第70話 奇遇じゃないか邁原二年生
俺たちが場所を確保したのは、更衣室や海の家がある場所とは少し離れたところ。
やはり建物周辺はすでに別の海水浴客が場所を取っていたので、俺たちが入る隙は無かった。そこから遠くになるにつれて人も減っていったので、ふーちゃんのナンパを避けるためにも、俺は少し離れた場所を提案していた。
「あ、あそこ空いてるみたいだよ?」
有紗がそう言って前方を指さす。
その指が示す先には、他の泳ぎに来た人たち――パラソルや、大きなテントを立てているグループが四つほどあったのだけど、その丁度中心辺りがすっぽりと空いていた。
というか、ついさきほどまでその場所でビーチバレーをしていた人たちは、場所が狭かったのか海沿いに向かって移動したので、ありがたくその場所を利用させてもらうことにしたのだ。
ビーチバレーをするには少し狭いだろうし、問題ないだろう。
「いってきて誠二! 場所の確保! ほら、他の人に取られないうちに!」
有紗が誠二に指令をだす。和斗はパラソルを抱えているし、俺もクーラーボックスを持っている。ちなみに誠二はバーベキューのコンロを抱えているから、一番走りづらそうではあるんだよな
「なんで俺なんだよ……どう考えても俺が一番走れないだろ」
「こういう過酷な環境で走ってこそさらにスピードアップができるはず! マネージャー命令よ!」
それを聞いた誠二はげんなりとした表情を見せたあと、小走りで目的の場所へと走り出す。まぁ、一人で走らせるのは可哀想なので俺も参戦することにしよう。
俺は和斗とアイコンタクトを取ったのち、クーラーボックスを揺らさないように気を付けながら、走り出した。
追い抜きざまに、俺と和斗は誠二を見て笑う。
「ドベはかき氷おごりなぁ!」
「お先に~」
「はぁあああああ!? どう考えても俺が不利だろ!」
俺と和斗が追い越すと、慌てた様子で誠二も走り出す。本気モードのようだが、いかんせん荷物が大きいのでトップスピードも俺たちには敵わない。もし転んだら痛いの痛いのとんでけをしてあげよう。
「だからハンデとして先にスタートさせてやったんだよ」
「そういうことだね、――あ、転ばないよう気を付けて」
そんな捨て台詞を残して、俺と和斗は走っていった。ちらっと後ろを振り返り、ふーちゃんの周囲に変なやつらがいないか確認。大丈夫そうだ。
しかし、わりと駐車場から近い場所に広々とした場所がとれたな。
ビーチボールをしていた大学生っぽい女性陣たちには感謝感謝である。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「奇遇じゃないか邁原二年生」
手分けしてレジャーシートを敷いたり、パラソルとテーブルの設置をしたりしていると俺に声を掛けてくる女性がいた。ちょうどふーちゃんと一緒に作業していたところだったから、彼女もいっしょに女性のほうを向く。
「――あ、前にエレベーターで会った……」
そう、その女性は以前エレベーターで一緒に乗り合わせた大学生の女性だったのだ。特徴的な名前の呼び方だし、なんとなくかっこいい雰囲気の女性だから印象に残っていた。
脇にはビーチボールを挟んでいるから、さっきまでここで遊んでいたのはこの人たちだったようだ。
「覚えていてくれたのだな――えっと君は」
「わ、私は新田風香です」
「そうか、新田二年生。名乗るのが遅れたが、私は
斑鳩さんは、首を横に倒しながらそんなことを聞いてくる。
「……えっと、いいんですか?」
「もちろんだとも。私たちはもう一通り遊んで、もう少ししたら帰ろうかと思っていたところだ。スイカをここまで持ってきておいて、そのまま持って帰るのも荷物になるだけだからね」
本当にもらってしまっていいのだろうか? おそらく俺たちの話を聞いていたであろう周囲のメンバーに目を向けて見ると、勢いよく頷いていた。
夏と言えば海――海と言えばスイカ割り――ってぐらいには定番だからなぁ。
俺もふーちゃんにカッコいいところを見せられるチャンスかもしれない。
ちらっとふーちゃんにも目を向けてみる。彼女は俺の海パンを摘まんでいて、俺を見上げて「も、もらおう!」と少しワクワクした様子で言ってきた。
ふーちゃんが賛成ならもうそれは多数決で勝ったようなものだ。彼女の一票は一億票に値する。
「じゃあ、いただいてもいいですか?」
「わかった。では保護者も含めて――九人だな。四つ用意しよう」
そう言ってから斑鳩さんは、手を上げて指を四本立てる。すると、俺たちの周囲にあった四つのテントから、四つスイカを抱えた女性が四人――尋常じゃない速さで登場した。そのスピードは、誠二を軽く超えている。
「あ、あの……?」
合計十六個のスイカが集まった。サイズが小ぶりとはいえこれはさすがに食べられない。
というか周りの人、みんな斑鳩さんの知り合いなの? しかも、結構距離があったけど、会話の内容が聞こえていたの?
斑鳩さんは集まった女性たちのスイカから、四つを吟味して選び出し俺とふーちゃんに二つずつ渡してくれる。
「では、危なくないように楽しんでくれ。棒とレジャーシートはこちらのものを貸すから、終わったときにでも返してくれたらいい」
そう言って、斑鳩さんはクールに去って行く。なんか、カッコいい女性だな。
誠二は去って行く斑鳩さんの後姿をぼうっと目で追っている――なんとなくだけど、あの女性は止めたほうがいいんじゃないかなぁと心の中で思った。
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