第58話 ふーちゃんのからかい




 願望を垂れ流した結果、なんとふーちゃんはそのすべてを許可してくれた。しかも嫌々という感じではなく、前向きに見えるのだ。嬉しすぎる。


 俺に好意を抱いているからなのか、それともいずれ訪れる他の人とのデートの予行演習なのか――俺としては前者であることを祈るばかりである。


 というわけでやってきました地下一階。


 端のほうはスーパーになっていて、そのほかはドリンクや軽食、お土産が売っているような階だ。学生である俺たちにとっては休日だけど、世間的には平日。


 それでも、中心街とだけあって人は多かった。主に主婦の方々って感じだな。


「お母さんたちに、何か買って帰ろうかな」


 目的地であるクレープ屋に向かう前に、ぶらぶらと店内を見て回っていると、ふーちゃんがそんな言葉を漏らした。俺はそんなこと全く思いつかなかったぜ……県外だったら『買って帰ろう』となっていただろうけど、近場だし。


 だけど、ふーちゃんの言葉を聞いてから改めて考え直した。


 別に県内だって、普段食べないものを食べられたら嬉しいことには違いないだろう。やっぱりふーちゃんは優しい女の子だなぁ。


「俺も買おうかな。じゃあとりあえず目星だけ付けといてさ、帰りに寄ろう」


「う、うん。えへへ……なんか楽しいね。どれにしようかな」


 表情を崩して、ふーちゃんが笑いかけてくる。そしてつないだ手をぎゅっと握ってきた。可愛すぎる。お土産をどれにしようかと見て悩んでいるふーちゃんを見るだけで、もう最高の気分だった。これ以上の幸せがこれから待っているとなると、本当に俺はもうダメかもしれない。




 家に何を買って帰るかを決めたあと、待望のクレープ屋さんにやってきた。


 ガラスケースの中に展示してあるサンプルを眺めながら、ふーちゃんの何を買うか相談中である。


「ふーちゃんはどれにする?」


「……私は『梅三昧クレープ』にしようかな」


 え? ふーちゃんもしかして俺をいじめようとしてる? 梅が苦手って前に話したよね? 俺の情報なんてどうでもよくて、忘れちゃったのかな……、


「――って、そんなメニューないじゃん」


 いったいどんな恐ろしい姿をしているのだろうかとサンプルを眺めてみたけど、ふーちゃんが口にしたようなメニューは見当たらない。


 ふーちゃんに目を向けてみると、俺から顔を背けてクスクスと笑っていた。


「こらふーちゃん、さては俺をからかったな?」


 肩を叩きながらそう言うと、彼女はこちらを向いてから舌をちょんと出す。まさにいたずらがバレた子供って感じだな。


「えへへ、邁原くんいつもいじわるしてくるから、そのお返しだもん! 私は抹茶クレープにするね」


 なにこの子可愛い。


「天使かな?」


「も、もう! 今は私が攻めの番なんだから! 邁原くんはダメなの!」


 だって俺にいたずらしてくるふーちゃんとか可愛すぎません?

 お出かけということでふーちゃんもテンションが上がっているのか、いつもより上機嫌だ。あまり言わないような冗談が飛び出すほどに。


「じゃあ俺は……ふーちゃんにしようかな、テイクアウトで」


「だ、ダメって言ってるでしょ! ――あっ、これはお持ち帰りのほうじゃなくてね、いまは私が攻めてるって話のほう――じゃなくて! 両方ダメなの!」


 ダメだ……たまにはふーちゃんに攻められてみようと思ったけれど、どうしてもからかいたくなってしまう。だって反応が可愛いんだもの。


 ネットの記事では『好きな子へのいたずらは、関係性や相手の性格を考慮してほどほどに』などと書いてあったけど……はたして俺はほどほどで済んでいるだろうか? 不安になってきた。


「あははっ、ごめんねふーちゃん。反応が可愛くてつい――俺はこのフルーツがたくさん入っているやつにしようかな――ふーちゃんも食べられそう?」


 笑顔を意識して、話題を本来あるべきところに戻す。しかしふーちゃんは、やや眉を寄せて微妙な表情を浮かべていた。


「う、うん。美味しそう――あ、あのね、私別に怒ってはないからね? そ、その、こんなこと邁原くんにしか言われたことないから、まだ慣れなくて……」


 おわぁああああ! やってしまった! ふーちゃんが罪悪感を覚えてしまっている!


 初デート?にしてなんたる失態……どうにか挽回せねば。

 そんなことを思っていると、


「ほ、ほら、怒ってないの」


 そう言いながら、ふーちゃんが俺の左手と体の隙間に右腕を差し込んで、ぎゅっと抱きしめてくる。こ、これはまさか伝説の腕組み……!?


「い、いまだけ特別だからね? 順番待ちのとき限定だから」


「もう一生この場所でクレープを待っていたい」


 幸せ過ぎるんだわ。ふーちゃんのぬくもりと柔らかさが、俺に『女の子だよ!』と主張してきている。誠二とかだとごつごつしてそうだし。


「だ、ダメだよ。クレープ食べさせっこするんでしょ?」


「……します」


「じゃあちゃんと並んでね。ほら、行くよ」


 そう言ってふーちゃんは、俺と腕を組んだままクレープ屋さんの前にできている列の最後尾へ向かう。五組待ちぐらいだから、十分もかからないだろうなぁ。


 それにしてもふーちゃん、俺が情けないことになっているからか、お姉ちゃんムーブをしているな。これはこれで可愛い。


「『はいあ~ん』はありですか?」


「……あとで考える」


 これは望みありということでよろしいでしょうか? ありがとうございます!!





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