第52話 お勉強




 私邁原くん、いまふーちゃんと手を繋いでいるの。


 ――などというセルフメリーさんごっこをするぐらいには、テンションが上がっている。


 俺の左手の上にふーちゃんの右手が重ねられ、お互いに軽く握りしめている。指を交互に絡ませている――いわゆる恋人つなぎの状態だ。


 このワードを口にしたらふーちゃんから『恋人がすることだから』と拒否される可能性があったので、知らんぷりである。もし話さなければいけない機会があったら、貝殻つなぎと呼ぶことにしたよう。


「じゃあ次の問題いくぞ~」


「う、うん!」


 その状態で、俺たちは問題の出し合いをしていた。


 俺もふーちゃんも、普段からしっかり勉強しているタイプだったので、試験前に慌てる必要はあまりない。最終確認をするような感じで十分だったのだ。


「うん、正解だな。さすがふーちゃん! 天才! 可愛い! 最高!」


「えへへ――って、そんなにいちいち褒めなくても大丈夫だよ? ま、邁原くん、一問ごとに言うんだもん」


「だって可愛いんだもの」


 嬉しそうに照れ臭そうに『えへへ』というふーちゃん、まさに天使でしょう。


「も、もぉ~……前から思ってたんだけど、邁原くん、もしかして女の子にいっぱいそういうこと言ってきたの? 慣れてるみたいだし」


 ジト目を向けられた。だけど、そこには若干の照れも混じっているように見える。


「いーや、ふーちゃんだけだぞ。周りに言わないぶん、ふーちゃんに集中しちゃってるんだ。どうか耐えてほしい」


「耐えるものでもないけど……う、うん。わ、私だけなら、いい」


「――はっ、もしかして今のは嫉妬では?」


 おっと心の声が。ふーちゃんの嫉妬?が嬉しすぎてつい。


「ち、違うもん! 違う違う! た、ただの確認だもん!」


「なんだ……違うのか」


 ぬか喜びだったらしい。ふーちゃんがそう言うなら、そういうことなのだろう。

 だけど嫉妬でなかったとしても、今こうしてふーちゃんと手を繋ぎながら勉強していることには変わりはない。


 鼻血は大丈夫なのかって? そりゃずっと鼻にティッシュ詰めているからな。そろそろ交換する時間かもしれないが。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 休憩を挟みつつ、夕方の五時まで集中して勉強した。本当に集中してたのかどうかは、神のみぞ知るということでなにとぞ。でも、勉強がはかどったことには違いない。俺もふーちゃんも、怪しいところは再確認できたし、間違えた問題があったからこそ、本番では間違えないようになったと思う。


「ありがとな。いただきます」


「う、うん。どうぞ」


 ふーちゃんが新しく冷えたお茶をついできてくれた。彼女はコップに入れたお茶をテーブルの上に置くと、再び俺の隣に腰を下ろす。


 最初はほんの少しだけ距離を取って座ったけど、すぐに「よいしょ」と掛け声を付けながら、俺に密着するような形を取った。もう俺のこと好きなんじゃない? と思ってしまう。


 試しに膝の上で、手のひらを上に向けてみると、ふーちゃんはちらっと俺の目をみたあと、そろりと俺の手の上に自らの手を重ねた。そして、お互いに握る。


 もう幸せすぎてたまらん。


「はー……夏休み学校で会えなくなるのが辛い」


 この幸せがあるからこそ、この長期休暇が辛い。そりゃ遊ぶ約束をしているし、いくらかは会ってくれると思うけど、毎日じゃないだろうからなぁ。


 でも幸福とか不幸とか抜きにしても、ふーちゃんを見守れない時間が増えるという状況が、不安で辛い。


 ふーちゃんには『気を遣わせている』と思われなくないから、そのことはいいたくないし。


「べ、別に、邁原くんが――ど、どうしても毎日会いたいって言うなら、私はいいよ?」


「マジっすか?」


 ふーちゃんは目を合わせようとはせず、俺の胸のあたりに視線を向けたまま、話を続ける。


「う、うん。あ、あの、たまには私が邁原くんの家の近くに行くよ? いつも来てもらって申し訳ないし……あ、でも、かえって心配かけちゃうかな?」


「んー……たしかに予知夢のことはもちろんなんだけど、それ以前にふーちゃん可愛すぎるから、ナンパとかされそうで心配なんだよな」


「わ、私そんなことされたことないよ?」


 そうだったのか。いや、されてたらされてたで嫌な気分になりそうだから嬉しさはあるのだけど、世の中の男ども、見る目なさすぎじゃね? こんなに可愛いのに。


 まぁでもふーちゃん、元々インドアっぽいし、この前買い物で見かけたときも、お義父さんと一緒だったもんなぁ。


「俺がふーちゃん見かけたら声かけちゃうよ。『好きです!』って」


「それは邁原くんだからだもん」


 まぁそれはそうかもしれない。これは一本とられた。


「まぁどこで遊ぶにしろ、迎えにはいくよ。これで十年分ぐらいのお礼になってるからさ」


 そう言いながら、俺はふーちゃんの手をにぎにぎする。柔らかくて少し温かくてほっこりした。


 もしかしたら十年は過小評価だったかもしれないなと思いつつ反省していると、ふーちゃんからもにぎにぎが返ってくる。そして少し赤みが増した顔で俺を見上げて、


「じゃ、じゃあ、夏休みになったら、毎日握ってもいいよ――で、でもっ! い、家の中だけだからね!」


 そんなことをおっしゃった。本当に、キミはどこまで可愛くなれば気が済むんだい?



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