第65話 開き直りふーちゃん




 展望デッキでの撮影を終えた俺たちは、九階にある喫茶店に向かった。


 店内の奥のほうには先ほどエレベーターで会った女の人の姿も見えたが、なぜか彼女は帽子とサングラスをかけていた。なんだか探偵が変装でもしているかのよう。


 まぁそれはいいとして。


 俺たちは通路側の窓際に座り、ふーちゃんと一緒にメニューを眺めていた。

 頼むメニューはカップル限定のパフェなのだけど、いちおう他にもどんなものがあるのか目を通しているところだ。


「なんか本来の目的を忘れちゃいそうになるよね」


 ふーちゃんがメニューから顔を上げて、クスクスとおかしそうに言う。


「水着ね。ちゃんと覚えてるよ。でも、それだけ楽しんでくれてるってことかな?」


「う、うん。恥ずかしいこともいっぱいあったけど」


 ふーちゃんはテーブルを両手でさすりながら、落ち着きなく言う。これは照れてる反応ですね。もちろんわかりますとも。


「ふーちゃんは大変だっただろうけど、俺はめっっっちゃくちゃ幸せだったな。本当に付き合ってくれてありがとう」


 そう感謝の気持ちを述べたのだけど、ふーちゃんは口を開かない。コクリとも頷かない。


 たしかに、返答に困るような言葉だったかな。

 反省して、何か別の話題を切り出そうとしていると、


「……もともと誘ったのは私だし。私も、初めての経験ばかりだから――邁原くんと一緒に来られて……う、嬉しいよ」


「……そっか。それならよかった」


 可愛かったけど、今回はそれ以上余計なことを言うのをやめておいた。

 というよりも、言うような気分にはならなかった。


 はじけるような幸福と、染みわたるような幸福――幸福にもいろいろ種類があるんだなぁ。




 カップル限定のパフェは、普通のパフェの1・5倍ほどの大きさだった。

 クレープを食べてきた俺たちにとっては、二人で食べればちょうどいいぐらいになるかもしれない。


 記念に二人で一緒に写真を撮ってから、食事開始。


「ま、邁原くんはお腹空いてる?」


「ん? うん、まぁほどほどにって感じかな。ふーちゃん、もしかしてあまりお腹空いてない?」


 そんなこと喫茶店に入る前に確認しておけよって感じだけど、すっかり忘れてしまっていた。これは彼氏(仮)失格なのではないだろうか……。


 でも、ふーちゃんのお腹から『きゅるる』と可愛い音が鳴っていた気がするんだけどなぁ。アレは空耳だったのだろうか。その時わずかに顔が赤くなっていたから、てっきりふーちゃんのお腹の音だと思ったのだけど。


「お、お腹は空いてるけど……このあと水着の試着があるし」


 彼女はお腹をさすりながらも、パフェから視線を離さない。食欲と理性がバトル中のようだ。


 ……しかしなるほど、そういう理由だったか。

 俺はふーちゃんのお腹がぽっこりしていようと何も気にしないのだけど、女子目線だと気になるのも仕方がないよなぁ。


 とりあえず、ふーちゃんはお腹が見える感じの水着を選びそうという情報を心にメモしつつ、言葉を返す。


「俺は気にしないと一応言っておくよ――じゃあふーちゃんが好きなところを優先的に食べていきなよ。どのあたりが好き? クラッカーとかチョコのアイスとか」


「て、適当でいいよ! 邁原くんは好きなものあるの?」


「ものではないけど、強いて言うならふーちゃんが好きかな」


「……言うと思った」


 ふーちゃんは俺にジト目を向けつつ、長細いスプーンでアイスと生クリームを掬う。


 そしてその掬ったスプーンを、俺の口元へと運んできた。

 ……え? マジで? ふーちゃんがそれをやってくれるの!?


 そりゃ俺は一か八かでお願いしようと思っていたけどさ、何も言わずにやってくれるとなるとまた違ってくるじゃないですか!


「ど、どうせ邁原くんにお願いされるだろうから。――ん!」


 プリクラ内でよく聞いた『ん!』という掛け声と同時に、ふーちゃんの持つスプーンが急接近。慌てて口を開けると、彼女はためらいなく俺の口のなかにスプーンを突っ込んできた。そしてするするとスプーンを抜き取る。


 あのスプーンを紙ナプキンでふき取られたらショックだな……と思っていたけど、ふーちゃんはそのままパフェにスプーンを差し込んで、自分もアイスを食べていた。


「……これは、現実なのか……?」


「げ、現実に決まってるでしょ! が、頑張ったんだから、夢にしないで!」


「おぉ……それは失礼」


 過去に保健室でお弁当のおかずを『はいあーん』してもらったこともあるし、なんなら今日クレープで食べさせ合いっこをしたばかりだ。


 だけど、これはまた何かが違う。状況はデート、俺は貧血で倒れていないし、お願いもしていない。その状況で、ふーちゃんからの『はいあーん』である。


 冷静でいられるほうがおかしい。


「じゃ、じゃあ俺からも……」


 そう言いながら、俺もスプーンでパフェを掬う。それをふーちゃんの口元に運んでみると、彼女はなぜかクスクスと笑っていた。そして、


「ふふっ、邁原くん、ちょっと照れてる」


 そう言ってから、俺のスプーンの上に乗ったパフェをパクリ。

 あれ……もしかしていつもと立場が逆転してる……?


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