第47話 背後でお着換え




 ふーちゃんが三月十五日に待ち受けを変更する。


 このことを俺の願望通りに解釈するのであれば、ふーちゃんは黙っているだけで俺のことが好きであり、予知夢で自分が死ぬことを予期しているから、俺を悲しませないようにしてくれている。


 では願望ではない場合どうなるかという話だが、まぁ普通に、ふーちゃんのことが大好きな俺の悲しみを和らげるためって感じだろう。


 大丈夫、ふーちゃんがもしこの世からいなくなったら、写真があろうとなかろうと絶望には変わりないから。もちろん、絶対にそんな未来にはさせないが。




 体育祭が終わった日の翌日、日曜日。

 俺は昼過ぎにふーちゃんの家にやってきていた。


 服装もファッション誌やらで今のトレンドを把握し、髪型もしつこくない程度にセット。口臭や体臭のケアはもちろん、昨夜から万全を期して、しっかりと睡眠時間も確保した。


 ――で、本日のメインイベントである、ふーちゃんのチア衣装お披露目だが、彼女は急いで洗濯をして今日を迎えているらしい。インナーだけ変えとけば問題ないと思うんだけど……これは俺がそこまで潔癖じゃないからなのだろうか。


 まぁ、昨日は暑かったし、汗もいっぱいかいただろうから、多少は衣装にも匂いが移ってしまっていたのかもな。


「じゃ、じゃあ、ちょっとあっち向いててね? こっち見たらダメだよ?」


「もちろんです」


 俺が返事をしてから十秒後、衣擦れの音が背後から聞こえ始めた。


 いやなんで同じ部屋で着替えてんねん。そんなツッコミの言葉が聞こえてきそうではあるが、これにはきちんとした理由があるのだ。


 本日は日曜日で、ふーちゃんの両親は在宅中。お義母さまのほうは下でテレビを見ているらしいが、お義父さまのほうは二階の書斎で少し仕事をしているらしい。


 休日までご苦労様です。


 結局、何が言いたいのかというと、ふーちゃんは俺にチアの衣装をお披露目するということを、両親に知られるのは恥ずかしい――ってことだ。


 万が一チアの衣装を着た状態で廊下ですれ違ったりしたら、言い訳はほぼ不可能。

 そんなわけで、ふーちゃんは自室で着替えているというわけだ。


「…………」


 衣擦れの音を聞きながら、思った。


 俺がトイレにでも行った振りをしている隙に、着替えてもらえばよかったのではないかと。でも、今そのことを言っても手遅れすぎるし、ありがたく衣擦れ音を拝聴させていただこう。


 ちなみに鼻血は出ていない。出ていないというか、最初からティッシュでふさいでいる。


「も、もう大丈夫だよ」


 ふーちゃんからお許しが出たので、ゆっくりと振り返る。


 おぉ……昨日一度見ているはずなのに、可愛すぎて言葉を失ってしまいそうだ。俺の陳腐な語彙力では、『天使』や『女神』というありふれた言葉しかでてこない。


「最高、可愛い」


 ありふれた言葉を避けた結果、さらにありふれた言葉を使用してしまった。だって可愛すぎるんだもの。グッと親指を立てると、ふーちゃんはハムスターのように両手で髪を整え始めた。


「そ、その、あんまり見られると恥ずかしいよ……」


 その後、自分自身を抱きしめるようにして、なんとか体を隠そうとするふーちゃん。そのひとつひとつの仕草がいちいち俺に大ダメージを与えていることを彼女は理解しているのだろうか。


 そろそろ、白かったティッシュが全て赤く染まってしまいそうなんですが。


「鼻血が落ち着いたら、一緒に写真を撮ろう。さすがにこの状態だと俺がヤバい人みたいだし」


 ニコニコ天使なふーちゃんの隣に、赤いティッシュを鼻に詰めた男とかヤバすぎる。


「そ、そうだね……本当に大丈夫? あ、あの、鉄分のサプリメントとかあるけど……」


「慣れてるから大丈夫です」


 断言すると、ふーちゃんは「それならいいけど」と言いながら、ベッドに腰掛ける。


 …………ふむ。


 俺は床に置いたシートクッションの上に座っているから、彼女の服装的にちょっと視線が難しい。だってスカート短いんだもの。


 このままではふーちゃんの輝く太ももに視線が吸い寄せられてしまいそうだったので、背伸びをする振りをしながらその場に立つ。俺は紳士なのだ。


「――ご、ごめんね。もしかして、床だときつかった?」


「そんなことないよ。ちょっとストレッチしたかっただけだから」


 そう言いながら、肩やら腕やらの腰やらのストレッチを行う。実際、ずっと座っていたら身体が固まってしまうし。ちょっと気持ちいい。


「あの、邁原くんもこっち来ていいよ?」


 そう言いながら、ふーちゃんは自分の隣をぽんぽんと叩く。ぽふぽふと音を立てるのは、もちろんベッドだ。


「い、いいんですか?」


 声に詰まりながらも問いかけると、彼女はコクリと頷く。


「顔をくっつけて、に、匂ったりしたらダメなんだからね?」


「あははっ、俺がそんなことするわけないじゃない」


 俺のふーちゃんノーズは、わざわざ顔を近づけなくても機能してるんだから。


「むー、邁原くん、しそうだもん……」


「マジ?」


「うん」


 もしかしたら俺って、ふーちゃんに変態認定されているのかもしれない。よくそんな男の背後で着替えなんてできたな。俺が欲望に負けて振り向いたりしたらどうしてたんだ。


「で、でもね、そういうところも、邁原くんらしくて好――、嫌いじゃないよ」


「今『好き』って言いかけた?」


 俺のふーちゃんイヤーは、声にならない部分をちゃんと拾ったのだけど、ほんとに?


「言ってないもん! ばか! ばか邁原くん! あほ!」


 罵倒された。やっぱり俺のふーちゃんイヤー、もうダメかもしれない。

 でもふーちゃんからの罵倒は、なかなかに心地が良かった。



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