第73話 スイカ割り




 軽く海で遊んだあとは、バーベキューの準備を始めつつ、同時進行でスイカ割りをすることになった。食後のデザート的に食べるのもよかったけれど、斑鳩さんに棒やシートを借りていることだし、あまり後回しにすることはできない。


 時刻は昼の二時前、みんな昼ご飯を食べていないようで、お腹もかなり空いている頃合いだ。これぐらいのサイズのスイカなら食べても大丈夫だろう。


「じゃあ一番手は保護者チームだな――頑張ってください」


 割りばしのくじ引きによって、順番を決める。

 今回はスイカが四つあることだし、対戦形式をとることにしたのだ。


 俺とふーちゃんチーム。和斗と有紗チーム。誠二と千田、雪花チーム。それから保護者チームの四組だ。


 スイカをレジャーシートの上にのせ、スイカ割り担当は目隠しをしてその場でぐるぐる回る。十周回ったのち、もう一人の指示に従いスイカを棒で割る。


 この十周回った後からのタイム――そして、どれだけスイカを綺麗に割ることができたかの二つで得点を競い合う形だ。


「ふふっ、なんだかワクワクするわね」


「お母さん変な指示出さないでよ?」


「あら、信用ないのね」


 ふーちゃんと一緒にバーベキューのコンロを組み立てながら、二人のやりとりを見守る。


 結構近くにいるから、間違ってこちらに棒を振り下ろしたりされたら怖いなぁ。もしそうなったらそうなったで、白刃取りでふーちゃんにカッコいいところを見せるチャンスになるかもしれない。


 スイカを設置し、菜月さんが目隠しをしたところで俺たちは手を止めた。


「じゃあ十回転ね。よーい、スタート!」


 千田がスマホを片手に、合図をする。どうやらあれでタイムを計測しているらしい。


 菜月さんは棒の先におでこをくっつけて、下を向くような形で回転を始めた。あの形で回ると酔いやすいんだよなぁ。


「――う、おぇ」


 回っている途中でえずくような声が聞こえてきた。回転のスピードも急激に遅くなる。


「お姉ちゃん、吐いたら失格だからね」


「わ、わかってるわよ! ――うっぷ」


 菜月さんはフラフラになりながらも、なんとか回転をこなし、千田のお母さんが指示を出し始める。


「右周りに二百七十度ぐらい!」


「右に二百七十度? えっと、こっち向きで――って左に九十度って言えばよかったじゃん!」


「あっ、少し回りすぎよ。左に三百五十度回って」


「右に十度って言ってよぉおおおおお!」


 千田のお母さん、なかなか曲者だった。


 その後も、菜月さんはお母さんからの『後ろを向いて、二歩半後ろに下がって』みたいに無駄ではあるが的確な指示を菜月さんにだし、二分三十秒かかって、スイカの端を削り取るような結果を生み出した。


 これは……ドベかなぁ。


 普通に指示を出しても難しそうだけど、菜月さんはかなりフラフラだったし、千田のお母さんは明らかに娘で遊んでいたし。


 罰ゲームはないから、別に勝ち負けはそこまで気にする必要はないんですけどね。

 それから保護者チームに続き、誠二チームが挑戦。


 誠二は回転してもそこまでフラフラしなかったが、指示役が二人いた影響で、何度かぽかんと立ち止まる時があった。


 結果は四十七秒。スイカは三分の一ぐらいのところで割れた。


 そして次に、和斗チーム。

 こちらは有紗がスイカ割り担当で、和斗が指示役をやるらしい。


 和斗の指示は的確、しかし有紗が途中で『スイカの気配がする』と言って見当違いなところに向かって棒を振り下ろしたりした影響で時間が掛かってしまっていた。


 それでも、時間は四十二秒。振り下ろした棒は綺麗にスイカの真ん中をとらえていたのだが、何度か外してしまった弊害なのか、スイカは半分ほどしか割れなかった。


 そして最後、大トリを務めるのは俺とふーちゃんチームである。

 これはいわば、二人の相性、チームワークが活かされる競技だ。


 ふーちゃんと組む以上、絶対に負けるわけにはいかない。


「ふーちゃんやらなくてよかったの?」


「うん、私力がないし――それに、邁原くんが割るところみたいから。頑張ってね」


 ふーちゃんがそう言って、ぐっとこぶしを握る。その声援だけで俺はスイカ割りのプロフェッショナルになれるよ。


「じゃあ最後、邁原&新田さんチーム! 四十秒は切らないと優勝は難しいよ!」


 いつのまにか進行役に収まっていた千田が、俺たちに向かって言う。


「余裕余裕。俺とふーちゃんの愛の力、見せてやろう」


「ま、邁原くん!? そ、それだと私も邁原くんに対して愛があるって言っちゃってるから……」


「おぉ、間違えた――あ、ふーちゃん、俺が目隠ししている間はさ、そこから動かないでくれる?」


「う、うん。わかった」


 そんな話をしてから、俺は目隠し用のタオルを千田から受け取る。


 もうすでにスイカ割りを終えた面々も、俺とふーちゃんペアをしっかり見守ってくれているようだ。誠二が「変なことしそう」とかよくわからないことを言っているけど、とりあえず聞かなかったことに。


 スイカ割りに使う棒を脇に挟んで所定の位置まで移動し、地面に棒を突きさしてから、俺はタオルを頭に巻き付けた。


「じゃあ十秒間、回転スタート!」


 千田の合図を聞いて、俺はその場で回り始める。


 五秒目ぐらいまでは余裕だった。七秒で『あれ? 案外きつい?』となり、十秒経つ頃には、普通に立っているだけで体が傾く程度には三半規管がおかしくなってしまっていた。


 俺は地面に突き刺した棒を杖替わりにしてよたよたとしつつも、ふーちゃんに声を掛ける。すぐに回復させねば。


「ふーちゃん、どこにいる?」


「ここだよー?」


 ふーちゃんの声が聞こえた。酔いは一瞬にして消え去った――気がした。


 なるほど、ふーちゃんの座標は把握。ふーちゃんイヤーのお陰で、彼女がどれほどの距離、そしてどの方向にいるかなんてすぐにわかる。


 あとは、地面に突き刺した棒と彼女の声の位置を頼りに、スイカの場所を導き出す簡単なお仕事だ。


「じゃあ、このあたりかな?」


 俺はテクテクと砂の上を移動し、棒を上段に構える。


「も、もしかして見えてるの?」


「見えないけど、ふーちゃんがどこにいるかわかるから」


「そ、そうなんだ」


 スイカを綺麗に割った後、指示役であるふーちゃんの楽しみを奪ってしまったと後悔して俺は彼女に土下座したのだった。




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