第78話 あの日の答え合わせ
その後、話が終わったようなので俺は目を開けたのだけど、ふーちゃんのほうはもう少し話していたようだったので、薄目で隣を見ながら俺は手を合わせていた。
やがてふーちゃんも目を開けるが、まだ頭の中が整理しきれていないのか、少しぼうっとした様子。「大丈夫?」と問いかけるとしっかり言葉は返ってきたが、やはり上の空というかなんというか――まぁ突然のことだから無理もない。
「とりあえず、みんなのところに戻ろうか」
「……うん」
そんな短い会話をして、俺たちはおじいちゃんたちが待っている場所へ向かう。
それから、適当に『美代子さんにご挨拶をしてました』なんて言ってみんなを誤魔化し、食べ物や飲み物等は回収して霊園をあとにする。
車内でもふーちゃんは風斗さんや香織さんと話していたが、やはりずっと考えごとをしているようで、反応はワンテンポ遅れるような形になっていた。
家に帰ってきた頃にはそこそこ整理できたようだったけど、ふーちゃんと二人きりになる時間がなかったので、夕食時も同じく俺はふーちゃんと美代子さんの話をすることはなかった。
ようやく二人で話す時間ができたのは、夕食もお風呂も終えた就寝前――。
「……な、なんで!?」
「部屋がここぐらいしか空いてないのよ」
「わ、私は気にしないけど邁原くんが――」
「邁原くんが嫌がると思う?」
「…………」
ふーちゃんが母親の香織さんに論破されていた。
そりゃそうだ。俺がふーちゃんと一緒に寝ることを嫌がるはずがなかろう。ふーちゃんも瞬時にそのことを理解したらしく、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
俺たちがいる和室には、二つの布団が並べられている。
優斗さんの娘である舞さんが用意してくれたらしいのだが、布団同士はぴったりとくっついているし、なんなら枕まで中央に寄っている状態だ。ナイスです。
香織さんが扉を閉めて去って行ったのを確認して、俺はふーちゃんに声を掛けた。
「ふーちゃんのパジャマ姿めっちゃ可愛い」
そう! いま彼女はパジャマなのだ!
水色に白の水玉模様が書かれた、半そで半ズボンの服。首周りはすこしゆったりとしているようなので、彼女がかがんだ時に自分の視線が吸い寄せられないよう注意しておかなければならない。
しっかり髪を乾かしているからわかりづらいけど、まだお風呂から上がって時間が経っていないからか、シャンプーの香りも彼女から漂ってくる。俺が借りたものとは違う匂いのようだから、わざわざ家から持参していたらしい。
「ぱ、パジャマって――第一声がそれなの!? 一緒の部屋に関して驚かないの!?」
「だって。俺は行きの車内でこうなることを香織さんたちから聞いてたからね。ふーちゃんは寝てたけど」
「そ、そうなんだ……」
彼女は車内での失態を思い出したのか、再び顔を赤くする。
ちなみに俺は特筆すべきことのないシンプルなジャージ。以上。
「ふーちゃんはどっちなんだろう?」
並んだ布団を見下ろしながら呟くと、ふーちゃんが「どっちでもいいんじゃないかな」と返事をしてくれる。とりあえず入り口に近いほうを俺がゲットすることにした。
予知夢の件が無くなったとはいえ、俺が彼女を守ろうとする意志が変わるわけではないからな。でも、少し気が楽になったのは確かである。
俺が布団の上に胡坐をかくと、ふーちゃんも足を崩して布団の上に座る。
「なんかこうしてるとさ、修学旅行に来てるみたいだよな。そりゃ当日は男女別なんだろうけど」
「ふふっ、たしかにそんな感じなのかも」
会話の切り出しはそんな感じ――でも本題はもちろん予知夢のこと。俺から切り出そうか、それともふーちゃんが言うのを待つか――そう考え始めたところで、彼女は枕に視線を落としながら口を開いた。
「私ね、別におばあちゃんに怒ったりはしてないよ。そもそも、私が勝手に『死んじゃうんだ』って勘違いしたのが始まりなんだし――この半年ぐらい、本当にすごく毎日が濃くて、楽しくて、『なんで前からこんな風にできなかったんだろう』って何度も思った」
ふーちゃんの言葉に「うん」と相槌を打って、続きを促す。
「怖がって、挑戦せずに諦めてたこともたくさんあったけど、実際にやってみたらそんなことなくて――あれ、こういうのなんて言うんだっけ?」
「案ずるより産むがやすし?」
「そうそれ! そんな風に挑戦してこられたのも、やっぱり邁原くんが一緒にいてくれたからだと思うんだ。実行委員の時も一緒にやってくれたし、買い食いにも付き合ってくれたし、一緒にみんなでお昼を食べて、最近じゃ海に行ったりもして――だから改めて、ありがとう、邁原くん」
彼女はそう言って、目を細くして笑う。女神か?
「俺だってふーちゃんにいっぱい感謝してるんだよ」
ふーちゃんが真面目な話をしてくれたので、こちらもたまには真面目に返す。いや、別にいつも不真面目というわけでないですけどね。
「俺ってさ、前にも話したけど、器用貧乏であんまり特徴がないんだ。だいたいなんでもできる――けど、それは十人中二、三人ができるようなことがたくさんあるってだけで、決してオンリーワンじゃないんだ。そりゃ家族や友人は違うと言ってくれるだろうけど、俺からすれば『俺の代わりなんていくらでもいる』っていう感じがしてた」
頬を掻きながらそう語ると、ふーちゃんは「そんなことない」とやや怒り気味に返答してくれる。怒ってくれるのもまたふーちゃんの優しさだなぁ。
「だけど、それがふーちゃんに出会って変わったんだ。俺以上にふーちゃんが好きなやつはいない。そしてどれだけふーちゃんのために頑張れるかとか、どれだけふーちゃんの幸せを願っているとか――そういう自信みたいなものがついた」
そう言うと、ふーちゃんは枕を抱きしめ、口元を枕で隠しながら「そうなんだ」と小さく漏らす。ふーちゃんイヤーでないと聞き取れないほどの小さい声だった。
「まぁそれは一旦おいておくとして」
「おいとくの!?」
だって俺の話にこれ以上掘り下げることなんてないんだもの。それよりも、今はもっと大事な話をしなけらばならない。
俺とふーちゃんの物語の根底にある、一つの問題の答え合わせをしなけらばならない。
「ふーちゃん、恋人作らない理由、無くなったね」
「…………」
満を持してその言葉を口にすると、ふーちゃんの俺から見えている肌全てが赤くなった。ぎゅっと枕に顔を押し付け、十秒ぐらいその状態でいて、ゆっくりと目だけを見せるように枕をずらす。
「……絶対邁原くん、私の気持ち気付いてるもん」
「どういうこと?」
「その質問もいじわる! 絶対わかって聞いてるもん!」
そりゃ『こうだったらいいな』という想いはあるし、『たぶんこうだろうな』ということは頭の中にあるのだけど、それが真実かどうかは彼女の口から出ないことには確定しない。そもそも俺の願望が強く出ている予想だし。
「俺の予想というか願望を言わせてもらうなら、ふーちゃんは三月十五日の予知夢を見た時点で、すでに俺のことが好きだったってことになるんだけど」
「…………」
彼女からの回答は無かった。そして再度枕に顔を全て隠してしまった。
「俺はふーちゃんのことが世界で一番好きだよ。よかったら、俺の恋人になってくれないかな?」
ふーちゃんが反応しやすいように、イエスノーで答えられる質問にしてみた。
これまでに何度ふーちゃんに『好き』と言ってきたかはもはやわからない。だけど、恋人になって欲しいと伝えるのは、あの日屋上へ続く場所で告白して以来だ。
あの日の告白に対する返事は『ごめんなさい』だった。
だが今日、ふーちゃんは枕を顔にうずめたまま、ゆっくりと大きく頷いてくれたのだった。
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