第60話 エレベーターにて



 クレープを食べ終わったあと、俺たちは七階のゲームセンターに行くためにエレベーターへ向かった。そう、プリクラである。


 手を繋いだ状態でエレベーターがやってくるのを待っていると、ふーちゃんが空いたほうの手で俺の服の袖を摘まむ。


「あ、あのね……言ってなかったんだけど、実は私、プリクラって撮ったことないの」


「そうなんだ。俺も三回目……かな。誠二と和斗と有紗で、二回撮ってる。っていっても、俺も操作とかまかせっきりにしてたから、あんまりわからないんだよな」


「や、やっぱり経験がないのって変かな……? そ、その、前言ったけど、友達いなくって」


「全然変じゃないよ。俺はふーちゃんの初めてになれて嬉しいし、誰だって初めての時はあるじゃん。早いか遅いかなんて関係ないし、生涯一度もプリクラを使わなくたって、全然おかしくなんかないと俺は思うよ」


 とりあえず、自分が思うままに言葉にする。いちおう、脳内でふーちゃんを傷つけるような発言がないか検閲してからだけど。


「ふふっ、やっぱり邁原くん、かっこいいね」


 クスリと笑って、ふーちゃんがそんなことを言う。


「え? もしかして惚れた?」


「さ、さぁ~、私わかんない」


 ふーちゃんはそう言って、俺から視線を逸らしてエレベーターのランプがともる場所へ目を向ける。


「ふーちゃんが新しい技を覚えた……だと!?」


 これは小悪魔ムーブ!? 必死に誤魔化そうとしているけど、ちょっと俺に惚れてることを隠そうとしていないか!? 俺の勘違いなのか!? 希望的観測だというのか!?


 いったいどういう風に解釈すればいいのだろうと必死に頭を働かせていると、エレベーターがやってきた。俺たちは先頭に並んでいたため、ふーちゃんを一番奥に。俺がふーちゃんを守るのだ。


「いま思ったけど、エレベーターってあまり使わないほうが良かったかな……ごめん」


 どんどん乗ってくる他の人に、自然と顔を引きつる。この中にもし危険人物がいたとしたら――、


「そ、そこまで気にしなくていいよ? あまり気にしすぎても身動き取れなくなっちゃうし――そ、それに、ま、邁原くんが守ってくれるんでしょ?」


「え? 可愛い」


「ほ、他の人に聞こえちゃうから……し、しーだよ」


 俺は腕を壁についてふーちゃんの空間を確保。彼女は俺の腕と腕の間で身を縮め、唇に指をあて『静かに』というジェスチャーをしていた。


「キミたちは、高校生? カップルかい?」


 そうしていると、俺のすぐ後ろにいた長い黒髪の女性――大学生ぐらいだろうか? その人が俺たちに声を掛けてくる。首だけ振り向くと、女性は俺とふーちゃんを交互に見て「くっ、尊い」とうめき声をあげて口元を抑えていた。危険な気配はしないが、変な人だ。


 てっきり人数的にギューギューに潰されると思っていたのだけど、彼女は俺の傍にいるが、一切触れていない。すごい足腰だなぁ。


「俺はそうありたいと思ってるんですけどね。あ、高校生二年です」


「も、もう邁原くん! す、すみません、あの……私たちまだ、付き合ってるとかじゃなくて」


「え? ふーちゃんいま『まだ』って言ったよね?」


「…………違うもん、間違えただけだもん」


 可愛すぎる。この可愛すぎるふーちゃんが見られただけでも、このよくわからない女性には感謝したい。ありがとうございます。たとえ言い間違いであったとしても嬉しいし。


 女性はそんな俺たちのやりとりを見て、「そうかそうか」と満足そうに頷く。


「ところで邁原二年生」


「……なんですかその呼び方?」


 というか俺って名乗ったっけ……? あぁいや、ふーちゃんが俺の名前を呼んだからか。


「昔の癖みたいなものだ、邁原二年生――少々こちらもきついのでね、少し詰めてもらえないかい? カップルではないというが、別にそれぐらいお互い構わないのだろう?」


 たしかに、ふーちゃんとくっつきたいという気持ちは大いにあるのだけど、ふーちゃんが嫌がるならばそんなことはしたくない。しかし現状、俺はどの方向からも一切圧力がかかっていない状態なんだよな……まるでこの女性が、俺たちの盾となってくれているようだ。


「それは……」


 言葉に詰まり、ふーちゃんに視線を向ける。俺の視線の先にいるふーちゃんは、顔を赤くしてうつむいていた。そりゃそうなりますよね。


「もう少しだけならなんとか詰められますが、それ以上は――」


 難しいです。そう言おうとしたとき、俺の腰にふーちゃんの手が回された。そして、ぐいっと引き寄せるように力が籠められる。


 俺はその力に逆らうことなく、ふーちゃんの元へ。


「……仕方なく、仕方なくだもん」


 そう言いながらふーちゃんの手は、俺の腰に力を加え続ける。すでにくっついてしまっているお腹を、さらに押し付けるように。


 なんだこのラッキーハプニングは。最高過ぎる。


 ふーちゃんは顔を横に向けており、耳を俺の方にくっつけているような形だ。俺も彼女に手の背に手をまわしたいところだけど、それはさすがにライン越えだろうと判断し自重。


 この脳内麻薬があふれている状況で、よく冷静な判断ができたと自分を褒めてやりたい。


「二人ともありがとう。おかげで少し楽になれたよ。お礼と言ってはなんだが、キミたちが下りるときは私がなんとかしよう。私の用事は九階の喫茶店なのでね」


 女性は穏やかな声でそう言った。ふーちゃんと密着しすぎていて、振り向ける状況じゃないからどんな表情をしているのかはわからないが。


 九階っていうと――あれか、俺たちもあとでカップル専用メニューを食べに行く場所だな。


「俺たちも上の方――七階ですけど、もしもの時はお願いします」


 ふーちゃんに割いている以外の五感の残りカスを使用して、女性に返答。彼女は威厳のある声で「任せておけ」と言っていた。高校時代は、委員長とかやっていそうな雰囲気だなぁ。もしかしたら生徒会長とかもしていたかもしれない。


 ちなみにふーちゃんは最初からずっと、俺の腰をぎゅっと抱きしめてくれている。

 やっぱりふーちゃん、俺のこと好きでしょ。






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