第51話 どう見てもイチャイチャ




 あと三日もあるのか、あと二日もあるのか、あと二十四時間我慢すれば、あと一晩明かせば――そんな風に指折り試験日までの日程を数えながら、俺は耐えた。


 本当に、人生でこれほど試験日を待ち望んだのは初めてのことである。


 もちろん試験自体は全然楽しみではないのだけど、その後――ふーちゃんとのお勉強というメインイベントが待っている。


 どこで勉強するのか――という話だが、選択肢としてあげられたのは学校の図書室、街の図書館、ファミリーレストラン、そしてふーちゃんの家。


 学校の図書室は、知り合いに見られてしまう可能性があるということで除外。

 街の図書館は最後まで悩んだけれど、試験期間中だし、学校から近いから遭遇する危険性は高いと判断した。ふーちゃんが。


 で、ファミリーレストラン。こちらも前述と同様、遭遇する可能性が高い。


 俺も去年、誠二たちと一緒に学校近くのファミレスに勉強道具持ち込んだりしていたし、その際に同じ学校のやつらもちらほらいた。


 そんなわけで、俺としてはなんだか毎日押しかけてしまい申し訳ないのだけど、ふーちゃんの家に行くことになった。もちろん、嬉しさはある。だけど一応、また菓子折りを持参して行くことにした。


「お母さんたち、邁原くんなら――そ、その、家族みたいなものって言ってたから、気にしなくてもいいんだよ?」


 ふーちゃんの部屋に入ったところで、彼女は申し訳なさそうに俺を上目遣いで見た。


「それはアレかい? 結婚を視野に入れているってことかい?」


「ち、違うもん! そ、そうじゃなくて、それぐらい仲良しってこと! ――だから本当に、気にしなくていいんだからね?」


 違ったらしい。まぁ違ったとはいえ、彼女の両親に『家族みたい』と言われているのは嬉しいことには変わりはないのだけど。やっぱり相手の両親に好かれていたほうが俺としても嬉しいし、ふーちゃんも同様だろう。


 で、今日は試験一日目。午前中で学校は終わったので、まず昼食だ。


 俺は行きがけにコンビニでパンを買ってきていたのでそれを食べて、ふーちゃんはチャーハンとスープを食べていた。スープを少しだけくれた。ドキドキしました。


 今日の分の試験勉強は各々休日に済ませていたので、今日勉強するのは明日の教科の分。


 俺たちは楕円のローテーブルを前に横並びに座り、二人ともベッドを背にする形で教科書を開いた。


「そ、その、狭くない? ごめんね、机ちっちゃくて……」


 向かい合うように座ればもう少し余裕は生まれるのだろうけど、ふーちゃんは今日、『ま、邁原くんが手を繋ぎたいって言ってたから、こっち』と俺を自分の隣に案内してくれたのだ。その照れている様子が最高に可愛かった。


「へーきへーき。そもそも俺は書いて覚える派じゃないからさ、別に机が無くても問題はないんだよ。せいぜい教科書を持つ手が疲れるぐらいかな」


「つ、疲れたら集中できないでしょ」


 ごめんねふーちゃん。気持ちは嬉しいけれど、隣にふーちゃんがいる時点で俺の集中力はすべて右半身に注がれているんだ。


「も、もうちょっとこっちに来ても大丈夫だからね、お、怒ったりしないから……」


 ふーちゃんはそう言って、机の上に置いた教科書に視線を落とす。教科書、さかさまになってしまっているけど大丈夫なのだろうか。絶対文章読めてないだろふーちゃん。


 現状、俺とふーちゃんの距離は十五センチほどの隙間がある。ふーちゃんは結構こちらに寄った位置に来てくれているが、俺はなんだか申し訳なくて端のほうに少し寄ってしまっている状態だ。


 楕円テーブルの形状的に、俺の前にある机の面積は小さい。


「じゃあ失礼して」


 天使から『怒らない』とのお言葉をいただいたので、距離を十五センチから五センチまで縮める。移動する際に肩が少し触れたが、彼女は気にした様子もなく逆さまの教科書をジッと見つめていた。


 もしかしてふーちゃんも俺と似たように左半身に意識を集中させてない? 頭、ちゃんと思考できてるのかな?


「へーき?」


「へ、へいきだもん」


 平気らしいので、さらに距離を詰めてみる。怒られたら元の位置に戻りますので、お許しを。


 五センチからゼロ距離に移動。もはや密着である。押し付けるとまでは行かないけど、肩は常に触れ合っている状態だし、太ももや腰のあたりも接触している。


「ま、邁原くんは、なにを勉強するの?」


 どうやら、これも許されているらしい。声が多少上ずっているが、ふーちゃんは俺の接近に関してまったくとがめる様子はなかった。いったい彼女はどこまで許してくれるのか気になったが、きちんと理性を働かせてストップした。


「俺もふーちゃんと一緒、日本史にするよ」


 そう言いながら自分の教科書を机に置き、ふーちゃんの目の前にある教科書をひょいと持ち上げて、向きを修正する。彼女はハッとした表情になってから、顔をどんどん赤くしていった。自分がまったく集中できていなかったことがバレていると悟ったのだろう。


 俺を睨むように見上げたふーちゃんは、教科書をぱたんと閉じて、床に置く。そして俺の前に体を滑り込ませて(胸が――っ!)、教科書を奪い取った。


「お、同じ教科なら一緒に見よ」


 ふーちゃんはそう言って、中間地点で教科書を開く。


 もしこの姿をクラスメイトたちに見られたら、いったいどんな風に言われるんだろうなぁ。


 客観的に見たら、いちゃいちゃしてるカップルにしか見えないと思うんですが、そこんところどうなんですかね?




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