植物の名前だったので、気になって尋ねてみた。
「あの葉でござるよ」
「え……」
イデアはこの部屋にある黒と黄色の毳々しい隠花植物を指さしていた。
いやいやいや、毒の植物じゃねぇかよッ! クッキーに何入れてんだよ! 毒殺する気かよッ!
「あらあら、オルパスは根には猛毒がありますが、葉には毒はありませんわ。葉はハーブとして利用できるのですよ」
そう言うと、グラセラはクッキーに毒が入っていないことを証明するために、自ら食べてみせた。
「うふふ、相変わらずイデアのクッキーはとても美味しいですわね。貴方も召し上がってみてはいかがですか?」
ここで結構だとはっきり言えるほど、俺のメンタルは強くない。
「うまい!」
「うふふ。イデアの作るお菓子はどれも絶品ですのよ」
「それほどでもござらんよ」
イデアはすごく嬉しそうに揺れている。
この小動物のように愛らしい彼女が、俺を殺す暗殺者へと変貌するんだもんな。
今は俺に対して友好的だが、それはあくまで俺がグラセラの客人だからである。油断は禁物。いつ背中の刀で斬りつけられるかわかったものではない。
「それで、今日はまたどうして俺を殿下のお茶会にご招待してくれたのですか?」
「あらあら、そんなに堅苦しくしなくても良いのですよ。わたくしと貴方の仲ではありませんか」
どんな仲だよ! つーか会ったばかりだろ。
「気軽にグラセラとお呼びください」
彼女は今は花のように微笑むが、その美しい外見に惑わされてはいけない。彼女は魔女のような狡猾さを持つ悪女なのだから。
「俺のような下級貴族が、殿下をそんなふうに呼ぶのは、不敬罪に問われかねません」
「アウラ」
「へ?」
「あらあら、あの蝸牛のことは親しげにアウラと呼んでいるのでしょ?」
「……」
グラセラは全く表情を変えず、石像のように微笑んでいた。そんな彼女とは対照的に、俺の額からは汗が一筋流れ落ちた。
「あ、あんな奴に敬意など払う必要などありません! しかし、殿下は違います! 聡明でいらっしゃる。そして何より美しい! 男なら、あっ! お、俺としたことが殿下になんという失礼をっ!」
「うふふ。アレンは本当に素直な男の子ですわね」
よし、今のはグラミー賞助演男優賞を狙えるほどの素晴らしい演技だった。自分で評価しても満点だと思う。
「わたくし、貴方のような方は嫌いではありませんわ」
「え……?」
グラセラが突然席を立ち、こちらを見つめながらゆっくりと近づいてきた。
あ、あれ……なぜに近づいてくるんだ?
「人々がなぜ、わたくしを第二王女と呼ぶのか、ご存知ですか?」
「え……いや」
「蝸牛には何一つ取り柄がないのに、なぜ第一王女と呼ばれているのか、貴方はご存知かしら?」
こ、怖い。
グラセラは常に微笑みを浮かべているが、彼女の全身からはドス黒いオーラのようなものが漂っている。
「とても恥ずかしいことなのですが、貴方には打ち明けますわ」
「いえっ! わざわざ無理に秘密を打ち明けられなくても良いのです!」
聞きたくない。
関わり合いたくない。
心の中で「もう俺には関わらないでくれ」と叫んでいるが、当然ながら彼女には届かない。
「大きな金玉をお持ちの貴方にだから、わたくしは自分の口でお伝えしたいのです」
こんな時に金玉とかいうとんでもないパワーワードをぶっ込んでくるなよ!
「ご存知かもしれませんが、わたくし……武の才能がこれっぽっちもございませんの」
っんなこと、わざわざ言われなくても知ってるよ。
生まれつきすべてを持ち合わせた天才であり、才色兼備のグラセラ・ヘーゲルナッツ。そんな彼女の唯一にして最大の欠点は、レベル上限が『10』という、まさかのクソ雑魚仕様。そのあまりのギャップに、一部のオタクからは熱狂的信者が生まれたほど。
「上限レベルは僅か『10』。王族でなければ、聖騎士学校に入学することすら許されません」
「レベル上限『10』は平均だったと思いますよ?」
平静を装いながら全力でフォローしているが、実は全身汗でびっしょりだった。
明日には風邪を引いているかもしれない。
「それはわたくしが平民だと仰りたいのかしら?」
「と、とんでもないっ!?」
「……」
しまった!
今のは完全に失言だった。
腹黒姫の表情が急に無表情のような真顔に変わった。
控えめに言って、すっっっっげぇ怖い。
「……まあ、いいですわ」
「ふぅー」
一瞬安心したけれど、その安心もすぐに打ち砕かれた。
――ドサッ!
「へ?」
突然、グラセラがドレスを脱ぎ始めたのだ。
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