第11話 エロ本好きのお姫様

「……どうするのよ」


 俺たちは謁見の間を出て、城内を静かに進みながらアウラの部屋に向かっていた。俺は何かいい案がないか考えていたが、アウラはやはり自分の作戦でいくしかないと言う。


 アウラの作戦とは、表面上ラブラブ作戦のことである。

 しかし、その作戦は俺が困る。

 もし俺とアウラが親密だという噂が広まれば、グラセラが行動を起こすことは確実だ。それだけは何としても阻止せねばならない。


「とりあえず、部屋で次の作戦を練るわよ」

「え、入っていいのか?」

「もう知られちゃってるわけだしね。それに、あんたがゲイだってわかったからなのか、不思議と嫌悪感がないのよ」


 今の俺となら友誼を結ぶことも嫌じゃないと言う。

  彼女にとって、俺は初めて出会った同性愛者で、唯一の理解者なんだ。


「ここが私の部屋よ」

「きったな!?」


 アウラの部屋はお姫様の部屋とは思えないほど散らかっていて、足の踏み場もない状態だった。


「侍女に掃除くらいしてもらえよ!」

「ダメよ。この部屋は私以外立ち入り禁止なんだから。じゃないと………これを見られてしまうじゃない」


 アウラがクローゼットの扉を開けると、たくさんのエロ本が雪崩のように転がり落ちてくる。こんなにたくさんのエロ本をどうやってクローゼットにしまったのか、そちらの方が気になってしまう。


「ものすごい量だな」

「5歳の頃から集めた自慢のコレクションよ!」


 褒めていないのだが、アウラはわずかに膨らんだ胸を突き出し、哄笑している。


「にしても、どうやって集めたんだよ。城から自由に外出できるのか?」

「それは可能だけど、従者が付いてくるから鬱陶しいわ。お宝本は、贔屓にしている商人がこっそり持ってきてくれるのよ」

「そのせいで周囲にバレてるんじゃないのか?」

「画家を目指してるってことにしてあるからバレないわよ」

「バレバレだ!」


 どこの世界に画家を志す人が何千冊ものエロ本を資料として購入するんだよ。本来なら専門の資料があるはずだし、男性の裸体も必要になるはずだ。そんなことばかりしているから、侍女たちの間でレズビアン疑惑が囁かれるのだ。


「きっと女王陛下の耳にだって入っているぞ。じゃないと、男の俺をいきなりお前に会わせようとはしないだろ。それにさっきの女王陛下のあれ、お前だって聞いただろ?」


『たぬきち、母であり、女王たる妾が許す。いつでも好きな時にアウラを犯すがよい!』


 たとえ将来的に性行為を行う必要があっても、まだレベルが低い俺と、まだレベルが上限に達していない彼女との性行為には意味がない。それにも関わらず、女王陛下は娘のアウラと俺の性行為を許している。


 女王陛下は、アウラのレズビアン疑惑を払拭したいと考えているのだ。

 三姉妹の中で最も武の才に長けたアウラがレズビアンだという噂が広まれば、さまざまな問題が生じてしまう。グラセラ側も黙ってはいないだろう。妹に奪われた第一王女の座を取り戻すため、必ず行動を起こしてくる。


「とりあえず、しばらくは仲が悪い二人を演じるしかないだろ」

「それだと、また私がお母様に叱られるじゃない」


 アウラの苦々しい表情から察するに、彼女はあの母親のことが相当怖いのだろう。


「いきなり親密アピールなんてすれば、それこそもうやったのかと尋ねられてしまうだろ?」

「やったって言ってやるわよ!」

「処女検査されたらどうするつもりだよ!」

「検査!?」


 さすがにそこまでは考えていなかったようで、アウラは蒼ざめた顔でしょんぼりしてしまった。実際、俺も女王陛下はそこまでの行動には及ばないと考えているが、この機会に少し怖がらせておくのも有りだと思った。


「人前では仲の悪いフリを徹底しましょう!」

「だな」


 嬉しさのあまり、小さくガッツポーズをした。これでしばらくはグラセラに狙われることがないだろう。




 それから彼女は、俺がいるのもお構いなしにベッドでエロ本を読みふけっていた。


「あ〜もうっ、エルミアちゃんはなんでこんなにえちえちな身体をしているのよ! あなた以上のポルノスターなんてこの世界のどこにも存在しないんだからっ!」

「……」

「きゃぁー、そんなことしてはダメよ!」


 アウラは興奮した表情でエロ本を高々と掲げながら、足をバタバタさせている。

 俺は窮屈な空間から少しでも逃れて、新鮮な空気を吸おうとバルコニーに出た。


「寒っ!? ちょっと、開けたら閉めなさいよ! 風引くじゃない! ……ちょっと聞いてるの!」


 むっとしたアウラが、エロ本片手に近づいてきた。


「なぁ、あの塔って何なんだ?」


 アウラの部屋のバルコニーからは、ゲーム本編でも最後まで立ち入りが禁止されていた塔が見える。【終ノ空】の大ファンであった藤虎は、ダウンロードコンテンツ用に運営が取っているんじゃないかと言っていたが、結局俺が生きている間には解禁されることはなかった。


「あぁ……あそこは、特になにもないわ」


 アウラの反応を見る限り、なにもないというには違和感がある。


「寒いわね。早く閉めちゃってよ」


 彼女は塔についてはそれ以上話したくないという感じで、急いで室内に戻ってしまった。


「ま、いっか」


 その後、することもなく散らかった部屋の中を物色していると、エロ本に埋もれていたある物を発見する。


「【月影の騎士】じゃないか!」

「ん、ああ、なかなか面白かったわよ。そういう乙女チックな小説、あんたも好きなの?」


 大好物である。

 村にいた頃は、このシリーズをよくアイリスから借りていた。


「しかもこれ、まだ発売前の新刊じゃない!?」

「贔屓にしてる商会の会長が、作者と顔馴染みらしいのよ」


 権力を使って発売前の小説を手に入れているなんて、まさに暴君の所業だ。


「読んでいいか!」

「そりゃ構わないけど、あんたもうすぐ迎えが来るんじゃない?」


 壁に掛けられた時計を見ると、すでに16時だった。


「冬は日没が早いから、たぶんそろそろ出ないと危ないわよ」

「ああ……そっか」


 陽が落ちて視界が悪くなり、足下が悪い中であの恐ろしく長い地獄の階段を下りるのは、まさに自殺行為に等しい。


 残念だなと肩を落とす俺に、


「貸してあげるわ」

「いいのか!」

「貸すくらいなら構わないわよ。あんたとは長い付き合いになりそうだしね」


 そこに、タイミングよくノックの音が飛び込んできた。


「アウラ殿下、アレンを迎えに参りました」


 マキュレイの声だ。

 急いでアウラの方を見ると、彼女は任せろと大きく頷いた。


「今叩き出すから、部屋から20歩離れて待っていなさい! ほら、今のうちにさっさと出ちゃいなさい」

「ありがとう」


 アウラに礼を述べた後、俺は彼女の部屋を後にした。

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