第53話 お悩み解決




 ひとつだけ、気がかりなことがあった。


 予知夢のことなどは抜きにして、ふーちゃんの最近の様子についてである。

 気になり始めたのは、試験日初日――ふーちゃんと勉強会をした日からだ。


 その日、勉強している最中までは普段通りだったけれど、その日、俺が帰宅するころから、彼女はずっと何かを言いたげにしているのだ。


 しかもそれは、試験の日程が全て終わるまで、ずっと続いていた。


 ふーちゃんの家、図書館、ファミレス――学校に残って、友人たちを含めて勉強――色々な場所で試験対策を行ってきたのだけど、ずっと彼女は胸の内に何かを抱えているようだった。


 彼女が言いたくないのなら、追及しないようにしておこう――そう思って、なんとか俺も気付かないふりを続けていたのだが、だんだんと彼女の表情が暗くなっている気がして、試験最終日の今日――ふーちゃんに問いただしてみることにした。


「ずっとさ、何か言いたそうにしてるよね」


「…………違うもん」


 本当なら試験から解放されて晴れやかになっていそうなのだけど、雰囲気は少し暗い。


 もしかしたら、なにか嫌なことがあったのだろうか。俺には言えないような、辛いことがあったのだろうか。


 俺に心配をかけてしまうから、黙っているんじゃないだろうか。

 いろいろな考えが頭を駆け巡る。


 試験日初日あたりでは照れていそうな雰囲気があったので、あまり暗い内容ではないと思って傍観しようと決めていたのだけど、そうも言っていられない。


「俺はふーちゃんが心配なんだよ……大好きな人には、笑っていてほしいんだ。悩みがあるならなんでも聞くし、俺にできることがあるなら、なんでもする。もし俺にできないことだったとしても、できるようになってみせるからさ」


 ふーちゃんの家までの道のりを歩きながら、できるだけ優しい声音で語り掛けた。

 ふーちゃんは唇に力を込めて、強く閉ざしている。

 まるで、喋りたくなってしまうのをこらえているかのように。


「話してくれないかな?」


 もう一度、聞き出そうと試みる。ふーちゃんは立ち止まって地面をしばらく見つめたあと、俺を見上げた。


 顔が、とんでもなく赤い。


「わ、私が言い出したんじゃないんだからね?」


「うん」


 何の話をしているのかはさっぱりだが、言葉の意味は理解した。相槌を打って、話の続きを促す。


「……笑わない?」


「絶対に笑わないよ」


「へ、変なこととか、あまり考えちゃだめなんだからね」


 変なことを考える……? ますます話の方向がわからなくなってしまったが、とりあえず「うん」と再度頷いておいた。


 そんな会話の応酬をした結果――ふーちゃんはさらに顔を赤くした。どうやら恥ずかしい系の話のようだ。少しだけほっとした。


「あ、あのね、私じゃなくて、お父さんとお母さんがね」


「ほう」


 どうやらふーちゃんのお悩みの発生源はご両親らしい。

 もしかすると、『あまり頻繁に家に来させないようしてほしい』とかかもしれないなぁ。最近はたくさん――というか、朝のランニングがあるから毎日彼女の家にお邪魔しているし。


 いやしかし、それだと彼女が顔を赤くしている意味がわからない。

 もしかしてこの赤面――怒りだったりするのだろうか?

 そんなことを思いつつ、彼女の口が動き出すのを待った。


「な、夏休みにね、あの、ね? 邁原くんを、お泊りに呼んだら? って言ってて」


「行きます」


 そりゃ即答するしかないじゃないか。


 世界で一番好きな人と同じ屋根の下で寝られるんだぞ? 俺、玄関の土間で寝ることができても幸せな夢を見られそうだ。


 ということはふーちゃん、このことを言うか言わないかでずっと思い悩んでいたということなのか……まぁ『恋人がすること』に関しては、頑張ってラインを引こうとしているもんなぁ。俺はそのラインを曖昧にしようとしているけども。


 しかしお泊りといえば、たしかに『恋人がすること』に入ってしまうのかもしれない。


「……わ、わたしね、本当に邁原くんのことが心配なの――私が死んじゃったとき、絶対に、邁原くんはすごく悲しんでくれるだろうから。本当は、こんな風に毎日会って、毎日話して、朝も夜も連絡をとって――いけないことだったわかってるのに……」


 話している途中で、ふーちゃんはぽろぽろと涙を流し始めた。


「わがままでごめんなさい」


 そして、謝罪まで付け加えた。ふーちゃんが謝る必要なんて、欠片も存在しないだろ。


「どっちかというと、わがままを言っているのは俺のほうじゃない? ふーちゃんは頑張って距離をとろうとしてくれてるじゃん。でもそれを押しのけて、俺が無理やり接近しているようなもんだからさ」


「……私が断らなきゃいけないんだもん」


「無理だね。ふーちゃんがたとえ断ったとしても、俺はずっとふーちゃん見てきたから、本気で嫌がっているかそうじゃないかぐらいはわかる。だから俺は、『邁原くんにお泊りに来てほしい』というふーちゃんの意思を尊重して、夏休みお邪魔するから」


 ふーちゃんアイとふーちゃんイヤーが俺にそう言っている。最近はポンコツなところもあるけれど、基本的には仕事をしてくれるのだ。

 俺の発言を聞いたふーちゃんは、ムスッとした表情で俺を睨む。


「そんなこと言ってないもん、邁原くんのバカ」


「ほら、そう言いつつも嬉しそうな顔してるし」


「――し、してないもん! バカ! あほ! エスパー!」


 いやいや、めちゃくちゃ上機嫌じゃないですかふーちゃん。表情と言動がまったく一致していなくて、思わず笑ってしまった。


 というかエスパーって……それ心読まれてること自白してないですか?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る