第72話 刺激が強すぎる




 勝負の結果、罰ゲームは和斗になった。


 自分で提案した罰ゲームの内容に苦しめられるがいい――と思ったけど、残りのダッシュ三本だけ俺と誠二も一緒に走って、ヘロヘロになりつつある和斗を盛大に煽ってあげた。持つべきものは友達ですね。


「えい!」


 罰ゲームを終えて砂浜に寝そべっている和斗を眺めていると、後ろからパシャっと水を掛けられた。振り返るまでもなく、声でふーちゃんだとわかる。


 後ろを振り返ると、彼女は前かがみになって水を両手で掬っていた。そして俺を見上げ、楽しそうな笑みを浮かべている。


 ……非常によろしくない。胸元はあまり見えないようになっていたとはいえ、その態勢では嫌でもふーちゃんの二つのふくらみに目が吸い寄せられてしまう。


 まずいぞ。胸に目を奪われる人間だなんてふーちゃんに思われたくない――しかし、抗えない魔力がそこにはある……!


「抱きしめていい?」


「な、なんで!?」


「そうすればふーちゃんを堪能できるし、俺の視線がどこを向いているかなんてわからないから」


 俺がそう言うと、彼女は体を起こして慌てた様子で胸元を隠した――だが、すぐに手を離す。


「べ、別に恥ずかしくないもん。水着だし」


 そう言って、逆に『好きに見るがいい!』とでも言うように彼女は胸を張った。顔は真っ赤だけども。


 意識しているのかそうでないのかはわからないが、ふーちゃんは半歩だけ移動して、誠二や和斗には見えないように立ち位置を調整していた。


 彼らは彼らで、有紗や千田たちにからかわれているから見る余裕はないとおもうけどなぁ、俺には見せていいって解釈しちゃっていいのだろうか。


 いろいろごちゃごちゃと考えるのはやめよう。俺も楽しまないと。


 俺は胸を張っているふーちゃんめがけて、大量の水を掛けた。いちおう、顔にはかからないように加減して。


「わわ――っ、ちょ、ちょっとは加減してよ!」


 ふーちゃんの可愛らしい『パシャ』って音とは違い、俺のは『ドシャァア』って感じだもんね。これでも鍛えてますので。


「これでも加減してるんだよ? 本気を出したらふーちゃんたぶんこけちゃうぜ? そしてこけたら俺がすぐに助けにいく――つまり、ふーちゃんの体に触れるということだ」


「……試しに本気でやってみて」


「いいの? 顔とか掛かっちゃうよ?」


「だ、大丈夫だから!」


 おお、ふーちゃんが臨戦態勢だ。俺の本気を食らってみるのもいい経験になると思っているのだろうか。ならば遠慮はすまい。俺としてはふーちゃん救助したいし。


「じゃあいくぞ~、おらおらぁ!」


 明日の筋肉痛など気にしない――ふーちゃんの期待に応えるべく、俺は全身全霊で水をふーちゃんに飛ばした。しかも連続――息をする間も与えないほどの断続的な攻撃に、ふーちゃんは後ろにバシャンと水しぶきを上げながら倒れた。


「きゃあ~」


 なんかわざとらしく倒れたような気がしなくもないけど、こけたのならば助けなければなるまい。役得と思うことにして、倒れたふーちゃんの背に右手をまわし、左手も握ってぐいっと水中から引き上げる。


 ふーちゃんの肌の感触が、そして目をきゅっと瞑っている彼女の顔が、何もかもが俺の心臓を激しく動かそうとしている。


 ドキドキであばら骨が折れそう。


「――あ、ありがと」


「こちらこそありがとうございます」


「ち、違うでしょ! もうっ、ばか」


 俺の腕の中に納まっているふーちゃんは、そう言ってから俺の胸をトンと軽く叩く。


 そして、視線は俺の胸元から腹のほうへ。ふーちゃんの指先が俺の腹筋をなぞった。


「く、くすぐったいんですが」


「えへへ、邁原くんこしょこしょに弱いんだ」


 ふーちゃんは指の動きを止めない。ブロック状になった腹筋の溝部分を、指ですいすいとなぞる。身をよじってしまいそうになるが、この幸せな態勢を崩したくはない。


 天に祈るような気持ちで顔を上げようとすると、その途中で千田と目が合った。

 誠二、和斗、有紗、雪花の四人は泳いで遊んでいるようだったが、千田だけはジィっと観察するようにこちらを見ており、俺と目が合うと彼女はニヤリを口角を上げた。


「節度をわきまえてイチャイチャするんだよ~、ここ、公共の場だからね~」


 彼女はそう俺に告げると、有紗たちがいる方向へクロールで泳ぎ始める。


「――っ!?」


 ふーちゃんは慌てて俺の腕の中から脱出、千田がいた方向を見て、そして俺を見て――プルプルと震えたかと思うと、ゆっくりと海の中に沈んでいく。


 だけど俺たちがいる場所は浅いから、ぎゅっと体を縮めても、顔を隠すどころか肩すらも出てしまっているような状況だ。


 膝を抱えて水中に座っているふーちゃんは、拗ねたように口を開く。


「……ごめんなさい」


「謝ることはないよ――俺だってふーちゃんを抱きかかえていたんだし、もともと俺がこけさせたんだからさ――ほら、立った立った」


 そう言って彼女の手を握り、再度彼女を上に引き上げる。今度は背中に手を回さず、支える程度だけにとどめて。


 彼女はしょぼんとしてしまっている。俺に注意しておきながら、自分がやってしまったとでも思っているのだろうか。気にしなくていいのに。


「――はっ!? 俺もふーちゃんのお腹を触ればお相子なのでは?」


「だ、だめに決まってるでしょ! お腹はだめなの! お腹じゃなかったら……いいけど」


 やめてください。

 思春期の男の子には刺激が強すぎる発言ですよそれは。

 


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