第76話 祖母の遺言




 てっきり、祖父母の家と聞いていたから古めかしい家を想像していたのだけど、どうやら風斗さんの兄である優斗さんがリフォームをしたらしく、俺やふーちゃんが住んでいる家となんら変わりのない綺麗な一軒家だった。


 俺たちが着いたときにいたのは、優斗さん、それから優斗さんのお嫁さん――その二人の娘さん、ふーちゃんのおじいちゃん――つまりこの家に暮らしている人達である。


 他にもおじいちゃんの兄弟である弟夫婦(こちらは子供はいないらしい)が明日やってくるらしいが、十三日の今日――いまいるメンバーでお墓参りに行くことになっている。


 ちょうどお昼時に新田家にたどり着いたので、一緒に昼食をとることに。


 最初は俺も慣れない環境に緊張していたのだけど、みんなフレンドリーな感じで簡単に打ち解けることができた。主にふーちゃんのおじいちゃんにがんがん質問を投げかけられるような感じだった。


 優斗さんのご家族もよそ者である俺に興味津々な様子で、ニヤニヤと俺とふーちゃんを交互に見られていたような気がする。ふーちゃんは、終始俺の隣で『変なこと言わないで』とみんなに注意をしていた。


 そして、昼食後にしばしの休憩時間。三十分後にお墓参りに出かけるらしいので、ふーちゃんたちと一緒に仏壇にお線香をあげたあと、客間の和室で俺は彼女と二人で話をしていた。


 大きな木製のテーブルを挟んで、俺たちはそれぞれ座布団に腰を下ろしている。


「仏壇では何もなかったね」


「だなぁ。まぁあの状況でおばあちゃんに話しかけられても、どう反応していいのか困るけど」


 俺たちの周りには親戚みんながいたのだ。順番にお線香をあげていたのだから当然といえば当然だけども。


 ちなみにふーちゃんは、まだ俺と一緒に寝ることに関して知らない。

 お手洗い以外はずっと俺の目に見える範囲にいたし、彼女がそのことを知れば絶対にわかりやすい反応をすると思うのだ。夜が楽しみである。


「そ、その、邁原くん息苦しくなったりしてない? 初めて会う人がいっぱいでしょ? 気疲れしたらちゃんと言ってね? 私がなんとかするから」


 ふーちゃんは申し訳なさそうに言う。お気遣い感謝である。


「へーきへーき。みんな優しい人だったから、本当になんともないよ。うちは親戚同士で集まったりしないから、なんか新鮮だった」


「そうなんだ。あまり話してなかったけど、舞お姉ちゃんとかも優しいんだよ」


「優斗さんの娘さんのことかな?」


 ずっとニヤニヤしていた印象があるなぁ。なんとなく、斑鳩さんと似た雰囲気のある人だと思った。大学生と言っていたから、それでかもしれない。


「そうそう。――でも、と、時々ね、『血が足りない』とか『三途の川の人口問題が』とかよくわからないことを言っちゃうけど、普段は普通だよ?」


 ふーちゃん、それってたぶん普通じゃないと思うよ? 変な人だと思うよ?


 だけど俺も、ふーちゃんの可愛さに鼻血をしょっちゅう噴き出しているし、三途の川にいっちゃいそうな気持ちもわかるから人のことは言えないのかもしれないなぁ。




「風香、大事な話があるんじゃが――邁原くん、少し風香を借りてもいいかい?」


 お墓参りに出発するまであと十五分――それぐらいの時間になったときに、和室へふーちゃんのおじいちゃんが訪れた。


「はい、もちろんです。丁度荷物を整理しようと思っていたので」


「そうかそうか。風香もええかの?」


「うん、大丈夫だよ? どうしたのおじいちゃん? ――邁原くん、ちょっと行ってくるね」


「俺のことは気にしなくていいから、ごゆっくり」


 ふーちゃんには手を振って、そしておじいちゃんには頭を下げて見送った。


「……ふう」


 整理する荷物はないが、状況を整理する必要はあった。


 仏壇がダメだったとなると、次の候補としてはやっぱりお墓――そこでもダメなら、手当たり次第にふーちゃんのおばあちゃんがいそうな場所を探すことになる。


 表面には出していないが、仏壇がダメだった時点で俺は少し焦りだしていた。もしこのお盆でなんの成果も得られなかったら、また振り出しだから。


 振り出しに戻ったとしても、ふーちゃんを死なせるつもりは毛頭ないし、予知夢がふーちゃんの死を予言するというものなら、全力でぶち壊すだけ――だけど、このお盆で解決することが一番であることには違いない。


 もうふーちゃんは友達ができて、俺とも親しくなり、毎日充実した日々を送っているのだ。もう彼女は死を意識して生きる必要はないと思うんだよ。


 だからもし死後の世界から俺たちを見ているのなら、なんとかしてくれよ、ふーちゃんのばあちゃん。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「そこに座りなさい」


「う、うん。大事な話ってなに?」


「美代子のことじゃ」


「……おばあちゃんのこと?」


「うむ――その前に、風香に確認しておきたい。邁原くんは風香にとって大切な人かの?」


「…………うん」


「ほほっ、正直でよろしい。では、ようやく美代子の遺言が伝えられるの」


「ゆ、遺言!? なにそれ!? わ、私なにも聞いてないよ!?」


「美代子に口留めされておったからの。『風香が高校二年生の夏、大切な人を連れてきたら私のお墓まで一緒に来てもらってください』ということじゃ。美代子のことじゃから信用しておったが、まさか本当に連れて来るとはの」


「ま、まだ生きている時にそんなこと言ってたの!? おばあちゃん、み、未来が見えてたの!?」


「美代子はまれに予知夢を見ておったからの。おそらくずっと前から、今日のことは知っていたのじゃろう」


「…………そう、なんだ」


「うむ。話はそれだけじゃ、邁原くんと一緒に美代子に元気な姿を見せてやってくれ」




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