第59話 食べさせあい



 クレープ屋でそれぞれ希望の商品を購入した俺たちは、そのまま近くにある飲食スペースへとやってきた。四角の小さなテーブルを挟んで、ふーちゃんがクレープを手に緊張した表情を浮かべている。


「た、食べさせあいっこって、どうすればいいの……?」


 経験が無ければ、当然の疑問なのかもしれない。それは俺も同じだけど。


「実際に見たことはないけど、漫画での知識ならある。お互いのものを『はいあーん』とすればいいだけだ。でも、一口食べてからそれをするのかどうかが曖昧なんだよな……」


 おそらく、明確なルールなんてないのだろう。楽しければ良しということで。


「まぁ違ったら違ったで、またリベンジすればいいだけだし――その時はまたよろしくねふーちゃん。ということで、はいどうぞ」


 食べやすいようにクレープを包む紙を折ってから、ふーちゃんの口元へ運ぶ。

 ふーちゃんは一瞬ビクッと震えたが、自分の持つクレープを両手に大事そうに持つと、顔をこちらに寄せてくる。


「あ、あ~ん」


 ご丁寧にそんな声を出して、小さなお口でぱくり。彼女は遠慮がちに端のほうを齧った。真っ赤な顔でもぐもぐと咀嚼して、ニコリ。可愛いけどダメです。


「む――フルーツまで届いてないぞふーちゃん、もう一口!」


「え、えぇ、いいの?」


「もちろんだとも。それにふーちゃんがしっかり食べてくれないと、俺もふーちゃんのクレープを食べづらいからね」


 ふーちゃんが遠慮なく食べられるように言葉で誘導すると、今度はしっかりとフルーツまで届くように齧った。頑張って食べようとしたからか、口の端にクリームが付いている。


「これは……もしふーちゃんが恋人だったら『ほっぺについてるよ』って言って、クリームを指でぬぐって食べるやつ……!」


「え!? うそ!? 私クリームついてる!?」


「うん、こっち側」


 そう言いながら、俺は自身の頬を指で叩き場所を示す。ふーちゃんは慌てた様子で備え付けてあった紙ナプキンを手に取り、口の端をぬぐった。


「じゃ、じゃあ次は邁原くんの番だからね!」


「おう、任せろ」


「は、はい、あ~ん」


 そう言いながら、ふーちゃんが俺にクレープを近づけてくる。緊張しているのだろう――両手でしっかりと持ってはいるけれど、手はぷるぷると震えていた。


 口をぽかんと開けてしまっていて非常に可愛いのだが、この状況が続くと彼女も疲れてしまいそうなので、遠慮なく食べさせてもらう。

 幸せの味が口の中に広がった。


「……邁原くん、クリームついてない」


「ははっ、つけてほしかったの?」


「私だけ食べるのへたくそみたいだもん……」


 拗ねたようにふーちゃんが言う。可愛すぎか?


「じゃあもう一口ちょうだい?」


 試しにそう言ってみると、ふーちゃんはむすっとした表情のまま俺にクレープを寄せて来る。はみ出ているクリームの位置を考慮し、ほんの少しだけ口の端につくように調整してかぶりつく。


「どう?」


「……ついてる」


「ふーちゃんが拭ってくれるの?」


 邁原勇進、ぐいぐい発動! つい先ほど『もし恋人だったら』という仮定の話をしたばかりではハードルが高いかもしれないが、挑戦は大事。


 俺の質問に、ふーちゃんはぶわっと顔を赤くする。今日だけで彼女の顔の色が変わるのを何度見ただろう。その変化もいちいち可愛くて仕方がない。


「ふ、拭くだけだからね! た、食べたりはしないもん!」


 そう言って、彼女は紙ナプキンを手に俺の口元へ手を寄せてくる。そして、そっと撫でるように俺の顔に付着したクリームを拭きとってくれた。顔は赤を維持している。


「食べなければセーフなのか……それなら俺もすればよかった――というわけで、ふーちゃんあーん」


 クリームのついた紙ナプキンをいそいそと折り畳んでいるふーちゃんの元に、俺のクレープを近づけていく。彼女は一瞬迷ったそぶりを見せたけれど、嫌がることなく俺の持つクレープを食べてくれた。


 運が良ければ、またふーちゃんは口の端にクリームを付けてくれるだろう。


「う……またついてる?」


「うん、ちょっとだけだけどついてるよ。というわけで、ふーちゃんストップ。今度は俺が拭く番だ!」


「は、恥ずかしいから、早めにしてね……?」


 ふーちゃんはそう言うと、俺が拭きやすいようにしてくれているのか、口をすぼめて俺に顔を近づけて来る。そして恥ずかしいのだろう、瞼はぎゅっと閉じられていた。


「…………Oh」


 ……これ、もしかしなくてもふーちゃんのキス顔なのでは?


 彼女は目を閉じ、俺に唇を突き出すような形で迫ってきている。

 俺は鼻血をぽたぽたとテーブルに垂らしながら、ふーちゃんの今の表情を脳内メモリに焼きつけたのち、なんとかふーちゃんの口元をぬぐった。


 紙ナプキン越しのふーちゃんの唇の柔らかさが、手に残っている。


「あ、ありがと――って邁原くん! は、鼻血が!」


「ふーちゃんが可愛すぎるのが悪い」


「私のせいなの!? 邁原くんにそう思ってもらえるのは嬉しいけど、あわ、てぃ、ティッシュティッシュ!」


「俺に可愛いと思ってもらえると嬉しいんだ。それってもしかして、恋?」


「ちがっ、今のは違うの! もう! なんで邁原くんが慌てなくて私が慌ててるの!」


「あははっ、楽しいねふーちゃん」


「もー! 邁原くんのおバカ! テーブルは私が拭くから、お鼻は自分で拭くんだよ!」


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