第69話 海だー!
目的地までの移動は、だいたい車で三十分ほどだった。
もしバスで移動していたら一時間以上かかる予定だったから、千田家には心から感謝である。到着したときも、もう一度お礼を言っておいた。
今回俺たちが向かった場所は、海辺で遊ぶこともできるけれど、近くには大型のプールもあるような場所だ。そちらは入場料やらがかかるけれど、海は無料。
夏休みとだけあって、プールのほうも海のほうもどちらも大変にぎわっている様子である。
で、海のプールの境にある建物の近くには、海を利用する人のために更衣室が設置されてある。俺たちはその場所を使って水着に着替えた。
「チラ見は仕方がない。だが、ふーちゃんをマジマジと観察したらお前らの視力は無くなるものと思え」
「怖いって! というか、俺は新田さん別にタイプじゃないから大丈夫だって。勇進がアホみたいに体育祭で叫んだ通り、俺は年上のほうがいいし」
「お前ふーちゃんが可愛くないって言ってんのかあぁん!?」
「俺はなんて答えればいいんだよ!?」
なんて一割冗談の会話を誠二と交えつつ、更衣室を出て海に向かう。日差しを浴びた砂浜は熱くなっていて、じっとしているとやけどしそうなほどだった。サンダルでも持ってきておけばよかったかなぁ。
俺と誠二のやりとりを見て苦笑していた和斗が、俺の身体を上から下まで眺め『それにしても』と口にする。
「勇進は本当にしっかり鍛えてるんだね。僕らは部活で運動しているから当然といえば当然だけど――あぁ、そういえば朝は新田さんとランニングしてたっけ」
誠二や和斗は当然だと思っているようだけど、皆が皆、そんなに筋肉がついているわけじゃないと思う。
「さすがに夏休み中はしてないけどな。それでも俺は空いた時間で筋トレとランニングはしてるぞ。ふーちゃんに少しでも『かっこいい』って思ってもらいたいし」
「……勇進を見ていると、なんだか自分も頑張らなきゃなって思うね」
「おーい、お前らのろけはやめろー。ここにフリーの人間がいるんだぞー」
「俺もフリーだから安心しろ」
別に付き合ってないもんね。デートしたりプリクラとったりカップル専用のパフェを食べたりしたけど、非常に残念ながら恋人じゃないもんね。
俺のフォローがお気に召さなかったのか、誠二は「はん」と鼻で笑って、冷めた目を向ける。
これはあれだな、『お前らはもう付き合っているようなもの』と言いたいんだな。
いやー、困っちゃうなー、そっかー、付き合っているように見えちゃうかー、お似合いに見えちゃうかー、嬉しいなぁ。
とても気分がいいので、あとで飲み物ぐらい奢ってやろう。
「ほら男性陣、しっかりと女の子たちの水着姿を褒めなきゃダメだよ」
更衣室を出て、ふーちゃんたちを待つこと五分ほど。千田のお姉さん――菜月さんを先頭にして、六人がぞろぞろとやってきた。
周りには他の海水浴客がうようよいて、その中の数人の男どもがチラチラとこちらを見ていたので、視線で威嚇しておいた。焦ったように視線を逸らされたけど……そこまで怖い顔していたかなぁ。
ちなみに、千田のお母さんとお姉さんは私服姿のままだ。
ビーチでバーベキューをしていそうな感じのパーカーと短パンを着ていたから、『水着にはならないんだろうな』と思っていたけれど、予想通り。
そしてふーちゃんも同様、白のパーカーを着ていた。チャックは体の半分ぐらいまで上げているし、水着は元々谷間が見えるような形状をしていないので、独占欲が強い俺もにっこりである。
俺はふーちゃんの元に真っすぐ歩み寄って、「すごく可愛いよ」と伝える。
「邁原。新田さん大好きなのはいいけど、私たちに一切目もくれずに何も言わないのはショックなんですけど?」
俺の左斜め前方から千田の声がする。別に好きな男以外に見られても嬉しくないだろうに。
「うんうん、みんな似合ってるよ」
「せめてこっち向いてから言うべきでしょ!」
だってそっちを向いたらふーちゃんが見えないじゃないか。もじもじと恥ずかしそうにしているふーちゃんはレア度高めなんだぞ。最近特に、ぐいぐいくるようになっていたし。だんだんと照れているふーちゃんの希少価値が高くなってきているんだ。
「ま、邁原くん、ちゃんと結奈ちゃんたちも見て上げてね? で、でも、ちょっとだけだよ?」
「おや、これはもしかしてふーちゃんも嫉妬を……」
「……違うもん。邁原くんが他の人に『変態』って言われないようにって思っただけだもん」
「なるほど、ちなみにふーちゃんを見るのはいいの?」
「……好きな人を見ちゃうのは変態じゃないもん」
そうらしい。ということで、不本意ながら女性人員の水着を見てみることに。男勢は特に言及する必要はないだろう。どこにでもあるシンプルな海パンだ。
千田――彼女はビキニである。黄色と赤の配色、以上。
雪花――彼女はワンピースっぽい水着だ。色は水色、以上。
有紗――彼女はふーちゃんと似たような水着だが、胸のふくらみが小さめ。色は黄緑と白、以上。
「みんないい感じじゃないか」
「……この人、一人当たり二秒ぐらいしか見てませんでしたね」
「まぁ勇進だしね~。ふっかちゃん大好きだからしょうがないよ」
俺が再度感想を述べると、千田は呆れたようなため息を吐き、その後に雪花と有紗がこれまた呆れたように話している。ふっかちゃん呼び、継続してるんだな。
俺としては頑張ったほうなのだ。ふーちゃんに対する誉め言葉ならいくらでも出てくる。
しかし千田と雪花はまだいいんだが――長い付き合いであり、さらに和斗の彼女である有紗を褒めるのは少し気恥ずかしい。
「ま、邁原くんもかっこいいよ……? そ、その、腹筋すごいね」
はい! ふーちゃんからの『かっこいい』いただきました! もうこの言葉で十年は生きていけそうです!
「せっかくだし触ってみる?」
シックスパックでカチカチだぜ?
ふーちゃんが『ばか!』と罵倒してくるのを待機していたのだけど、彼女は俺の予想とは違う行動を取った。ゆっくりと俺に近寄り、顔を寄せてくる。そして耳元で囁くように、
「あ、あとで、みんなが見てない時に――いい?」
「……もちろんです」
鼻血を我慢できた俺を、どうかみんな褒めてほしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます