第6話 枕元のエロ本

「ただいま」


 自宅に戻ったのは、一月後のことだった。

 その間に、我が家にも色々と変化があった。


 一番のニュースは、両親が王都に引っ越して来たことだ。

 自宅は以前の住まいの実に5倍はある屋敷。


 この屋敷は、金玉のでかい俺を生んだ母に、女王陛下が用意してくださったものだ。褒美といえば聞こえはいいが、マキュレイによれば、実際は俺に変な虫が付かないようにするための、女王陛下なりの貴族に対する牽制だという。


 辺境の地に住んでいると、隠れて俺に会いに来る貴族が現れる。

 アイリスの母――巻き貝婦人のように、俺を独占しようとする者が必ず出てくる。それを未然に防ぐため、女王陛下は自身のお膝元に、俺の家族ごと呼び寄せたというわけだ。


 両親の生活が少しでも楽になるなら、この際何だっていい。


「おかえりなさいませ、アレン様」

「うん、ただいま、シルビー」


 女王陛下が用意してくれた家は、母と父と俺の3人で暮らすには、あまりにも広かった。母は掃除が大変だという理由でメイドを雇った。


 それが、メイドのシルビーだ。


 メイドを雇うお金なんてうちにあったのかと驚いたのだが、どうやら魔力を睾丸に宿した者には、国から金玉補助金というものが毎月支給されるらしい。

 国宝級に金玉がデカい俺への支給金は、相当なものになるという。


 息子の金玉ひとつで成り上がっていく母のことを、人々は金玉婦人と呼んでいた。

 俺が母の立場なら、たぶん恥ずかしくて外を歩けない。


「マキュレイ様の修行、大変じゃありませんか?」

「もう一月になるからね。だいぶ慣れたよ」


 今はまだ基礎体力を鍛えることがメインだから何とかなっているけど、いつかはモンスターと戦わされることになるだろう。


「はぁ」


 想像するだけで、今から逃げ出したくなってしまう。


「明日からしばらくの間は、お休みと伺っておりますが」

「うん、マキュレイが騎士団の仕事で王都を離れるからね。その間は自主トレになるんだ」


 気楽に流して、空いた時間で書店に行ってみようと思う。

 最近は、ラブロマンス小説が人気だそうだ。

 見た目は少年、心は乙女な俺も、その手のジャンルは前世から大好物だ。


 なんせ恋愛なんて夢のまた夢だった。

 俺にできることと言えば、毎日頭の中で妄想するだけ。

 一体何回藤虎の子供を妊娠して、出産したかわからない。



 食事を終えて風呂に入った後、自室に戻ると、部屋にはシルビーがいた。


「!?」

「何してるの?」


 声をかけると、シルビーの肩がビクッと跳ねた。


「あ、アレン様……湯加減はどうでした?」


 ゆっくりとこちらに振り返ったシルビーは、何故かゴミ箱を抱えていた。


「……うん。すごく良かったよ」

「そうですか。……それは良かったです」


 あは、ははは――と、愛想笑いを浮かべるシルビーの手に持ったゴミ箱が気になっていると、


「あ、これですか? 昼間ゴミの回収をし忘れてしまって」

「そんなの明日でも全然いいのに」

「いえ、カピカピになると使い物にならなくなってしまいますので」

「カピカピ……?」

「いえいえ、こちらの話です。あ、それと……」


 近づいてきたシルビーが、耳元で小さく囁いた。


「お年頃のアレン様に、私の方からちょっとしたプレゼントをご用意いたしましたので、あとでこっそり枕の下をお調べください。こういうことは、奥様や旦那様には言えないと思うので」


 母や父に言えないプレゼントって何だろ?

 わからなかったけど、とりあえず感謝の言葉を伝えておく。


「ありがとう」

「いえいえ、いっぱい楽しんでくださいね」

「……うん」

「いっぱいですよ!」

「か、顔が近いよ」


 シルビーが抱えていたゴミ箱をベッドの脇に置く。


「そこじゃないよ」


 とゴミ箱の位置を部屋の隅に移すよう指示するが、


「ここでいいんですよ」


 と、シルビーは不敵な笑みを浮かべた。


「では、おやすみなさい、アレン様」


 彼女が退室してベッドに腰掛けたところで、枕元に置かれていたティッシュに目が留まる。


「ここじゃないんだけどな」


 ゴミ箱やティッシュなど、物の置き場所が微妙に変えられている。前世は几帳面なA型だったので、勝手に物の置き場所を変えられると気になってしまう。


「そういえば、枕の下にプレゼントがあるって言ってたよな」


 手を枕の下に入れてゴソゴソと調べてみた。


「……なんだよ、これ」


 枕の下に、裸の女性が表紙のエロ本が一冊置かれていた。

 中身をパラパラと確認して、俺は長いため息をついた。


「確かに親には頼めないだろうけど……10歳の子供にこれは早すぎるだろ」


 そもそも俺はゲイだ。

 女性の裸に興味はない。

 女性の裸体を美しいと思う感性はあるが、それはあくまで芸術的な美しさに対する感性であり、そこに性的興奮を感じることはない。


 シルビーの行為はありがたく受け入れるが、このエロ本はクローゼットの奥にしまっておくことにした。


「寝よ」



 深夜。

 ゴソゴソと音がして、寝返りを打ちながら音の方に顔を向けると、頬被りをしたシルビーと目が合ってしまう。


「ぎゃぁああああああああッ!?」


 驚いて飛び起きると、シルビーは何事もなかったかのように頬被りを取り、「おはようございます」と言った。


「なっ、ななな、なにしてんだよ!?」

「……ゴミの回収に来ました」


 時刻は深夜2時である。


「ま、まだ夜中だよ!?」

「早いほうがいいかと思いまして」

「数時間前に回収したばかりだよね?」

「……あぁ〜、ですね。……私、どうやら寝ぼけてゴミを回収する癖があるようです。メイドの習慣病というやつですかね? アレン様はまだ子供なんですから、ゆっくり寝てくださいね」


 それではと、彼女は何事もなかったかのように部屋を出て行った。



「何だったんだ……?」

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