第55話 最高の夏だなぁ




 楽しくお話もいいものだけど、やることはきちんとやる。そう、宿題だ。


 宿題中も、ふーちゃんは普段と違う状況が気になるのか、俺をチラチラと見たりしていた。だが休憩中以外、俺は心を鬼にしてふーちゃんの視線に気付かないふりをしていた。


 そりゃふーちゃんと楽しくお話ができたら幸せには違いないのだけど、俺はきちんと先のことを考えられる人間である。


 ……まぁ時々突っ走った発言とかしてしまうけど、それはそれということでなにとぞ。


 で、何が言いたいのかというと、今日ふーちゃんとお別れしたあと、まったく宿題が片付いていなかったら、ふーちゃんはどう思うだろうか――と、考えたのだ。


 俺の予想では『邁原くんと一緒にいると、宿題が進まない』という結論に至ってしまうのではないかと考えている。そうなってしまうと、ふーちゃんが俺と会わずに宿題を進めたい時間というものが発生してしまいかねないのだ。


 だから、我慢した。三十分に一度は休憩をしていたけど、その三十分間は宿題に関すること以外の話は一切しなかった。


「えへへ……邁原くんが頑張ってたから、私もいっぱい進んじゃった。一緒にお勉強、すごくはかどるね。私、一人だと気が散っちゃったりしてたから」


 集中すること三時間。我慢して我慢して我慢してからの――この発言である。


 歯を食いしばって『ふーちゃん可愛い』という言葉を発しなかった俺へのご褒美のようだ。


「今日もう終わりだよね? そっち行ってもいいよね?」


 今俺は、机を挟んでふーちゃんの向かいに座っているのだ。


 試験勉強のように暗記するものならまだしも、今日やることは宿題だったので、当然シャーペンを使って記入する必要がある。だから、勉強中は手も繋げないし、テーブルの広さ的にも隣に座るのは難しかった。


 うずうずと立ち上がりたくて膝立ちになる俺を見て、ふーちゃんは恥ずかしそうに視線を逸らす。


「も、もぉ~、そ、そんなに隣がいいの?」


「好きな人と一ミリでも近くにいたいです」


「……す、ストレートすぎるよ……い、いいけど」


「よし!」


 許可が下りたので、ささっと勉強道具を片付けて『もう宿題はしない!』という意思を示しつつ、ふーちゃんの隣に移動。いきなり密着したら嫌がられるかなと思い、五センチほどの距離を空けておいた。


 ふーちゃんは俺が座っている場所とは反対の方向に顔を向けているので、彼女がこちらを向いた時に目が合うよう、少し顔を近づけてガン見。びっくりするだろうか。


「――な、なんで見てるの?」


 顔の近さについてはお咎めがなかった。手のひら一つ分ぐらいしか空いていない距離で、ふーちゃんと見つめ合う。なんだかキスでもしそうなシチュエーションだなぁと思ってしまった。当然、そんな嫌われる可能性のあることはしないが。


「宿題中に見られなかった分、ふーちゃん成分を補給してるんだ」


 一秒見ると俺の心が万単位で回復していくのだ。感覚的に。


「うー……、しゅ、宿題頑張ったご褒美なんだからね? いつもはダメだからね!」


「そんな……じゃあ宿題なくなったら一体俺はどうすれば……」


 なんとかして宿題を長引かせるための遅延方法を思いつかなけらばならない。このペースでは、一週間もかからずに終わってしまう。せめて倍――いや、三倍ぐらい時間をかけなければ。


 ふーちゃんの目を見つめたまま『どうしようどうしよう』と考えていると、彼女もまた俺を見つめたまま、口を開いた。


「そんなにショックなの? えっと、じゃ、じゃあ、あのね、私のお願い聞いてくれたら……す、好きなだけ見てもいいよ? でも、そんなに私を見ても楽しくないと思うんだけど」


 真っ赤な顔のまま申し訳なさそうにそう言ったふーちゃんは、ここでとうとう俺の目から視線を離してしまった。一生見つめ合っていたかったぜ……。


「見てるだけで幸せすぎるんです。――ああでも、ふーちゃんのお願いなら、別に条件なんてなくてもなんでも聞くよ?」


 いちおう、見つめることに関して――俺の感覚的にふーちゃんは特に嫌がっている雰囲気はない。そう判断しているからこそ、あんな風にがっかりした気持ちを前面に出したのだ。もし嫌がっているのがわかっていれば、絶対にそんなことはしない。


 真面目に対応しますよ――そういう雰囲気を感じ取ってもらうために、一旦ふーちゃんから視線を外して、顔も元の位置に戻す。


 するとふーちゃんは、机の上に両手を乗せて、落ち着きなく手を動かしながら話し始めた。


「あ、あのね……今度みんなで海に行くでしょ?」


「うん、そうだな」


 ふーちゃん発案のビッグイベントだ。


 彼女はもちろん、俺も、そして他の五人もことあるごとにその話題を引っ張り出してくるほど、楽しみにしている。


「私ね、その、学校で使ってる水着ぐらいしか持ってなくてね」


「ほうほう」


「お父さんとかお母さんについてきてもらうのは、ちょっと恥ずかしいから――その、邁原くん、お買い物に付き合ってくれる……? ほ、ほら、その水族館が大丈夫だったら、お買い物もいいのかなって思っちゃって――ダメ?」


 ふーちゃんの『ダメ――?』は反則過ぎる。ダメだなんて言えるわけないじゃないか。


 でも水着のお買い物って――男子が一緒についていってもいいものなのだろうか? まぁでも、カップルとかは一緒に行ったりするのか。


「もちろん大丈夫。千田や雪花、有紗とかも付き合ってくれるだろうけど、俺でよかったの?」


 一応、オッケーと伝えた上で、他の選択肢も提示しておく。結構仲良く話をしているし、そろそろ女子だけで遊んだりしてもいい頃合いだと思うんだが。


「ま、邁原くんがいいの!」


「ふーちゃん、実はもう結構俺のことの好きなのでは?」


「そんなこと言ってないもん! ばか!」


 違うらしい。残念。

 しかし恥ずかしがって否定しているだけという説も残されているから、そちらに賭けることにしておこう。なんにせよ、ふーちゃんの一緒にお買い物に行けるのだ。


 今年の夏、本当に最高だなぁ。



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