第67話 予知夢のこと
ふーちゃんの目的の買い物を終えてから、少しだけ店内をぶらついてから、俺たちは帰宅した。あまり遅い時間まで遊んでも彼女の両親が心配するかもしれないし、視界が悪くなると危険度もその分上がる。
ふーちゃんを守りたい俺としては、あまり出歩きたくない時間だ。
大丈夫だから――と遠慮するふーちゃんを説得して、家まで送り届けてから俺も家に帰る。
今日は本当に充実した一日だった。
それはきっとふーちゃんも一緒なのだろう、いつもよりテンションが高いというか、攻めの姿勢がチラチラと見えていた。
信号待ちで俺が『ふーちゃんよーし!』といつものように言うと、彼女は『邁原くんよーし!』とノッてきたし、別れる際には名残惜しそうな表情をしていた――ように見えた。
「あの笑顔を曇らせてたまるかってんだ」
風呂を終え、自室のベッドで横になりながら呟く。
現在八月――運命の時まで、残り八カ月半ってところだ。
スマホで今日撮った写真やプリクラを眺めたあと、メモ帳を開く。あまり見たくなかったけれど、目を逸らすわけにはいけない言葉を。
『一年以内に、あなたは私の元へ来るでしょう。死に怯えず、一日一日を噛みしめて生きなさい』
これは、ふーちゃんが予知夢で聞いた祖母の言葉だ。
ふーちゃんは朝目覚めてすぐにこの文言をメモしていたらしいし、俺は彼女の言葉を聞いてからスマホにメモを取っておいた。だから、これで間違いはないはず。
「……『死ぬ』とは言ってないんだよな」
私の元に来るでしょう――という迂遠な言い回しで死を連想させているけれど、仮に彼女が死ぬ運命にあったとしたら、祖母はそれを避けさせるために言葉を残すと思うんだよな。
祖母が何を知ってこの言葉をふーちゃんに伝えたのかわからない。
いままでは単純に、『死んでしまう孫のために、残りの人生を楽しませようとした』と考えていたけれど、妙な話だ。
俺が『嘘であってほしい、間違いであってほしい』という願いのせいでそう思えてしまうのかもしれないけれど、でも、やっぱりおかしいと思う。
だって、彼女は予知夢によって一度遊園地での事故を回避している。
それはいわば、『死の運命を回避している』ということなのだ。となると、死の運命というものは、行動次第で回避できるということになっている。
「……よく考えると、やっぱり変だよな」
ならば、祖母はふーちゃんがその運命を回避できるように言葉を残すはず。死の原因も、日にちも、何も伝えないのは彼女のためになるとは思えない。
情報が、漠然とし過ぎている。
「……あえて曖昧にしたと考えるべきか」
あえて曖昧にする意味――それはなんだろう。
普段はふーちゃんの可愛さを堪能することに注力させている脳みそを、フル回転させる。
例えば――そうだな。『交通事故で死ぬ』という言葉が残されていたとしよう。
ふーちゃんは、どういう行動を取るだろうか。そして、俺がそれを知ることができたら、どういう行動を取らせるだろう。
ふーちゃんはわからないけど、俺はたぶん、一年間家から出ないように説得するかもしれない。そしてさらに、家の一階に降りることさえも避けてほしいと言うかもしれない。車が家に突っ込んでくるなんてニュースを見たことがあるし。
「……命は助かるかもしれないけど、病みそうだな」
日付が指定されていたらどうだろう。
三月十五日に死ぬ――そんな情報があったら、ふーちゃんは、そして俺はどうするだろう。
たぶん、今とあまり変わらない気がするな――いやでも、今よりはスローペースで動いているか。だって今のふーちゃんは、『明日死ぬかもしれない』の気持ちで動いているのだから。最後のほうは、かえって自暴自棄になってしまう可能性もある。
「……わからん――じゃないな、もっと考えよう」
考えることを放棄してはいけない。他の誰でもない、俺の世界で一番好きな人のことなのだ。せっかく予知夢の別の解釈の可能性に気付いたのだ。もっともっと、深く考えなければ。
「前提から考えなおすか――そもそも、予知夢はふーちゃんのための言葉だ。ふーちゃんが、幸せになるために彼女のおばあちゃんが伝えた言葉だ」
今回の予知夢で、彼女は幸せになっているのか?
もし予知夢がなかったら、彼女はいまどうなっていた?
「一年のころと……なにも変わっていない気がするな」
もし予知夢がなければ、彼女は目立たず静かに教室で過ごし、誰かと深く関わることもなく、俺のしつこい挨拶に軽く反応してくれるだけ。そんな日々が、今も続いていたような気がする。
すなわち大きな変化としては、俺なのだ。
いま彼女の生活に深く関わっているのは、俺なのだ。もちろん、ずっと一人だったふーちゃんに千田や雪花という友人ができたことも大きいだろう。それもきっと、大きな変化の一つ。
だとしたら――だ。
「もし、予知夢以前にふーちゃんが俺のことを好きだったとしたら――この予知夢によって好きな人と仲良くなれて、さらに友達もできた。……これはたぶん、ふーちゃんにとっていいことだよな?」
だけど、それ以前の俺とふーちゃんの関りなんて、本当に挨拶程度しかない。
俺が彼女を好きになったきっかけ――俺がバイトでヘロヘロの時に彼女が心配してくれたということもあるけど……いや、そもそも、なんで彼女は声を掛けてくれたんだ?
あまりその辺りも、深く考えていなかったな。
精神的にはボロボロだったが、誠二たちにもあまりツッコまれない程度には隠せていたつもりだった。そんな奴に、一年のころの、あの全く人と関わらないようにしていたふーちゃんが声を掛けるか……? 普通、見て見ぬ振りじゃないか?
衝動的に、俺はふーちゃんに電話をかけていた。
どうしてもいますぐ理解したくて、このモヤモヤをなんとかしたくて。
ツーコールで、ふーちゃんは電話に出た。
『も、もしもし? どうしたの?』
びっくりさせてしまったらしい。ごめんよふーちゃん。
「いきなりごめんねふーちゃん。ふーちゃんと俺、最初に会話したのって、ふーちゃんが俺のことを心配してくれたときだよね? 教室で、俺が突っ伏してるときに」
早口になりながら、聞く。なんだか、この回答に全ての答が詰まっているような気がして、慌ててしまった。
しばしの沈黙のあと、彼女は『逆だよ』と言った。
『邁原くんが、私を心配してくれたの。憶えてないみたいだけど、中学のころに、競技場のところで会ってるんだよ? 膝をケガしてた私に、「痛いの痛いの飛んでけ~」ってしてくれたの』
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