第61話 はしゃぐふーちゃん




 謎の女性のお陰で、エレベーターはとても快適に過ごすことができた。


 窮屈さがなかったというのも理由の一つではあるけれど、一番はふーちゃんが俺を抱き寄せてくれたことだ。いったい俺は何度『これ以上の幸せはない』と思えば済むのだろう。


 日々、ふーちゃんのおかげで幸せの上限値が更新されていっている気がする。


「仕方なくだから」


 エレベーターから降りたところで、ふーちゃんは顔を伏せたままもう一度言い訳をするように言った。それが言い訳なのか本心なのかはふーちゃんのみぞ知る。


 俺のふーちゃんアイは『照れ隠し』という判定を下しているが、最近はポンコツ気味なのであまり信用できないんだよなぁ。


「わかってるよ、大丈夫」


 そう言ってふーちゃんの手を取ると、彼女は嫌がることなく俺の手を握り返してくる。俺もふーちゃんも、徐々にこの行為に慣れ始めてきているかもしれない。


 ゲームセンターに入り、プリクラ機のある場所を探しながらブラブラ歩く。その道中で、ふーちゃんがUFOキャッチャーに目を奪われているようだったので、立ち止まって声を掛けてみた。


「なにか欲しい物とかあった?」


「ん、んーん」


「UFOキャッチャー自体が楽しそうって感じ?」


「どちらかというと、そう、なのかな? 小さいころにちょっとだけしかやったことないから」


 そう言いながらも、ふーちゃんの視線はUFOキャッチャーの機械に注がれている。中の景品を見たり、アームを見たり、ボタンを見たり。興味津々だ。ゲームセンター自体、あまり来たことがないのかな?


「台数も多いし、時間もあるしさ、ちょっと見て回ろうか?」


「う、うん!」


 やばいぐらいに可愛い。なにその笑顔。ゲーセンを血の海にしたいのかいふーちゃんは。

 目をぱっちり開いて大きく頷く彼女の姿は、俺の心に深く突き刺さった。最高。




 ゲームセンター内を歩き回ること数分、ふーちゃんは一台のUFOキャッチャーの前で立ち止まった。ふーちゃんの握りこぶしぐらいのサイズの小さなぬいぐるみが、筐体の中で山盛りに積みあがっている。アニメのキャラとかではなく、動物シリーズって感じのぬいぐるみだ。


「と、とれるかな……?」


「ふーちゃんはどれが欲しいの?」


「く、くじらの……」


「ほう、ふーちゃんが俺に買ってくれたスリッパと一緒だ」


「た、たまたまだもん! ま、邁原くんは得意? これって私でもとれそう?」


 ふーちゃんが不安そうに聞いてくる。しかしそれと同時に、やりたくてうずうずしているという感情も読み取れた。


 俺はこの時、表面上は冷静を装っていたが、心は歓喜に満ち溢れていた。


 俺は、とあるネットの記事で『UFOキャッチャーが取れる男はモテる』という情報を知り、特訓していた過去がある。さらにそれに加えて、俺はその情報に自らの考えをプラスした、自分なりの結論を出していた。


 それを披露する機会が訪れて、嬉しいのだ。


「じゃあ俺が一回やってみるからさ、ふーちゃんはどんな風に動くとか、よく見ておいて。このボタンで横に移動して、こっちのボタンで前に進むからね」


「う、うん! 頑張って! あ、私お金だすよ?」


「へーきへーき。俺も楽しみたいからさ」


 ふーちゃんからの声援があれば百人力である。お金は高校生が持つには多すぎるぐらい持っているから心配ない。浪費するつもりはないけど、今日はデートなのだし。


 というわけで、百円を入れて操作開始。狙うはふーちゃんがご所望のくじらのぬいぐるみである。ふーちゃんがわかりやすいよう、ボタンを押すときは大袈裟に手を動かしておいた。


 横へ移動し、続いて縦、そこまで操作を終えると、アームが自動的に下へと降りていく。


「――あっ、すごい、良い感じ!」


 ふーちゃんが俺の横で楽し気にはしゃいでいる。なんならちょっと飛び跳ねていた。おかげで俺は景品の行く末よりもふーちゃんを眺めていたい気持ちでいっぱいである。だけど、今回ばかりは自重した。


 アームはクジラの頭部を少しだけ掴んだが、全体を持ち上げることはかなわず、回転するように移動。手前の落下地点の柵に、半分乗り上げるような位置で止まった。


「無理だったかー……じゃあ次はふーちゃんの番かな! もう少しで落ちそうだよ」


 俺がそう言うと、ふーちゃんは「うん!」と口にして財布から百円玉を取り出し始める。別に景品は逃げないのに、『この期を逃すまい』と急いでいる姿がなんとも微笑ましい。


 ――そう、俺は単に景品を取るのではなく、ふーちゃんに取らせることで楽しさを感じてほしかったのだ。


「右側のアームの先っぽをね、クジラの頭の横ぐらいに入れたらいいよ」


「う、うん! やってみる!」


 まぁ今回に限っては、実際に一手では難しいなと思っていたのも事実。しかし二百円かければ確実に取れるだろうとは思っていた。いいサポートはできたんじゃないかと思う。


 あとはふーちゃんの実力次第だ。初めてだから、難しいかもしれないけど。

 百円玉を恐る恐る投入口に入れたふーちゃんは、流れ出す軽快な音楽に少しびくっとしていた。可愛い。


「落ち着いてね。別に失敗しても誰かに怒られたりするわけじゃないんだから、楽しむ気持ちで」


「えへへ、ありがと」


 俺のほうを向いて、ふーちゃんはにこやかに微笑む。やはり天使か。


 そして彼女は筐体に向き直り、慎重にボタンを操作した。

 横方向――多少ずれているが、問題ない範囲。縦方向――これはばっちりだ。


「おぉ! うまい!」


「いけるかな!? いけるかな!?」


 ふーちゃんはそう言いながら、俺の左腕をぎゅっと抱きしめる。視線は降りていくアームに向けられており、今自分がどんな行動をしているのかたぶん理解していない。


 俺は空いた右手で素早く鼻血処理をした。


 そして、ほぼ想定通りの場所に降りたアームは、クジラの頭を少しだけ動かした。保たれていたバランスは崩れ、見事に落下。


「落ちた! 落ちたよ! すごい!」


 彼女はそう言いながら、即座にしゃがんで景品口のところからくじらのぬいぐるみを取り出して、俺に見せてくる。「見て! 可愛い!」という言葉を添えて。くじらも可愛いが、ふーちゃんはもっともっと可愛いよ。


「あんまり経験ないのにすごいよふーちゃん! 上手だった!」


「邁原くんのおかげだよ! 取りやすくなってたもん!」


 ふーちゃんはそう言って、手に持ったくじらのぬいぐるみを三百六十度色々な方向から眺める。


「あはは、そう言ってもらえるとやってよかったな。俺もとってふーちゃんとおそろいにしようかなぁ」


「うん! そうしよ!」


 お、おぉ……テンションが上がってるのかな? てっきり『今回だけだからね』みたいな感じで許してくれるのかと思っていたけど、ストレートに許可された。許可というか、賛同というか。


 あとで冷静になったとき、どんな反応をするのかが楽しみだなぁ。照れるふーちゃん、可愛いし。



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