第57話 いざお買い物




 ふーちゃんと行く水着のお買い物は、以前俺と彼女が出くわしたショッピングモールではなく、少し離れた場所に行くことになった。


 夏休みということもあり、あのような近場で買い物をした場合、同級生に見つかる可能性があるからだ。そんな理由に付け加えて、俺たちが行こうとしている場所は県内で一番にぎわっている地域であり、店舗数も商品数も多いためである。


 交通費が掛かること以外はいいことずくめと言っていい。


「大丈夫? 狭くない?」


「う、うん。べ、べつに邁原くんなら大丈夫だから、そんなに気にしなくていいよ? ほら、勉強してるときなんか、くっついてたし」


 電車にて、ふーちゃんを奥の座席に誘導したあと俺も腰を下ろした。

 ふーちゃんはロングスカートにボタンのついたシャツ。俺もゆったりめの服装なので、お互いに服だけが触れ合っているような状態だった。


「あははっ、ふーちゃんにも耐性がついてきたなぁ」


 そういったところで、俺は先日妹から『もっとぐいぐい行け』というような言葉を言われたことを思い出した。


 よろしい、ぐいぐい行ってみようじゃないか。きちんと言い訳もできるし。

 そう思いながら、俺は手のひらを上にして膝の上に乗せる。


 他の人が見たら何かをもらおうとしているように見えるだろうが、ふーちゃんには正しく俺の意図が伝わったらしい。彼女は俺の手のひらに自分の手のひらを重ね、指を絡めてきた。


「と、遠くだし、他の人には会わないから……」


 そう言って、絡めた指をぎゅっと握る。可愛すぎかよ。


「遠くを提案してよかった――あぁいや、本当にコレ目的だったわけじゃないよ? もちろん手を繋げたことは嬉しいけど、ふーちゃん、やっぱり俺と出かけると他の人の目が気になっちゃうだろうし、買い物の内容が内容だからね」


「ちゃんとわかってるよ、ありがと」


 お礼を言ってくれたふーちゃんは、俺を見上げてにこっと笑う。

 ポケットティッシュ三つだけしか持ってきていないけれど、俺の鼻血はこれだけで防げるのだろうか……不安になってきたぞ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 政令指定都市にもなっている市の中心街。そこにある大型商業施設に、俺たちはやってきていた。俺も誠二たちと一年前に一度来たことがあるだけで、あまり詳しくはない。


 ふーちゃんは家族と二度ほどきたことがあるようだから、俺よりも多い。どんぐりの背比べと言われればその通りである。


「いやぁ、幸せだなぁ」


 商業施設の中を歩きながら、思わずそんな言葉を漏らした。


 なにしろ、電車を降りてからも俺たちはいまだに手を繋いだままなのだ……! はたしてこれほどの幸福が俺の人生にあっただろうか? いやない。


 ふーちゃんはニコニコになっているであろう俺を見て苦笑していた。


「予知夢のことがなかったら、どこでも手を繋いでいいんだけど、ごめんね」


「え? もう俺のこと好きじゃん」


「ち、違うもん! こ、これはお友達としてなんだもん!」


「ほんとかな~?」


「ほんとだもん。邁原くんのいじわる」


 むー、と不満そうに俺を下から見上げるふーちゃん。可愛すぎる。

 もしかしたら俺って少しSっ気があるのかなと思いました。まる。



 俺は事前にスマホで調べて館内の地図を頭に入れていたけれど、念のため水着売り場はどこだろうと館内案内図でふーちゃんと一緒に場所の確認をした。


「邁原くんはどこか行きたいところあるの? 私水着だけだから、邁原くんのお買い物付き合うよ? 水着は荷物になっちゃうだろうし」


 たしかに、買うことが確定している水着売り場に行くと、その後ずっと荷物を持ったままになっちゃうもんな。賢い。


 俺もいちおう行きたい場所の候補は事前に調べてきたけど、問題はふーちゃんがそれを許可するかどうかなんだよなぁ。


「買い物ってわけじゃないけど……なんでもいいの?」


「? うん、なんでもいいよ。いつも邁原くんには助けてもらってるし、今日付き合ってもらってるのは私なんだから、これぐらい当然だよ」


 ふふん、と少し自信ありげにふーちゃんが言う。そうか、なんでもいいと申すか。

 じゃあ言わせてもらおう。


「地下一階でクレープを二種類買って二人で交換しながら食べる。七階にあるゲームセンターでプリクラを撮る。九階の喫茶店で、カップル専用のメニューを食べる。最上階にある展望デッキでツーショットの写真を撮る――この中から、ふーちゃんが良いというものを選んでくれ」


 俺は妄想だけにとどめない。きちんと口に出して実行を試みるのだ……! 夕夏がぐいぐい行けと言っていたし、何もせず諦めるよりも、挑戦して失敗したほうが後悔しないはず!


 まぁさすがに、全部叶えられるとは思っていない。


 たくさんの要求を出すことで、ふーちゃんに『これぐらいならいいよ』と言ってもらう算段である。有力候補としては、展望デッキでの写真だろうか。


 体育祭の時にツーショットは撮っていたから、これならばふーちゃんも許可してくれそうな気がする。さすがに全部断られるような要望だったら、ふーちゃんが罪悪感を覚えてしまいそうだし。


 俺の願望を聞いたふーちゃんは、しばしぽかんとしていた。やがて再起動して、むー、と睨むような顔つきになる。頬っぺたも膨らんでいた。


 もしかして全部嫌だった……? 申し訳ない気持ちとショックで死にそうなんですが。


「……全部行く」


「ぜ、全部? 無理はしなくても……」


「い、いいの! 邁原くんへのお礼なんだから、いいの! べ、別に私も行きたいとかじゃなくて、お礼なんだからね!」


 ん? 言葉と感情が一致していないぞ?


「えっ!? もしかしてふーちゃんも行きたかったの!? やっぱり俺のことかなり好きなのでは?」


「違うもん! 邁原くんのおバカ! エスパー!」


 だってふーちゃんの顔がそうだと言ってるんだもの。でもふーちゃんが違うって言うことは、違うのかなぁ?




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