第80話 覚醒ふーちゃん




 はたしてこの地球上に、付き合って一時間後に同じ布団に入っている高校生のカップルがどれほどいるだろうか。まったくのゼロということはないだろうけど、限りなく少ない数なんじゃないかなぁと俺は思う。


 部屋の電気は豆電球のみにして、二人並んで天井に目を向けている。だけど俺もふーちゃんも目が冴え切ってしまっていて、小声でずっと話をしていた。


 運が良ければ眠ることができるだろうと考えていたけど、ふーちゃんの声はまったく眠たくなさそうだし、俺もふーちゃんが起きているなら眠る気はない。


 顔を横に倒して、ふーちゃんが俺の顔を見てくる。


「えへへ……」


「どうしたの?」


「なんでもない」


 ただ見ただけらしかった。なにこの可愛い子。そう、俺が世界で一番大好きな女の子であり、そして世界で一番可愛い俺の彼女である。


 俺の! 恋人なのである! 今日は幸せ記念日として国民の休日にしてほしいぐらいだ。まぁお盆だから普通に休みってところが多いんだろうけど。


 しかしいざふーちゃんが彼女になっていると思うと、なんというかこう――どうしていいのかわからないな。人は幸せの絶頂に至ったとき、いったいどういう行動を取るのか。


 ペットを飼っている人や自分の生んだ子供に対し、可愛すぎてほおずりをするという気持ちが少しわかった気がした。


 俺とふーちゃんはそれぞれの布団で寝ているけど、お互いに少しだけ中央に寄っていて、ほんの少し手を動かせばお互いに触れられるような位置にいる。


 ふーちゃんがどう反応するかな? と思いつつ、俺は体ごとふーちゃんのほうを向き、左手で布団を持ち上げて、ふところを開けてみた。


「…………」


 ふーちゃんは俺の顔をちらっと見てから、表情を隠すようにうつむきながら俺の元に寄ってくる。そして俺の胸に両手を置いて縮こまるようにして俺の腕の中に納まった。


「俺の腕を枕にしてもいいよ」


「……しびれない?」


「わからん、けどたぶん大丈夫」


「じゃ、じゃあちょっとだけ」


 もぞもぞと動き、ふーちゃんが俺の右腕に頭を乗せる。当然、顔と顔の距離は近くなった。


 至近距離にふーちゃん。大好きな子が目と鼻の先にいるというこの状況が、本当に幸せで仕方がない。しかも俺の腕を枕にしているという、この信頼の現れ。やっぱり眠れそうにないなぁ。


「ね、ねぇ邁原くん」


 今度はふーちゃんから声を掛けてきた。

 彼女は俺の肩と頬の間に顔を埋めるようにして、言葉を続ける。息が首にかかってちょっとくすぐったい。


「――き、キスとか、したい?」


 まさかふーちゃんからそんな風に言ってくるとは思わなかった。

 そりゃそういうことを考えなかったというわけではないけれど、てっきり俺から頃合いを見て、雰囲気を見て実行するものだと思い込んでいたから、正直びっくりした。


「俺は付き合う前からずっとそう考えてたよ」


「そ、そうなんだ」


 ふーちゃんは俺の首元に顔をうずめたまま、そんな声を漏らす。俺のふーちゃんイヤーの判断によると、彼女はどうやら喜んでいるらしい。


 そして、俺の首元に温かく湿り気のある何かが触れ、その部位は空気に触れるとひんやりした。こ、これはもしかしなくとも――ふーちゃんの唇では?


「えへへ」


 硬直する俺をよそに、ふーちゃんはもう一度俺の首に口づけをする。今度は『チュッ』とわかりやすい音が鳴った。


「やけに積極的ですねふーちゃん」


 動揺して丁寧な言葉づかいになってしまった。でも仕方がないじゃないか。ふーちゃんのぐいぐい度合いが俺の予想を軽々と飛び越えているのだから。


「だって、邁原くんはずっと私に『好き』って言ってくれてたけど、私はずっと我慢してたんだもん。私も『好き』って言いたいの」


「いくらなんでも可愛すぎでは?」


 俺の理性を崩壊させようとしているのかい君は? ふーちゃんパパに怒られちゃうぞ。

 でもさ、敢えて言わせてほしい。


「ふーちゃん、まだ俺に『好き』って言ってないよ?」


「……恥ずかしいんだもん」


「キスはいいのに?」


「……顔を隠せてるからいいんだもん」


 相変わらず顔は俺の首元に埋めたまま、ふーちゃんが言う。そして、ぼそっと小さな声で「好き」と短く口にする。言い終えたあとに、ぎゅっと顔を俺に押し付けてきた。


 そんな風に、自分でも『甘いなぁ』と思ってしまうような夜は続いた。

 最後にスマホで時計を見たのは夜中の三時。

 俺もふーちゃんもそれぐらいの時間に、気を失うように眠りに落ちたのだった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 次の日は朝から他の親戚もやってきて、昼からお酒を飲んだりして大いに賑わった。風斗さんは運転があるし、香織さんはあまりお酒が得意ではないようで飲んでいなかったし、俺やふーちゃんは未成年なので言わずもがな。


 よそ者の俺に対しても皆明るく声を掛けてくれていたし、俺の隣には付き合いたてのふーちゃんがずっといたから十分に楽しめた。


 そしてその日の夕方、俺たちは地元に帰り、俺はご丁寧に家まで送り届けてもらったのだった。


 明日からまた、日常が始まる。

 だけどそれはこれまでとは違う日常であり、ふーちゃんが彼女となった日常だ。


 俺もふーちゃんも、もう予知夢に怯える必要はない。とりあえず、誠二や和斗に報告するのを楽しみにしておくことにしようか。

 



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