第10話 結成! 同性愛者同盟

「大丈夫?」


 アウラは意識を取り戻していたが、まだ動けない状態だった。

 俺は安全を考慮して、彼女を仰向けに寝かせていた。


「あんたは死罪確定よ」


 天井を見つめながら悪態をつく彼女に、俺はため息をついた。


「特別に絞首台か断頭台、好きな方を選ばせてあげるわ」

「言っとくけど、さっきのはお前の自業自得だからな。というかなぁ、被害者は俺の方なんだよ!」

「謁見の間で自慢げに金玉を露出していた変態が何を言っているのよ。この露出魔!」

「ちげーよ! あれはお前の母親に無理矢理脱がされたんだよ! 俺はずっと被害者だ!」

「金玉を楯に爵位を得たクズが何を言っているのよ!」

「は?」


 アウラは誤解をしている。


「爵位はお前の母親の好意でもらったんだけど?」

「そんなわけないじゃない。お母様が用意していた褒美だけでは満足できずに、爵位をねだったのはあなたの母親でしょ!」

「え……母さんが陛下に爵位をねだったの!?」

「……知らなかったの?」


 考えてみると確かに不自然な点があった。ゲーム本編開始時のアレン・マイヤーは平民であり、それが本編開始の5年前、10歳の春に準男爵家の長子になったことで村を離れ、メインヒロインの一人であるアイリスとも離れ離れになっていた。


 前世で【終ノ空】をプレイしていたとき、アレン・マイヤーの母親は『金玉婦人』と呼ばれていなかった。てっきり母親マリサがゲーム本編にほとんど登場していなかったから、裏設定のようなものを知れているだけだと思い込んでいた。


 しかし、もしアウラの話が事実なら、状況が違ってくる。


 ゲーム本編に登場する母親マリサは女王陛下に爵位などを望まなかった。だが、今の母親マリサは爵位を望み、豪邸まで手に入れた。

 まるで別人だ。

 問題はなぜ、ここまで母親マリサの性格が変わってしまったかである。


 考えられる理由はひとつ、俺だ。


 息子のアレン・マイヤーの性格が本来のものと違っていた場合、彼と関わる人々の性格にも影響が出るのは当然だ。人は出会った人間によって、性格や人生が大きく変化するものだ。

 

「一つ聞いてもいいか?」

「何よ?」

「女王陛下が本来用意していた褒美ってのは何だったんだ?」

「お金でしょ? 卑しい平民にくれる褒美なんてそれで十分じゃない」

 

 言葉に棘はあるが、アウラの言っていることは間違っていない。


「それより、その……なんで知ってるのよ」

「ん?」


 アウラは頬を赤くしながら、こちらをチラチラと見てくる。


「だ、だからっ! わ、わたしが、その……好きなことをなんで知ってるのよ!」


 ポッと顔から煙を噴き出した。

 そんなに恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。


「で、ど、どうなのよ?」


 しかし、困ったな。

 アウラ・ヘーゲルナッツが一部のマニアのためだけに作られた存在であることは、口が裂けても言えない。

 ましてや、前世で俺がプレイしていたエロゲに登場するキャラクターだとか、そんなことを言ったところで信じてくれるはずもない。


「匂いでわかったって言ったら信じてくれるか?」

「私の体から同性愛者特有の匂いが出ているとでも言いたいの! あんた私を馬鹿にしてるわけっ!」

「いや、そうじゃなくて……その……」


 本当は隠しておきたかったけれど、こうなった以上は仕方がない。


「俺と同じだからわかったんだよ」

「同じって……え!?」


 アウラは長いまつげを鳴らして、数瞬固まったかと思ったら、突然、


「ええええええええええええええええええええええッ!?!?」


 と叫びながら飛び起きて、目を皿のようにして俺を見つめた。


「あ、あああ、あんたゲイなの!? いや、でも、だったら……どうすんのよその金玉!?」

「そこかよ!?」


 反射的にツッコんでしまった。


「そりゃそうでしょ! あんた自分の立場わかってるわけ? この国の連中があんたに何を期待してるのか!」


 アウラが言わんとしていることはわかる。

 女王陛下が俺に期待していることは、女の子たちのレベル上限を引き上げることだ。つまり、俺が女の子たちと性行為をするということ。


「……やれるわけ?」

「……やれると思うか?」


 逆に尋ねると、アウラは困ったように眉をひそめ、そしてそっと俺の隣に座った。


「私ね、お母様に言われていたの。あんたと仲良くなって、その……しろって」


 あの女王陛下なら、確かに言いそうだな。


「だから私、あんたが来るのが怖かったのよ。あんたが来たら、受け入れなきゃいけないでしょ? でも私が断ったら、あんたがお母様に言いつけるって思っていたのよ」


 それであんなに敵意を剥き出しにしていたのか。まあ無理もない。彼女はまだ11歳の少女なのだ、母親に脅されていたとすれば、アレン・マイヤーという存在を怖いと感じるのも当然だ。


「でも、まだレベル上限には達してないんだろ?」

「そりゃそうだけど、男の人って弱いくせにすっごくいやらしいじゃない? 苦手なのよ」

「ああ……」


 生理的に無理ってやつか……。

 俺は女性に対して苦手意識とかはないけれど、女性はそういうのがあるのか。


「ねぇ、私たちで同盟を組まない?」


 嫌な展開になってきたな。

 ここでアウラと仲良くなってしまうと、必然的にグラセラとの敵対ルートに進む可能性がある。彼女の性格を考えると、すぐに刺客を送り込んでくるかもしれない。この歳で暗殺者に怯えながら生きていくことだけは避けたい。


「ちなみに同盟って何するの?」

「形だけでも、お母様の前で私たちがいい感じだってことをアピールするのよ。悪くないでしょ?」


 いや、むしろ最悪の提案だ。

 眠れる獅子を起こす行為は悪手でしかない。


「むしろ逆じゃないか?」

「逆……?」

「俺がアウラに失礼なことをして、すげぇ嫌われたってことにするんだよ。そうだなぁ……お前は欲情した俺に襲われそうになったって言えばいい。女王陛下だって、まさかまだ11歳の俺たちがそんな関係になるとは思っていないだろ? これだと、お前が俺を避ける十分な理由にもなる」


 グラセラへのカモフラージュにもなる。


「でも、あんたの評判が落ちるわよ?」

「それくらい別にいいよ」


 命を狙われるよりずっとマシだ。


 アウラは少し考えた後、俺の提案を受け入れてくれた。

 俺たちは固く握手を交わし合い、同性愛者同盟を結成したのであった。



 その後、アウラは作戦通り嘘泣きをして、近くにいた侍女に助けを求め、俺に襲われそうになったことを報告した。

 俺は予定通り謁見の間に連れて行かれ、玉座に座る女王陛下と向き合っていた。


 11歳の娘に――第一王女殿下に襲いかかった俺は、今後彼女との接触が禁止されることだろう。


 そう思っていたのだが……。


「たぬきち、母であり、女王たる妾が許す。いつでも好きな時にアウラを犯すがよい!」

「え!?」


 女王陛下の予想外の反応に、アウラも驚いて口を開けて固まってしまっていた。



 俺はここがエロゲの世界だということを失念していた。

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