第75話 お盆
バーベキューが終わり、またひとしきり海で泳いだりビーチバレーを楽しんだりしてから、帰りはまた千田家の車にのって、俺たちはそれぞれの家に帰宅した。
七人で作ったグループチャットには、夏らしい思い出の写真が数十枚乗せられており、それを見るだけでも楽しい気分が呼び起される。
ピリピリする肌の痛みに耐えつつ風呂を終えてから、俺はその写真たちを再度見返していた。
「なんだかんだ、安全な海だったな」
予知夢のことがはっきりしない以上、今まで通り俺はふーちゃん周りの警戒をしていた。
海にサメがいないか、天気が急に崩れて落雷が落ちてこないか、周囲に変な人がいないか――『そんなことありえないだろう』というレベルの可能性も気にかけてはいたが、それでも楽しかったと思える。斑鳩さんたちがいてくれたおかげでかなり助かった。
本人たちは普通に遊んでいただろうけど、彼女たちが危険の防波堤の役目を果たしている部分も多々あったので、俺としては感謝の気持ちでいっぱいである。
お礼を言ったところで首を傾げられそうだから、スイカのお礼を目いっぱい言うだけにとどめておいた。
チャットグループの画面を閉じ、自分のフォトフォルダを開く。
そこには俺とふーちゃんのツーショット写真がたくさん入っていた。とても可愛い。
グループチャットにいるふーちゃんの写真はパーカーを身に着けているものばかりなのだけど、こちらは水着ばかりだ。顔を赤らめているふーちゃんが多い印象。
「どうにかなってくれるといいけど」
お盆になってふーちゃんの実家に行ったとき、一番まずいのは普通に過ごしてしまうことだ。何の変化もなく、現状維持してしまうこと――これはすなわち、彼女の死を否定できないということになってしまう。
幽霊の存在には懐疑的ではあるけれど、ふーちゃんが予知夢で死んだ祖母の声を聞いている以上、目に見えずともそういう存在はいるのだろう。
だから、幽霊に会わなければならない。いや、必ずしも会う必要はないのだろうけど、ともかく祖母の元に行かなければならない。
このふーちゃんと過ごした夏を――決して最後になんてしてやるものか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「うちの子のことをよろしくお願いします」
ふーちゃんの実家に向かう日。俺は母さんと一緒に新田家を訪れていた。
電話で済ませてもいいんじゃないかなぁと思ったけれど、母さんとしては『それは礼儀がなってない』とのことだったので、俺を車でふーちゃんの家に送るついでに挨拶をしてもらった。
ちなみに父さんは仕事なのでいない。母さんに言伝を頼む形になっていた。
「はい、息子さんは責任を持ってお預かりしますので、ご安心ください――といっても、勇進くんはとてもしっかりしていますから、あまり必要ないことかもしれませんが」
「たしかにそうだね。勇進くんは本当にしっかりしてる――いちおう適宜連絡をとっておきましょう」
そんな会話をしてから、母さんは二人にデパートで買った菓子折りを手渡して、帰っていく。俺に『楽しんできてね』と言葉を残して。
「私は自分のことだから頑張るけど、邁原くんは楽しんでね?」
「へーきへーき。どんな内容だろうと、俺はふーちゃんと一緒だったらなんでも楽しいからさ」
「……うん、ありがと」
保護者のいないところでそんな会話をしてから、トランクに荷物を載せさせてもらい、車にお邪魔する。
これから約三時間は車の旅だ。
運転は風斗さんで、助手席に香織さん。俺とふーちゃんは後部座席に座るような感じ。
この移動時間だけでも、俺は十分に幸せすぎるんだよなぁ。
「あら、風香寝てるの?」
車が県外に向けて出発して一時間ほど。助手席に座る香織さんが後ろを振り返って聞いてきた。
「はい、寝てるみたいですね。めちゃくちゃ可愛いです」
「ふふっ、本当に勇進くんはストレートに物を言うわねぇ。あなたも見習ったら?」
「ま、また今度ね」
いじわるそうに言う香織さんに、風斗さんはたじたじだ。なんとなく、夫婦の上下関係が見えた気がした。
現在ふーちゃんは、俺の肩を枕がわりにしてすやすやと寝息をたてている。もしかすると、昨日は色々考えてあまり眠れていなかったのだろうか? 理由はともあれ、俺の隣が安心できる場所と認識してくれているようで嬉しい。
もっとジッと観察したいところだけど、お義母さんとお義父さんの目があるから我慢することにした。ゆくゆくは結婚したいと思っている相手の両親なのだ。絶対に変に思われてはならない。
そして予知夢のことも、ふーちゃんが隠している以上俺も隠し通さなければならない。
「――あ、風香にはまだ言ってないんだけど、部屋数の関係で二人は同じ部屋で寝てもらうことになるんだ。仲が良いのはとてもいいことだけど、節度を守ってね」
風斗さんからそんな風に釘を刺される。それはいわゆる年齢制限があるような内容のことだろうか? 大丈夫、恋人じゃないうちはそんなことをするつもりはない。
「もちろんです。俺はふーちゃんの寝顔を見られるだけで大満足ですよ」
幸せ百二十パーセントである。
俺がそう答えると、風斗さんは前方に目を向けたまま満足そうに頷く――がしかし、隣の香織さんは許さなかった。
「あらあら、おかしいわね。私は高校生のころ誰かさんに手を出された記憶があるんだけど? どの口が『節度』なんて言ってるのかしら?」
「…………勇進くん、せめて実家ではやめてくれるかい?」
「しませんから! しませんからちゃんと運転に集中してください!」
ふーちゃんが起きていなくてよかった。起きていたら、どんな反応をしていたのか気になるところではあるけれど、絶対に気まずい空気になりそうだからなぁ。
まぁでも、同じ部屋で寝ると知ったときのふーちゃんの反応は見られるから、それを楽しみにしておこうか。
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