第63話 慣れてきたふーちゃん
ふーちゃんと撮るプリクラ。
初手からほっぺをくっつけろという指令を出されて、俺たちは見事そのミッションを完遂することができた。ふーちゃんはいままでに見たことがないぐらい顔を真っ赤にしてしまっているが、別に怒ったり嫌がっている雰囲気ではないので良しということで。
その後、二人の手でハートを作ってみたり、手を繋いでポーズをとったり――最初のミッションよりは比較的楽なお題が続いた。
これはあれか……? 最初のお題でハードルを上げておいて、その後の指定ポーズが簡単に見えるようにする心理戦か?
『次は女の子の手の甲に、王子様のキッスだぁーっ!』
少し慣れてきて、ふーちゃんの顔にも少々安心感が見えてきたところ、これである。
片膝を突き、ふーちゃんの右手の甲にキスをしろと言ってらっしゃる。
「これは……どうする?」
さすがにこれは判断できない、そう思い、ふーちゃんに聞いてみる。
俺はふーちゃんとならどんなお題でも構わない。しかし、ふーちゃんはそうではない。だから判断するのはふーちゃんに任せるしかないのだ。
「……ん!」
口をつぐんだままふーちゃんは、ズイッと俺の前に右手を差し出してくる。慌てて片膝を突きふーちゃんを見上げると、彼女は首を限界までひねって俺と顔を合わせないようにしていた。
どう声を掛ければいいんだ……? 何を口にするのも間違っている気がする。
となると、だんまりが正解? ふーちゃんは許可してくれているようだし……これはやるっきゃない。運が良かったと思っておこう。
というわけで、俺はシャッターのタイミングに合わせて、ふーちゃんの真っ白な手の甲に恐れ多くも口づけした。めちゃくちゃ緊張した。鼻血を気合で押しとどめた俺を褒めてほしい。誰もこの場面を見ていないから、誰も褒めてくれないのだけど。
『次は女の子が、男の子を後ろから抱きしめよう! 大丈夫! 正面からじゃないからセーフだよ!』
このプリクラ機、まるでふーちゃんを説得しているみたいな感じだな。
俺もふーちゃんがしぶっていたら、同じような言葉を口にしそうだし。
「ん!」
ふーちゃんは再び口を閉ざしたまま、そんな声を発する。立ち上がった俺の身体をぐいぐいと回転させて後ろ向きにし、腰のあたりに手をまわして抱き着いてきた。
鼻血は我慢できなかったが、すぐさま処理して撮影には間に合った。
こんな感じで撮影は終了。ふーちゃんは終盤『ん!』しか言わなくなってしまったが、控えめに言って最高の時間だった。初デートの思い出としては、十分すぎるんじゃなかろうか。
「邁原くんにはおヒゲ生やしちゃうんだから」
「もしかして俺、八つ当たりされてる?」
あの指示を出したのは俺じゃなくてプリクラ機だよふーちゃん。まぁ、八つ当たりをされても全然構わないんだけど。幸せ過ぎたし。
彼女は黒いペンで猫のようなひげを俺の顔に描いていく。ついでに耳やしっぽも付け足していた。
俺は何を書こうかな――とりあえず日付のスタンプを押して、と。
「どうしよう……ふーちゃんが完成された美だから何も書き加えることがない……書けばふーちゃんの良さを損なってしまいそうだ」
「い、いいから! す、好きなように書いてよ!」
「なんでもいいの?」
「うん!」
元気よく返事をしてくれたふーちゃんは、自分のお絵かきに集中する。楽しんでくれているらしい。俺は写真が変わるたびに顔を赤くしているふーちゃんを眺めているだけでもいいのだけど、さすがに何もしないのは申し訳ないので、ふーちゃんの言う通り好きなことを書くことにした。
「えーっと……ふーちゃんには『俺の最愛の人』っと。でもって俺のほうには……『未来の旦那』でいっか」
「な、なに書いてるの! ばか!」
あぁ……俺の達筆な文字があっという間に消されてしまった。悲しい。
だけど、『俺の最愛の人』のほうは無事だった。これは許されたらしい。
「なんでもいいって言ったのに……」
「わ、私まだ邁原くんに好きとか言ってないもん! で、デートとかなら書いてもいいから……」
「あ、それいいんだ。じゃあ書こう」
デートはいいらしい。初デートと書いておこう――どのペンの色にしようか……ふーちゃんはどんな風に書いてるんだろう?
そう思って目を向けてみると、ふーちゃんがいま落書き中のほっぺをくっつけている写真――そこには『初デート』の文字がすでに書かれていた。
そして画面端に写っているふーちゃんが持つくじらのぬいぐるみ。そちらを矢印でしめしつつ、『大事にする!』と記載されている。
「なんか本当にカップルになったみたいな気分だなぁ」
「違うもん――、〇〇……違うもん」
「やばい、聞き取れなかった……? 途中なんて言ったの?」
「何も言ってないもん!」
俺のふーちゃんイヤーですら聞き取れないとは……絶対に聞かれたくないことだったのだろうか? となると、前後の言葉から想像するしかない。
…………ふむ。俺の希望が強すぎるせいか、『まだ』しか思い浮かばないな。
「そうだね、『まだ』違うよね」
「い、いいい言ってない!」
慌てるふーちゃん、可愛すぎかよ。結局答えはわからなかったけど、俺は満足です。
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