第50話 手を繋ぎたい
ふーちゃんの水着も楽しみだけど、それよりも前にお勉強会が楽しみである。
しかもふーちゃんからのお誘い。さらに言うと『二人で』(ここ重要)。試験にでます。なんの試験なのか知らないけど。
しかし楽しみとは言ったものの、俺の最近の学校生活は全てが幸せに包まれているので、普段が楽しくないというわけではない。もう、完全にマヒしてしまっている。
だって、まず朝はふーちゃんの家に行って着替えてからランニング。ここで、お義父さんやお義母さんとの交流も少々。
学校には一緒に歩いて行って、休み時間や昼休みはふーちゃんと話す。もちろん、ふーちゃんが千田や雪花、他の人と話しているときは、邪魔をしないようにしている。
そして放課後になったら、一緒に帰宅。最近は当たり前のように『邁原くん、帰ろ』と声を掛けてくる。とても可愛い。
そしてたまに『みんなのパン』でお買い物をして公園で食べたり、特に用事もなく公園で話をしたりする。もしかして、カップルみたいなことしてない? 俺たち。
いまのところ土日はほとんど会ったりしていないけど、それはお互いの都合がつかなかったりしていただけで、機会があったら誘ってもすんなりオーケーされそうではある。
現に、チア衣装撮影の時とかは、休日だったし。
「あー……試験が待ち遠しいと思ったのは初めてだ」
ふーちゃんと帰宅しながら、思わずそう口にする。彼女は俺を見て目をぱちくりさせたのち、ほんのり顔を朱に染めた。
「し、試験じゃなくて、お勉強が楽しみなんでしょ」
自分で言っていて恥ずかしくなったのか、ぷいっと顔を逸らした。
「おっ、ふーちゃんもわかってきたな。その通り、ふーちゃんと一緒に勉強できるのが楽しみで仕方がない――というわけでちゃんと前を見ましょうね」
「う、うん」
「ついでに俺のことも見ていいよ」
「うっ……はい、見た、見たもん! 前向く」
ちらっと俺を見てから、進行方向を向くふーちゃん。俺は俺で、全方位に気を配っているからふーちゃんのことを注意できる立場ではないのだけど。
そして、ふーちゃんが目を向けた先には、女子高生が二人。たぶん一年生だ。
危険性はないと判断していたからよく見ていなかったが、仲良しそうな二人だな。なにしろ、手を繋いでいる。
「ふーちゃんも、手を繋ぎたくなったら俺はいつでも大歓迎だからな」
ふーちゃんの視線がその場所に向かっていることは目を見ればわかったので、そんな提案をしてみる。冗談一割、本心九割だ。
「そ、そういうのは恋人だけだもん……」
いつもより声に覇気が無かった。これは……どう解釈すべきなのだろうか。
声のテンション的に、俺がふーちゃんにぐいぐい行き過ぎて嫌気がさしているというわけではなさそう。それだと、もっと面倒そうに言いそうだし。
となると、手を繋ぐことに関して興味はあるが、相手が俺だから嫌がってる……? いやでも、たぶんふーちゃんと現状一番仲の良い男子は俺だと思うんだよなぁ。いや、男子女子関係なく、俺だと思う。思いたい。
「でもあの二人、雰囲気的に友達同士っぽいよな? 同性の恋人って可能性はあるかもしれないけど」
ちょうど俺がそう言ったタイミングで、前の女子たちが「彼氏が~」と言っているのが聞こえてきた。やはり、友達らしい。
ふーちゃんは俺の言葉と前の女子の声を聞いてから、前の二人をジッと見て、俺を見て、手もとを見る。そして再度俺に目を向けた。
「こ、恋人同士って勘違いされちゃうかも……」
俺としてはまったく問題ない。ふーちゃん的には問題ありだろうけど。
でもたしかに、学校とかでそんな風にからかわれたりしたら、ふーちゃんとしても過ごしにくいだろうしなぁ。さすがにわがままが過ぎたか。反省。
「ごめんごめん、ちょっとした冗談みたいなものだから、あまり深刻に考え過ぎないでくれ。いつもの俺の行き過ぎた提案ってやつだよ。ハグを要求しないだけ理性を保ってると思ってくれ」
自分で言いながら、なんと情けない言い訳だ――そう思ってしまう。モテ男の欠片もない、カスみたいな言動だ。
自分の会話を、帰宅してから見直そう――そして一人反省会だ。
そう思いながら、自分の口にした言葉を脳内メモに書き込んでいると、
「ま、邁原くんは、私と手を繋ぎたいの……?」
ふーちゃんが、おずおずとそんなことを聞いてきた。
「そりゃもちろん。何度も言うが、俺はふーちゃんのことが世界で一番好きなんだぞ?」
「う、うん。し、知ってる」
顔を赤くしながら返答してくれたふーちゃんは、立ち止まって、ゆっくりと深呼吸をした。なにか気合を入れている模様。
そして、勢いよく俺を見る。
「――お、お外じゃなかったら、いいよ?」
お外じゃなかったら…………? 室内? ショッピングモールとか、そういう意味?
「外じゃないって……どういうこと?」
俺としたことがふーちゃんの言っている意図を正確に把握できていない。なんと無能な脳みそなんだ。なんのためにお前は存在しているんだおバカ。
「お、お勉強してるときとか、前みたいに、うちに来たときとか……それなら勘違いもされないから……それでもいい?」
「なる……ほど! それでオッケーです! ありがとうございます!」
なぜそうなったのかはよくわからないが、よりハードルが高いことを認めてもらえた気がする。人に見られていなければ、彼女的にはオッケーということなのだろう。
万が一自分が死んだとき、俺が『彼女を失った人』として見られないための予防策なのだろうか? 優しいふーちゃんのことだ、色々、俺のために考えてくれている気がする。
しかし手を繋ぎながら勉強って……普通のカップルでもやってないような気がするぞ?
最高かよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます