第77話 お墓の前で




 新田家のお墓がある霊園までは、当然ながら別々の車で移動した。


 総勢八名での移動なので、車は二台。ここに来た時と変わらない車内状況だったし、ふーちゃんは何やら考え事をしていたようなのであまり話すこともできなかった。


 風斗さんや香織さんがすぐ近くにいる以上、あまりツッコんだ話もできないし。たぶんおじいちゃんからの話を聞いてからだと思うから、それが原因なんだろうけど……内容が全く想像できないんだよなぁ。


 結局、俺は何もわからないまま、目的地である霊園にたどり着くことになった。



 車を降りて、全員で分担してお墓周りを掃除したり、お供えものをセッティングしたりしているなか、隙を見て俺はふーちゃんに「大丈夫?」と声を掛けた。


「なにか考え事をしてるみたいだけど」


「う、うん。大丈夫だよ。えっと、邁原くんに色々説明したいんだけど――みんなの目があるから」


 ふーちゃんはチラチラとあたりを見渡しながらそう口にする。


「予知夢関係のこと?」


 俺はふーちゃんの耳元に顔をよせ、囁くような声で問いかける。白く柔らかそうな肌が視界いっぱいに広がったので、思わずこのまま頬にキスをしたくなってしまったが我慢した。


 ふーちゃんは俺の問いかけに、コクリと頷く。


 なるほど。だとしたら今その話をするのはたしかにマズい。内容さえバレなければ問題ないといえば問題ないけれど、どんなところからほころびが出てしまうかわからないし、慎重に行動することにこしたことはないだろうな。


「とりあえず、一緒にお参りしてほしいの」


「そりゃもちろん。おばあちゃんに『お孫さんをください!』って言えばいいんだよね?」


「ちちち違うよ! そ、そういうのは、お父さんとかお母さんに言うんだよ」


「わかった、じゃあ二人に言ってくる」


「ま、まだだめ!」


「……まだ?」


「……違うもん、言い間違えただけだもん」


 と、そんなイチャイチャするような会話をこなしてから、再びお墓の整備に戻る。


 ふーちゃんやっぱり俺のこと好きでは? だっていまの『まだ』ってたぶん本音だと思うんだよ。ということは、ふーちゃん俺と恋人どころか結婚を視野に入れてるってことじゃないか。


 ……そんな甘いことを考えてしまうのは、たぶん俺がいつも以上に緊張しているからなのだろう。『もしも何も反応がなかったら』――そう考えて暗くなるのを防ぐために、明るいことばかり考えようとしているのだ――そう俺は自分自身を分析した。


 ふーちゃんは果たしていまどんな気持ちなのだろう。表情を見る限り、やはり普通ではないと思う。


 だけど別に、暗いというわけでもないんだよな。希望を信じているような、前向きな顔をしている気がする。いままでも死を恐れずにいたふーちゃんだけど、それとはまた違うような……さすがの俺も、この微妙な変化がなぜ起きているのかまではわからなかった。


「二人で美代子と話しておいで。他の者は下がりなさい」


 順番的にお線香をあげるのは俺とふーちゃんが最後だったのだけど、順番がやってきたところで、ふーちゃんの祖父がそう言って他の五名をお墓から遠ざけた。


「? 急にどうしたの父さん」


「若い二人はあまり他には聞かれたくないこともあるじゃろうて。ええから言うことを聞いてくれ」


「ま、まぁいいけど」


 困惑しているのは優斗さんだけではなく、そのお嫁さんや娘の舞さんも同様だった。しかし風斗さんと香織さんは、特に疑問に思うこともなくスッと移動をした模様。


 これは、どういうことだろう? 家を出る前にふーちゃんとおじいちゃんが話した内容と何か関係があるのだろうか?


 隣にいるふーちゃんに目を向けて見ると、彼女は俺を見上げてコクリと頷いた。とりあえず、お線香をあげてみようということだろう。


 俺とふーちゃんは一緒にろうそくに線香を近づけて火を灯し、香炉に立てる。

 そして手を合わせて、目を瞑った。


 俺が彼女の祖母に言いたいこと――いや、聞きたいことは一つだけ。

 ふーちゃんが今年の三月に聞いたという予知夢は、どういう意味なのか。それに尽きる。


 声よ届けと念じながら、祈ること数秒――、


『初めまして、邁原勇進くん。私は新田美代子――風香の祖母です。そして風香、よく今日まで頑張りました。本当に、辛い思いをさせてしまってごめんなさい』


 頭蓋骨を震わせるように、頭の中で声が聞こえてくる。思わず目を開けてみるが、そこにはお墓があるだけ、隣にいるふーちゃんも同じように声が聞こえていたのか、目を見開いて俺のほうを見ていた。


「ま、邁原くん、き、聞こえた?」


「正直夢でも見てるような気分だけど、聞こえてる」


 俺とふーちゃんはそんな短い会話をしたのち、再度手を合わせて目を瞑った。

 すると、再び柔らかな声が聞こえてくる。


『二人に伝えなければいけないことがあります。私の見た予知夢を――どうか聞いてください』


 そう言って、ふーちゃんの祖母は語り始めた。


 他の人達のことが気がかりであるが、たぶん、ふーちゃんのおじいちゃんはこうなることをわかっていたんじゃないかと思う。だから、俺たち以外を遠ざけていたのだろう。


 だとすれば、じっとお墓の前で動かない俺たちのことも、なんとか説明してくれていると思う。とりあえず、美代子さんの話に意識を集中させることにした。


 美代子さんから出てきた内容は、ほとんど俺の予想通りだった。良いほうの、予想通りだった。つまり、『私の元に来る』は死を意味するのではなく、『お墓に来る』ということらしい。


 美代子さんは複数の可能性のある未来をみることができるようで、この行動をとれば、未来はこうなる――そんな感じで良い未来を選び取ることができたらしい。


 そして美代子さんの見た一つの未来では、ふーちゃんは高校、大学を通じて、恋人はおろか友達一人もできなかったようだ。その他にもマシな未来はあったが、どれもふーちゃんの幸せを考えた時、あまり良い物ではなかったとのこと。


『ちなみに、どの未来でも将来的に邁原くんと――いえ、忘れてください』


 すごく気になることを言いかけてやめるのは勘弁してほしい。


『未来にも、変えられるモノと変えられないモノがあります。そしていまの現状が、風香や周りの人々にとって、最大の幸せになると判断しました。本当に、辛い思いをさせてごめんなさい』


 未来を知る美代子さんからすれば、このお告げをしてもふーちゃんの心は病まないとわかっての行動だったってことだよな。だとしたら、たしかに彼女の判断は間違っていなかったのだろう。


 あとはふーちゃんがどう思うかだけど……これはあとで本人に聞いてみるとしかないな。


 ……あれ? まてよ?


 ということはふーちゃん、恋人作らない縛りは無くなったのでは?





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