第8話 縮んだ金玉
季節は冬。
王都に越してから数ヶ月が経過した。
「またアレン様宛の手紙です」
「あー……うん」
たぶん、いや、確実にアイリスからの手紙だろう。こちらに引っ越してきてから数ヶ月、彼女からの手紙はますます増え、最近では三日に一度のペースで届くようになっていた。
最初は俺も返事を書いていたが、短期間に手紙が届くたびに、正直何も書くことがなくなってしまった。だから、しばらく返信しなかった。それがアイリスの逆鱗に触れてしまったようで、以来、送られてくる手紙には罵詈雑言が書き連ねてあった。
返事を返さなかった俺も悪いが、ここまで怒るものなのかな?
ほとぼりが冷めるまで様子を見ようと思っていたが、冬の間は難しいかもしれない。
「そろそろ行くね」
朝食を済ませた後、訓練のためにドミア家に向かう。
「寒いから、コートと手袋してね」
「はーい」
真新しい雪の上にジャンプして、一番最初に足跡をつける。この瞬間が好きだったりする。
「さむっ」
今朝の王都はかなり冷え込んでいる。
キュッキュッと靴音を鳴らしながら、通い慣れた道を駆け足で移動する。
王都にはいくつかの区画があり、マイヤー家やドミア家のある区画は街の北側に位置している。ここは通称『貴族街』と呼ばれている。
余談だが、貴族街は北に進むほど、立派な屋敷が建ち並び、王都に住む貴族にとって自宅が北側にあることは自慢の対象なのだという。
大昔の大戦時、北側だけがまったく被害を受けなかったという話がある。そのことから、王都の北側には神の加護があるという噂が広まった。マキュレイによれば、北側に被害が少なかったのは、単純に魔王軍が南から攻めてきたからだという。
真実はどうであれ、やはり貴族も験は担ぎたいようだ。
「おはよ!」
鉄門をくぐり、ドミア家の広大な敷地に入ると、雪かきをする使用人たちと目が合う。俺は軽く挨拶をして、屋敷に入っていく。
「お嬢様、お弟子さんがお見えになられました」
長い間ドミア家に通っているので、今ではすっかり顔パスだ。
俺は玄関で雪を払い、すぐに暖炉へ向かう。
「ふぁ〜、あったかい///」
「せっかくのデカい金玉も、この寒さでは縮こまってしまいますね」
「……」
まるで自分にも金玉がついているような言い草だな。
「せっかくのデカい金玉も、この寒さでは縮こまってしまいますね」
「聞こえてるよ!」
わざわざ言い直さなくていいんだよ。
ったく、少しは羞恥心を持ってほしいものだ。言われているこっちの方が恥ずかしくなってしまう。理不尽だ。
「そうですか。反応がなかったので、聞こえていないのかと心配になってしまいました」
こっちはいちいち金玉に反応したくないんだよ。
「では、行くとしましょうか」
「え……行くって、どこに? 今日は特訓しないの?」
「ええ、本日の修行はお休みです。さあ、行きますよ」
できればもう少し暖炉に当たっていたかったのだけど、仕方がない。
「え、ここって……」
マキュレイに案内されて、街の中心に到着した俺は、果てしなく続く階段を見上げた。
街の中央にそびえ立つ巨大な岩壁は、キャッスルステアケイスと呼ばれ、まるで天に触れるかのような高さを誇っている。岩壁の上には、白亜の城が誇らしげにそびえ立ち、街を見下ろしていた。その高さは100メートルを優に超えている。
「さあ、行きますよ」
「城に行くの!?」
正直、階段を上りたくない。
以前、この馬鹿みたいに長い階段を上ったとき、酸欠になってしばらく動けなかった。
「くそっ……な、なんで街中にこんな場所を……っ」
「キスニンク城はこの国の要です。万が一、敵が攻め入って来ても、この高さなら簡単に侵入されることはありません」
「そりゃ……そうだけど」
毎回この地獄のような階段を上らされる苦労を理解してほしい。しかも今は真冬で、上るにつれて気温が下がり、頂上に着いた時には俺の鼻はカチカチに凍っていることだろう。
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」
頂上にたどり着いた時には、汗だくで疲れ果てて、もう一歩も動けなかった。
「だらしないですよ、アレン」
「っんな、こと……言ったってぇ……」
この階段は絶対に11歳の子供が上るものではない。
「せっかくの金玉が泣いていますよ?」
「何でもかんでも金玉に結びつけんじゃねぇよ!」
「反抗期ですか?」
「ちげーよ!」
でも、やはりこの場所からの景色は素晴らしい。まさに王が眺めるにふさわしい景色だと言える。
「いつまでそこでじっとしているつもりですか? 置いていきますよ」
「もう少しゆっくりさせてくれてもいいのに」
マキュレイの案内で謁見の間にやって来ると、相変わらず妖艶な女王様が玉座に腰掛けていた。
「よく来たな、たぬきち」
「だ、誰がたぬきちなんですか!」
女王陛下じゃなかったら殴り飛ばしているところだ。
「そなたは相変わらず元気だな。この寒さで金玉が縮んでおるのではないかと心配しておった。そなたの金玉は我が国の宝、ちゃんと金玉のサイズは保てておるだろうな?」
「……」
「アレン、陛下があなたの金玉を気遣ってくれているのですよ」
金玉を気遣う?
そんな言葉聞いたこともない。
「どうした……まさか!? 縮んだわけではあるまいなっ! おい、マキュレイ!」
「はい、陛下!」
「あっ、ちょっとやめてよっ! 縮んでません! 全然縮んでないからパンツを下げないでっ!」
結局またもや謁見の間で金玉を露出させられてしまった。
「縮んでおるではないかっ!?」
「寒いからですよ!」
「そうか。では復活の湯を持ってこさせよう」
「いらんわッ!」
この寒さの中で、金玉に熱湯なんぞかけたら大事故になってしまう。
「それより、一体何なんですか?」
ズボンを履きながら質問する。
実は城に連れてこられた経緯が全くわからなかった。
「そなたには、妾の娘の力になってもらいたいのだ」
娘……?
そういえば、女王陛下には別々の父親を持つ娘が三人いたはずだ。
【終ノ空〜黄昏のエクスカリバー】本編に登場するのは、第一王女殿下のアウラ・ヘーゲルナッツと、第二王女殿下のグラセラ・ヘーゲルナッツの両名のみで、なぜか第三王女がゲーム本編に出てくることはなかった。
そして、第一王女と第二王女は、ゲーム内では常に敵対関係にある。
二人の仲がどれくらい険悪だったかというと、主人公のアレンがアウラと親しくなると、グラセラがアレンを暗殺しようと陰謀を巡らせ始める。逆に、グラセラと親しくなると、今度はアウラが敵になる。アウラは暗殺者を送り込むことはないが、顔を合わせるたびにアレンに襲いかかってくる。その結果、地獄のような展開が待っている。
……ああ、思い出しただけで嫌になってきた。
第一王女のアウラが天才と評されている一方、第二王女のグラセラはその真逆の評価を受けている。
しかもこの二人、性格もかなり違っているんだよな。
「妾には娘が三人おるのだが、今日そなたに会ってもらいたいのは、第一王女アウラだ」
うわぁ……第一王女殿下の方かよ。
正直どっちも嫌なんだけど、アウラは選民思想が強いから、平民出身のアレンに対しては特に厳しいんだよな。
でも、待てよ。
ゲームではアレン・マイヤーは平民として聖騎士学校に入学するのだが、今の俺は平民ではない。一応準男爵家の長子ということになっている。もしかしたら、俺への当たりが緩和されている可能性がある。
でもなぁ……アウラはプライド高いから、扱いにくいんだよな。
しかも、彼女は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。