第9話 アウラと衝撃の金玉
「はぁ……」
女王陛下の申し出を断れなかった。
断る機会を与えてくれなかったと言うべきか……。
その結果、侍女の案内でアウラの部屋の前まで来てしまっていた。
……胃が痛い。
俺は謁見の間での女王陛下とのやり取りを思い出していた。
『娘のアウラは三姉妹たちの中で最も才に恵まれておるのだが、あやつは困ったことにプライドが高い。そこで、同年代の友人を作ることで、少しでもあやつの傲慢な性格を正せればと思っておる。国宝級の金玉を持つそなたの言葉ならば、あやつも耳を傾けるかもしれん。頼んだぞ、たぬきち』
俺が行くのは逆効果なんだよな……。
そのことを女王陛下に言えたらどんなに楽だったか。
「はぁ〜」
嫌だな〜。
帰りたいな〜。
アウラの部屋の前で行ったり来たりしていると、侍女が小首を傾げながら入らないのですか、と聞いてきた。
「いや、まあ……」
俺は仕方ないと覚悟を決め、コンコンコンと扉をノックした。
「……」
返事はない。
試しにもう一度ノックをすると、
「うっさいわね! 聞こえているわよ!」
と、扉の向こうから雷のような怒鳴り声が響いてきた。
「はじめまして、俺はアレン・マイヤーといいます。本日は殿下のお話相手になるよう、女王陛下に――――」
「いらないって言ってるの。大人しく回れ右して帰りなさいっ」
俺の言葉を遮るように、扉の向こうから冷めた声が返ってきた。
帰れと言われて「ハイ、そうですか」と帰れるものなら、俺だってそうしたい。しかし、元平民出身の下級貴族の俺が、女王陛下の言葉を無視することはできない。アウラもそのことは十分理解しているはずだ。
「殿下、俺にも立場というものがありますので、帰れと言われて帰れるものではないのです。そのことをわかっていただけると――」
――だんっ!
部屋の中から大きな音が響いてきた。
おそらくアウラが床を蹴りつけたのだろう。ゲーム内でも、アウラは気に入らないことがあると度々床を蹴りつけて周囲を威嚇していた。そんな彼女のことを、俺はゴリラ姫と呼んでいた。
ゴリラは外敵に対して威嚇をする際に胸を叩いて大きな音を鳴らすと言われている。彼女が行うあの行動は、まさにゴリラが行うドラミングである。
「あんた、この私に意見するつもりじゃないでしょうね!」
「意見だなんて滅相もない。ただ、俺は迎えの者が来るまで殿下の話し相手になるよう言われております。要は、迎えが来るまで帰れないってことです。殿下は嫌ではありませんか?」
「……どういう意味よ?」
「顔も知らない俺なんかに、ずっと部屋の前に立たれているのがです。いくら立派な扉とはいえ、この距離でしたら室内の音は丸聞こえなので」
――だんっ!
アウラは相当ご立腹のようだ。先程よりも立派なドラミングが響いてくる。
それから5分が経過し、俺は部屋の前で立ち尽くしていた。
室内からはタッタッタ――ゴソゴソゴソと物音が聞こえてくる。おそらく、大慌てで俺や侍女に見られたくない物を隠しているのだろう。
――ガシャガシャガシャーン!!!?
室内から、何かが崩れ落ちるような大きな音が響いてきた。少し心配になる。
「あぁーもうっ!」
だんっ! だんっ!!
苛立ったアウラの声とドラミングが聞こえてくる。彼女の怒りが相当なものであることがドラミングから伝わっていた。
「殿下! どうかなされたのですか!」
俺と一緒に待機していた侍女が、慌てて扉越しに声をかけると、
「な、なんでもないわ!」
俺の時とは打って変わって、優しげな声が返ってきた。
彼女は本当にわかりやすい性格をしている。
――ガチャッ。
そして遂に、開かずの扉が開いた。
部屋の中を見られたくないのか、わずかに開いた隙間から、桜色の髪の小柄な女の子が猫のように出てきた。
「お初にお目にかかります、アウラ殿下。アレン・マイヤーです」
俺は右足を引き、右手を体に添え、左手を横方向へ水平に差し出すようにして挨拶をした。
「ふんっ、ついて来なさい」
「……あ、はい」
アウラは害虫でも見るかのような目でこちらを一瞥し、そのままスタスタと歩き出した。
「あ、部屋には決して誰も入らないように!」
「かしこまりました」
侍女に念を押してから、アウラはどこかに向かって歩き出す。
城内を移動している間、彼女がこちらに振り返ることはなかった。
「好きなのを選びなさい」
「……え?」
無言のままアウラに連れられてやって来たのは、城内に作られた訓練場だった。部屋の隅には練習用の木剣がずらりと立てかけられている。アウラはその中から適当に一本手に取り、その場で感触を確かめるように振っていた。
ぶんっ、ぶんっ!
そのたびに、凄まじい風切音が室内に響いていた。
「あ、あの……」
「早くしなさい。あんまり待たせると、自慢の金玉を叩き割るわよ」
金玉のことは知っているのかよ。
言われるがままに俺は木剣を手に取り、アウラと向かい合った。
「これはあくまで木剣による訓練。仮に訓練中の不運な事故でご自慢の金玉が潰れたとしても、それは事故。わかったわね?」
「いや……」
そこで「ハイ、わかりました」と返事をする奴はいないだろう。というかこいつ、明らかに俺の金玉をブレイクしようとしてやがる。
「とぉりゃああああああッ!」
「うわぁあああああ――――ッ!?」
あっぶなっ!
彼女は本気で俺の股間を狙って突きを放ってきた。木剣とは言っても、あの速さから放たれる突きを受ければ大変なことになる。最悪死んでしまう。
「下級貴族の分際で、私の剣を避けるとはどういうつもりよ!」
「いや、普通避けるだろッ! つーかそっちこそ、騎士道精神はないんですか!」
「金玉だけの男が、第一王女の私に意見してんじゃないわよ!」
「ちょッ!?」
ガンッと固いものがぶつかり合ったような鈍い音が響き渡る。
俺は彼女が振り抜いた木剣を受け止めていた。
マキュレイとの修行が役立った。
「なっ!? ちょっと、あんた生意気よ!」
「防衛するのは当然だろ!」
「何よその口の聞き方はッ!」
「いきなり襲いかかってくるようなレズビアンに言われたくないね!」
「なぁ――――ッ!?」
あ……しまった。
ついカッとなって口が滑ってしまった。
しかし、もうこの際だから言ってやる。
「どうせさっきも部屋でこっそりエッチな本でも読んでいたんだろ! 隠してるようだけど、さっきの侍女にも知られているんだからな。みんな知ってて知らんぷりしてくれてるんだよ! このむっつりスケベ!」
鍔迫り合っていたアウラを全力で押し返すと、意外にも吹き飛んでしまった。その結果、彼女は尻もちをつく形で座り込んでいた。
……ちょっと言い過ぎてしまったかな?
彼女は座り込んでいたので、顔は前髪で隠れて見えなかったが、微かに体がプルプルと震えているのがわかった。
「げっ!?」
彼女が顔を上げたとき、目には涙が溜まっており、耳まで真っ赤に染まっていた。
「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――ッッ!!」
「お、おい、ちょっと待てッ!?」
アウラは木剣を投げ捨てて、両手をぐるんぐるんと振り回しながら襲いかかってくる。
「ぎょっ!?」
蹴躓いたアウラが手を伸ばした先には俺が立っており、彼女は無意識に俺のズボンに手をかけていた。
「ふぇッ!?」
彼女が転倒すると、掴まれていたズボンはパンツごとずり落ちてしまい、俺のパオーンと巨大な金玉が第一王女殿下に「こんにちは」してしまう。
男嫌いな第一王女の眼前に、国宝級にデカい金玉が降臨してしまった。
「いやぎゃぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――ッッ!!?」
第一王女殿下は白目を剥き、泡を吹いて失神してしまった。
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