第79話 もう二人は止まらない




 お互いに両想いだったけれど、付き合うことは無かったこの期間。


 ふーちゃんと恋人になれたという幸せはもちろん凄まじいものなのだけど、このはっきりしない期間も、これはこれで楽しくて幸せな時間だったと思える。


 俺の告白に対して頷くことで返事をしたふーちゃんは、ボソボソと話し始めた。

 俺を好きになったきっかけは、やはりあの陸上競技場での一件らしい。俺がまだふーちゃんの名前も知らない時に、『痛いの痛いの飛んでけ』をやったアレだ。


 その時点では『また会えたらいいな』レベルだったけれど、同じ学校、同じクラスになったことで心は大きく動いたようだ。運命かと思った――ふーちゃんは恥ずかしそうにそう語ってくれる。


「告白されたときは嬉しかったの?」


「――う、嬉しかったけど、でもまだあの頃は自分が死んじゃうと思ってたから、同時にショックも大きかったかも」


 なるほどなぁ。たしかに、自分が一年以内の命だと思いながら、好きな人に告白されても困るよな。

 でも、もうそんな心配はしなくても大丈夫。俺とふーちゃんを引き離す障害は何もないのだから。


「手を繋いだりとか、その、食べさせあいっことか、好きな人以外としないもん」


 むー、と不満気な表情を浮かべてふーちゃんが言う。


 それに関してはごめんなさい。誰にでもそんなことをする小悪魔ふーちゃんを想像したというよりも、ふーちゃんが俺のことを好きであるという事実が信じられなかったのだ。


「ハグとかしてみる?」


 そう言って、両手を広げてみる。

 しかしふーちゃんは枕を口元に当てて、不満げにうなる。


「なんか邁原くん、すごく慣れてる感じがする」


「俺はまだ誰とも付き合ったことないし、こんなことするのはふーちゃんが初めてだよ? だけど、これまでにちょっとずつ段階は踏んでいたからね。さすがに半年前の俺じゃこんなこと言えなかったよ」


「…………じゃあいい」


 そう言って、ふーちゃんは四つん這いになって(胸元が!)こちらに近づき、そしてびくびくしながら俺の両肩に手を乗せる。顔を合わせるのは恥ずかしいのか、うつむいてしまっていた。


 俺はそんなふーちゃんの手首を下から優しく掴み上げ、ぐいっと自分のほうに引き寄せる。彼女は抵抗することなく、俺の体に寄りかかった。


 ふーちゃんは右側、俺は左側にそれぞれ頭を傾ける。


「……あったかい」


「夏だし『暑い』って言われるかと思った」


「クーラーきいてるもん」


 そう言ってふーちゃんは俺の背に手をまわし、ぎゅっと抱きしめてくる。俺という存在を確かめるように、力を強めたり弱めたりしていた。俺も同じように、ふーちゃんを抱きしめる。


「みんななんて言うかな?」


「誠二とか? びっくり……するかなぁ。あいつも和斗も、俺が告白する前から『付き合えると思う』って言ってたし」


「じゃあその頃から、私が邁原くんのこと好きだって勘づかれてたのかな」


「たぶんそうだと思う。だから『ようやくか』って感じかも」


 俺の言葉にふーちゃんは「そっか」と短く返事をすると、ぱっと俺から離れる。そして枕元に置いていたスマートフォンを手に取り、ぱぱぱっと操作をし始めた。


 そして操作を終えたらしいふーちゃんが、俺にスマホの画面を見せてくる。


「えへへ、みてみて」


 彼女が見せたスマホの画面は、ロックを解除したばかりのホーム画面だった。背景には、俺とふーちゃんが以前出かけたとき、屋上のデッキで撮った写真が使われている。


 まさか俺がふーちゃんに後れを取るとは……! 負けてられん!


「俺もする!」


「どの画像にするの?」


「――そうだ、どうしよう……候補が多すぎて決められないかも」


 選びたい写真が多すぎて困ってしまう――気分的には今ふーちゃんと一緒に写真を撮って待ち受け画像にしたいところだけど、独占欲強めの俺はふーちゃんのパジャマ姿を他の人にのぞき見とかされたくない。でもとりあえず可愛いから、自分用に撮っておこう。


「――な、なに?」


 ふーちゃんが俺の行動に驚きおどおどしている間に写真をパシャリ。はい可愛いです。


「しゃ、写真撮ったの!? 私、変な顔してない!?」


「ふーちゃんどんな顔でも可愛いから大丈夫だよ」


「も~、待ち受けはだめだからね?」


「大丈夫、これは俺一人が鑑賞するための写真だから」


「ならいいけど……じゃあ私も撮る」


 そういって、ふーちゃんもスマホのカメラを俺に向けて『カシャ』と音を鳴らす。

 ふーちゃんは撮った写真を眺めて、それから俺を上目遣いで見て、ほんのり顔を赤くした。


「もしかして変な顔してた?」


「……んーん、邁原くん、いつもかっこいいもん」


 鼻血出そう。というかいままでよく俺の鼻の周辺の血管耐えているな。空気を読んで気張ってくれているのだろうか。もうちょっと頑張ってほしい。


 さて、今日はこれから就寝というタイムスケジュールではあるのだけど、まったく寝られる気がしませんね。




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