第71話 きゃっきゃうふふ



 あとで話を聞いたところ、斑鳩さんたちはあと二時間ほどのんびりしているとのことだったので、スイカは一旦クーラーボックスに収納して海に向かうことにした。棒とレジャーシートの返却はもう少しあとでもよさそうだし、とりあえず海につかりたい。


 スイカはハンドボールより小さいぐらいのサイズだったので、数本のペットボトルを出せばなんとか収まったけれど、もう少し大きかったら胃袋的にもクーラーボックス的にも入らなかったところだ。危なかった。


「あんまり見ないでね?」


「可能な限り前向きに検討して善処するね」


「う、うん」


 俺とふーちゃん、それから千田家の保護者二名以外は、すでに全員海に走っていった。有紗は浮き輪を装備しており、千田はビニール製のボールを持っていっている。


 取り残されたふーちゃんは、『早く私も行かないと』という意思を持ちつつも、恥ずかしさがあって少しためらっている様子。


 だが一度深呼吸をすると、意を決したように勢いよくパーカーのチャックを下ろし、服を脱いだ。


 前に試着室で見たけれど、改めて見ても可愛いと思う。


 そしてあの時は上半身しか見えていなかったけれど、今は下もしっかり見ることができた。白の短パンで、丈は結構短め。太ももが光を反射して輝いているように見えた。


「へ、変じゃない?」


「とんでもなく可愛いのはいつも言っていることなんだけど、普段は見えないふーちゃんの素肌が俺にはまぶしすぎる。もっと見たかったけど、直視はするのは結構気合がいる。今すぐに抱きしめたい衝動を俺の理性がギリギリ抑え込んでいる状態なんだ。鼻血を噴きだしたりいきなり抱きしめたりしたらごめんね。先に謝っておくよ」


 この海、ふーちゃんの可愛さによって赤くなってしまったりしないだろうか。俺は心配です。


「が、我慢して! 他の人もいるんだからね!」


 囁き声ではあるけれど、ふーちゃんは俺の耳元で必死に叫ぶように言った。


「なにそのまるで『他の人がいなかったら抱きしめてもいいよ』と言いたげな言葉」


「……違うもん。そんなこと言ってないもん」


 もじもじふーちゃんである。


 ふーちゃんが俺のことを好きである可能性が高まるほど、予知夢も俺の願望――『ふーちゃんは元々俺のことが好きで、予知夢は俺との関係を深めるためのもの』という説が濃厚になってくるので、嬉しいことづくしである。


 まぁこの予想が正しいか正しくないか、正確に判断できない以上、彼女は俺のことをどう思っているのかは口にしないだろうなぁ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「おらおらぁ~、ふっかちゃんくらえぇ!」


「わわっ、あ、有紗ちゃん!?」


「悔しかったらその胸の体積を半分わけ――ぶはっ!?」


「あっはっは! 油断大敵~」


「結奈も油断大敵ですよ」


「――ちょっ!? まってこころ!?」


 水深が膝上ぐらいのところで、女子たち四人が高い声ではしゃいでいる。

 一人で過ごすことが日常だったふーちゃんからは想像がつかない光景だ。楽しんでくれているようで何よりである。


 俺は一足先に、彼女たちが遊んでいる周辺にクラゲなどの毒を持った生物がいないかを探索し終えて、誠二たちの元に戻ってきた。ありがたいことに、周辺には斑鳩さんたちのグループたちぐらいしかいないし、変な男の目線とかを気にしなくて済む。


 誠二は穴を掘ってあさりっぽい貝を集めており、和斗はビニールのボールでリフティングをしていた。


「何やってんだお前ら」


 もうちょっと女性陣を見習ってきゃっきゃうふふしとけよ。まぁ楽しんでいることには違いなさそうだが。


「あっ、勇進パトロールおつかれ。これって食えると思う? 和斗はやめとけって言うんだけどさ」


 誠二はそう言いつつ、手のひらに乗せた十個ほどの貝を俺に見せてくる。


「わからん。わからんということは止めたほうがいいということだ」


「まじ?」


「――まぁ別に食ってもいいけど、もしお前がそれを食って腹を痛めたりしたら、俺が全力で『痛いの痛いのとんでけ』をして、お姫様抱っこで海の家まで搬送してやるよ」


「……やめとくわ」


 げんなりした表情を浮かべた誠二は、名残惜しそうに貝を海に放り投げていた。

 どうやら俺の案は勘弁してほしいらしい。優しさを踏みにじるとは……なんて薄情なやつなんだ!


 なんて冗談はさておき、何をしよう。


「落とした人が負けでやろうよ」


 そう言いながら、和斗が俺にむかってふわりとボールを蹴ってくる。胸でトラップして、まだ地面で胡坐をかいている誠二に向かって蹴った。


「――ちょっ、せめて立ってからにしろって!」


 誠二はヘディングでボールを真上に飛ばし、慌てて立ち上がって数回リフティング。そして和斗の元に蹴る。そんな風にしながら徐々に距離をとって、お互い五メートずつぐらい離れるような形でパスを行った。


「引退した勇進に負けるわけにはいかねぇなぁ」


「そうだね――といっても、ビニールだから感覚が違ってやりづらいからなぁ」


 ぽわんと浮かぶビニールボールを眺めつつ、和斗が苦笑する。


「おーん? 和斗は負ける前から言い訳か? 俺はふーちゃんの視線がある以上、命を賭して勝ちを取りに行くからな」


「一人だけ気合が違うんですけど……罰ゲームはありな感じ?」


「もちろんありで。砂浜ダッシュ十本ぐらいにしとこうか」


 ふむ――妥当なところだな。

 だがしかし、俺の砂浜ダッシュをふーちゃんに見てもらえるということを考えると、俺にとってはご褒美な気もするが――いや、だめだだめだ。やはり勝っている姿を見てもらうことにしよう。


 というかさ――今更だけどなんで男女別れて遊んでんだ。



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