第56話 妹に布教
ふーちゃんの家で勉強をした日の夜。
珍しく夕夏が俺の部屋を訪ねてきた。なぜかニヤニヤと楽しそうな表情をしながら。
「どうしたー?」
ふーちゃんからの『お風呂に入ってくるね』というチャットに返信を終えたところだったので、タイミングとしてはキリが良い。もう少し早く来ていたら『あと五分待って』と言っていたところだ。
「お兄ちゃん、今度お泊りいくんだよね?」
「おう、友達のところにな」
「いつから付き合いだしたの~?」
それはもう楽しそうに、俺との距離を詰めながら言ってくる。
母さんか父さん――どちらかがふーちゃんの情報を夕夏に漏らしたな? さすがに異性と同性では泊りにいくハードルが違いすぎるので、両親にはきちんと伝えておこうと思ったし、毎朝家に行っていることを伝えていたからなぁ。
まぁ、夕夏にもいつかはバレていただろうから、いいか。
「別に付き合ってるわけじゃないぞ。仲が良いだけ」
「またまたぁ~、普通に考えて付き合ってない男女がお泊りなんてするわけないじゃん」
「マジで付き合ってないぞ」
なんなら告白して振られた相手だ――とうっかり言いそうになってしまったが、別にこれは伝える必要もないなと黙っておいた。
しかしやはり思春期女子――この手の話が大好きなんだろうなぁ。
俺の発言を聞いた夕夏は、ニヤニヤしていた表情から呆然とした表情に変わる。
「え? ほんとなの? お兄ちゃんはその人のこと好きなんでしょ? 告白はしたの? だらだら曖昧な関係が続いてたら、それで満足しちゃって先に進めなくなっちゃうよ?」
夕夏はそう言いながらさらに俺に詰め寄ってくる。
状況が特殊なんです。ふーちゃんは予知夢のせいで遺書まで書いているような感じなんです。
そう思いながら、夕夏になんと返事をしようか考えていると、
「ふーちゃんって人でしょ? その人、お兄ちゃんを騙してるとかじゃないよね? お金とか貢いだりしてない?」
なんで俺が『ふーちゃん』呼びしていることまで知ってるんだ……? もしかして、夕食の席とかでうっかり俺が漏らしてしまっていたのだろうか? ありえそうだ。
「そうはならんだろ――いや、情報だけ聞くと第三者からはそう見えてもおかしくはないのか……?」
きっと俺を心配してくれているのだろうけど、実の妹にふーちゃんを悪く思って欲しくない。
あんなに優しくて天使で可愛らしいふーちゃんが悪女として疑われている状況は、到底感化できるものではない。
「……わかった。俺も覚悟を決めよう――夕夏、そこに座れ」
俺は勉強机の前の椅子に座ったままで、夕夏をベッドに座るよう促す。
彼女は「なになに? 話す気になったの?」とワクワクした様子だ。
俺にふーちゃんの良さを語らせるとなると、百や千の言葉では足りないぞ。
予知夢や遺書のことを話す気はないが、それ以外のほとんどを、語ってやろうじゃないか。
「お、お兄ちゃん、ほら、スマホ震えてるよ? 新田さんなんでしょ? 私のことはいいから、返信してあげなよ」
妹に延々とふーちゃんの『こういうところが可愛い』、『ふーちゃんはこんなにも優しい』、『最近はこんなことをした』というのを赤裸々に語っていると、いつの間にか結構時間が経っていたらしい。
ふーちゃんが風呂から上がってチャットをしてくるとなると――一時間弱といったところか。素早く『おかえり、湯冷めしないようにね』と返信をしてから、再び夕夏を見る。
「まだ十分の一も話せてないんだが……」
まだ表面しかなぞっていないレベルだ。それにしても、好きな人のいいところを語るってのは楽しいもんだな。初めての経験だからか、すごく楽しく話をできた。
夕夏も夕夏で、相槌を打ちながら聞いてくれるし、話しやすかった。
「もうお腹いっぱいだよ、なんで付き合ってないのかはわかんないけど、頭の中が砂糖になりそうだから勘弁して」
「ふーちゃんが天使なことはきちんと理解したか? まだ理解できていないのなら、お前をベッドに縛り付ける必要があるが」
「理解してます理解してます! それにしても……どういう理由で付き合えないのかはわかんないけど、それで付き合えてないのならもうちょっとぐいぐい押してもいいんじゃない? たぶん新田さんも恋愛のことがよくわからなくて素直になれないだけなんだろうし、たぶんもうすぐ堕ちるよ!」
「俺としては結構強気で攻めているつもりなんだけどなぁ……」
そのあたり、詳しく説明するのは少々恥ずかしいから、具体的な内容は言ってないけど。
「きっとお兄ちゃんは攻めているつもりでも、実際はそうでもないんだよ! お兄ちゃんはまだ付き合ったことないんだから、自分が『結構攻めてる』と思ってるだけなんじゃない?」
なるほど……妹も同じく交際経験はないはずだが、たしかに俺の『攻めてる』が世間一般的にどうなのかはわからないな。
「でもあまりぐいぐい来られたら、嫌がられたりするもんじゃないか? 俺としてはほどほどを意識しているつもりなんだが」
「ないない。たぶん、お兄ちゃんが何しても新田さん嫌がらないと思うよ? 聞いてる限り、後ろから抱きしめておっぱい揉んでも『こらっ』だけで許されるレベル」
「それはいかんでしょう」
普通に犯罪ですやん。……ちょっと妄想してごめんなさいふーちゃん。
だけどまぁ……夕夏の言うことも一理あるのか。
もう少し、ぐいぐい攻めてみるということも考えてみよう。
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